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第六章.ノールの毒殺農園

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69.王妃からの招待状

 あくる朝。


 フルニエ城にて、ジョゼは目を覚ました。


 昨晩はみんなとの賑やかな食事でとても楽しかったので、すっかり疲れて眠り込んでいたらしい。ベッドから降りて重たいカーテンを開けると、窓の下から歓声が聞こえた。


 庭で、ベルナールが娼婦たちからまだ質問攻めに遭っている。ジョゼはカーテンを閉めた。


「今日の朝食はピザトーストにコーンスープか……とっても美味しそう」


 仕事柄たくさん話をしなければならないベルナールはプライベートでは案外無口な男らしく、昨晩はあまり女の輪に入って来なかった。なので、自然と彼との会話は質疑応答みたいな調子になってしまうのだろう。互いに取り調べ合っているような奇妙な会話が、昨日から引き続いていると見える。


 ジョゼがドレスに着替え終わると、少年執事のマルクが入って来た。


「ジョゼ様、お手紙です」

「あら、誰から?」


 封筒にある名前を見て、ジョゼは息を呑んだ。


 王妃ヴィクトワールからだ。


 便箋を取り出して読んでみると、お茶会の誘いだった。場所は、更にルブトン川上流にある王妃の別荘、デュメリー城である。ジョゼは怪訝な顔で天使の描かれた天井を見上げた。


「昨日の今日で、こんな手紙を……?どういうつもりかしら」


 まるで事件があのようになることを見越して手紙を出したかのようなタイミングだ。ベルナールにも伝えようかと思ったが、他にも招待客がいるかもしれない……とジョゼは思い直した。


(何かことが起こってから、伝えればいいか)


 ジョゼはマルクに言った。


「今日中に返事を出すわ。お昼までベルナールと慰労会をするから、それまで御者には待っていてもらって」

「かしこまりました」


 ジョゼは庭に出て行った。それを見て、空気を読んだ娼婦たちがすごすごと席を立って行く。


「じゃあ、あとは上手くやるのよベルナール!」

「幸運を祈ってるからね!」

「……うるさいな」


 応援メッセージを背中に浴びながら、ベルナールは丸いアイアンテーブルを挟んでジョゼと向かい合う。ジョゼが早速薄く切ったサラミを乗せた分厚いピザトーストを切り分けていると、ベルナールが言った。


「スレン皇女を狙った殺人未遂事件が、何度か起きていることを知っているか?」


 ジョゼは白くなった顔を上げる。彼は急に何を言い出すのだろうか。


「何よそれ……知らないわ」

「気づいていないんだったらいい。前もって言っておく。この国の裏社会にはサラーナの民が多く紛れ込んでいる。彼らにとって、ジョゼは希望の星だ。しかしジョゼを目の上のたんこぶだと思っている中枢の人間も多い。君を守りたい人間と排除したい人間との間でいさかいが起こっていることも確認されている」


 ジョゼはぽかんと口を開ける。


「それ、本当?」

「ああ。だから今君が気を付けなければならないことは、ジョゼがそいつらの相手をしてしまうことなんだ。出来ればこのまま、そういった争いは知らぬ存ぜぬで通して欲しい。恐らく、それが一番議員に近づける方法だ。どちらかと接触してしまうと、どちらからも足を引っ張られて議員にはなれなくなるだろう」


 ジョゼは困り顔でトーストを頬張った。


「だからベルナールはことあるごとに私の関わる事件に向かっていたのね?」

「それはある。ボディガードという意味で……しかし、もうひとつの任務もあった」

「何よ?」

「ジョゼの逮捕だ」


 ジョゼはフォークを取り落とす。


「……あれ、冗談じゃなかったの?」

「半分冗談で、半分本気だ。君を逮捕出来たなら、裏社会の治安が維持できるわけだからな。国内のいさかいの芽を摘んでおくことも警察の重要な任務だ」

「なるほど……でもなぜ、今それを暴露しようと思ったの?」


 ジョゼはそう問うと、ピザトーストにかじりつく。ベルナールはそれをじっと眺めて言った。


「ジョゼにはなるべく何者にも邪魔されず、自由に生きていていて欲しいと思ったからだ」


 ジョゼは初めてベルナールに出会った日のことを思い出した。10歳の女の子があちこちの事件に関わるようになり、それを傍で見ていた18歳の青年が抱いたのがその感情だったのだろうか。


「ふふっ。ベルナールったら、親になったように言うわね」


 ジョゼが笑うと、ベルナールも微笑んだ。


「父親……兄貴……まあ、ジョゼから見たらそんなところなのかな」

「不満?」

「……別に」


 ベルナールは冷めたコーヒーを飲む。それを飲み干した顔は、少し寂しそうだった。


「トランレーヌ王族は表の世界の人間だから、こういった戦後のドサクサは知らない。しばらくは裏社会の諍いを誤魔化せると思う。女性議員になるなら、今の内だ」

「そうね。今度、セルジュにも伝えておかなきゃ」

「ふーん。セルジュに、ねえ……」

「不満?」

「……別に」


 そう言って、二人は互いに笑い合った。


(まさか、ベルナールとこんな風に談笑する日が来るなんてね)


 ジョゼは秋風に吹かれながら、フルニエ城の空を見上げた。


(ベルナールに会ってから六年……私は王族の秘密まで握るようになった)


 じっと城を見上げているジョゼを見つめ、ベルナールは感慨深げに呟いた。


「……頑張ったな、ジョゼ。あんなに小さかったのに」


 ジョゼは肩をすくめて笑った。


「どこまでも行ってやるわ。私は私の望みを全部叶えて見せる」




 ベルナールはまだ仕事があると言い残し、昼にはフルニエ城を後にした。


 ジョゼは王妃へ手紙の返事を書くと、街へ出る御者にそれを託す。


 秋風と共に遠ざかって行く馬車を書斎の窓からじっと見送り、ジョゼは小さくため息を吐いた。

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