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第七章.真夜中の幽霊騎士

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72.父の弱点

 セルジュは苛立っていた。


 父ダヴィドが、このところ彼を避けているのだ。


 そのきっかけは無論、ジョゼに会って欲しいと話を持ち掛けたからである。


 息子の人生に散々口を挟んで来るくせに、こちらから積極的に話し掛けると逃げ出すのだ。父は人に意見をぶつけることは躊躇なく試みて来るが、投げ掛けられる側になるや急に怖気づいて話し合いを放棄する面倒な癖がある。


(……今日こそ話を聞いてもらわなければ)


 セルジュが父の書斎に向かうと、中から話し声がする。


「オディロンはまだ見つかっていないのか?」

「脱走とは考えられません。彼のご家族に尋ねると、家には帰って来ていないと……」

「警察にはまだ届け出ていないんだな?」

「はい。陸軍士官学校側は届け出を渋っておりますし、ご家庭では逃げ出した士官候補は恥だということで、事件隠匿を希望されています」

「うーん、前回の不祥事から日が浅いからな。学校としては、何とか校内で決着を付けたいところなんだろう」

「この件はどうかご内密に……」


 セルジュは聞き耳を立てながら、最近、退役した父が王立陸軍士官学校に講師として雇われ、馬術の授業を受け持ったことを思い出した。


 そして、議員特有の勘で気がつく。


(これをだしにすれば、父上を揺すれるぞ……)


 セルジュはそこまで考え、苦笑した。我ながら性格が悪すぎる。


 彼は、あえて扉の前で父を待った。遠くの廊下から執事が気まずそうにこちらを観察している。


 書斎の扉が開くや、セルジュは進み出た。


 扉の開かれた先には、父と、馴染みの陸軍士官学校教頭ベンジャミンが立っている。


 彼らはセルジュを認めるや、のけぞるように驚いた。


「うわっ、セルジュ殿!」

「お久しぶりですベンジャミン・ド・ラフォン先生」


 ダヴィドが眉間に青筋を立てる。


「聞いていたのか、セルジュ……!」

「ええ。私は先週から父上に再三大切な話を打ち明けようと試みておりましたので」

「今のは忘れろ」

「……生徒の失踪を警察に届け出ない、ということをですか?」

「貴様っ」

「何を早合点なさっているのです?警察も入れさせずに学校だけで事件を解決するのは大変でしょう。私はいい探偵を知っているんですよ、父上」


 まだ何か言いたげなダヴィドを制し、ベンジャミンが前に出た。


「何っ。それは本当か?セルジュ殿」

「はい。警察にも時折協力している探偵です。実力はお墨付きですよ」

「金ならいくらでも払う。私は今、例の事件を解決する方法を探すのに必死なんだ……!」


 ダヴィドが訝し気に眉根を寄せている。


 セルジュは涼しい顔でこう言った。


「ではラフォン先生、明日にでもまた会いませんか。父上も現在は非常勤講師ということですから、同席していただけますね?」


 ダヴィドとベンジャミンは顔を見合ったが、藁にも縋る様子らしくすぐに話はついた。


「ああ、そうしてくれると助かる。そんなにすぐ呼べる探偵なのかね」

「午前中は暇なはずです、多分」


 セルジュは約束を取り付けると、早速家を出て娼館へと馬を走らせた。




 一方その頃。


 ジョゼはオペラグラスを外してはため息をついていた。今日は正装のため、ジョゼは黒くて大きな日よけ帽子を被っている。隣から興奮し切りのマシューが腕を伸ばして来て、ジョゼの肩を揺さぶった。


「おい、見たか!鼻差でうちの馬が勝ったぞ!」

「アッ、ハイ。よかったですね」

「反応が薄いなジョゼ!ほうら、勝ったぞ!あんなに負け続きだった私の馬、ブランシュネージュが!」

「ハイ」

「君の馬券も当たっておろうが!眠いのか?ジョゼ!」

「いえ……」


 ラクロワ商会の主マシューが娼婦たちを引き連れ訪れていたのは、王都郊外にあるモルヴァン競馬場である。今日はマシューの所有馬ブランシュネージュの出走があると言うので四人はここに連れて来られた。ブランシュネージュは白馬で、血統も申し分ない優れた牝馬であったが、なかなか結果を残せないでいた。


 今日は、そんなブランシュネージュが初めて未勝利戦において、貴重な一着をもぎ取ったのだ。


「今から表彰式だ。行って来る!」

「ハイ」

「これから宴会だぞ!ジョゼも馬牧場ファームに来い。たらふく食えるぞ!」

「ハイ」

「じゃ、ちょっとお前たちはここで待っていろ。またあとで迎えに行く!」

「ハイ」


 勝利の興奮に沸き立つマシューの背中を見送った娼婦三人は、元気のないジョゼに視線を落とした。


「元気出しなよジョゼ」

「そんなクヨクヨすることでもないよ。人生に壁はつきもんさ」

「ジョゼは若いし、たっぷり時間はあるんだから大丈夫だよ?」

「うん……」


 励ましの言葉も、ジョゼの心には無風である。


 なぜなら、セルジュの父親がジョゼの来訪を拒否し続けているからだ。予想していたこととはいえ、彼女も一縷の望みを抱いていただけに辛い。


「ジョゼの当たり馬券を交換しに行こうよ」

「そうそう、世の中大抵のことは金が解決するっ」

「お金を見れば元気になるわよ!」

「そ、そうね……」


 ジョゼは気を取り直し、三人を連れて換金所へ出向く。


 列の最後尾に並んだ、その時だった。


「いたいた!やっと見つけたよ……!」


 セルジュが人込みを掻き分けてジョゼの元へやって来たのだ。特に会う約束もしていなかったので、ジョゼは驚いた。


「セルジュ?何でこんなところに……!」

「急に押し掛けてごめん。リロンデルのホール担当に、ここにいるって聞いたから」

「私たち、今、馬券を換金するところなのよ」

「競馬とは珍しいね。ジョゼにそんな趣味あったっけ?」

「ラクロワ商会マシュー様の所有する馬の出場レースに連れて来られただけよ。表彰式が終ったら、一緒に馬牧場へ行こうと誘われているんだけど」


 セルジュはどこかうずうずしながら、笑顔でこう尋ねた。


「表彰式終わるまで時間はある?ちょっと君に頼みたいことがあるんだ」

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