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第六章.ノールの毒殺農園

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66.スキャンダルの蕾

 王妃の所有する牧場からもたらされた花束は、多くの毒草を含んでいた。


 それを聞かされたアトスは愕然とする。


「そんな……ヴィクトワール様は、私に一体どんな感情をお持ちなんだ?」


 ジョゼは言う。


「うーん、この花はアトス様個人に贈っているとは限らないのでは……」


 アトスにはその声は届いていない。


「干し草と共に捨てないよう、使用人にもきつく言っておきます。はあ……こんなことになるならもっと気をつけていればよかった……」


 アトスもなかなかにお気の毒さまな男である。風が吹けば桶屋ではないが、普通の人間ならば花を捨てたぐらいでのちのち王宮の毒味役が死亡するなんていうことは想像もつかないであろう。彼は本当に、完全な被害者なのかもしれなかった。


 ベルナールが言う。


「偶然にしては、ちょっとな……しかし偶然と言われればそう思えてしまう」


 ジョゼは声を潜めて彼に耳打ちした。


「犯人がいるとしたら、かなりしっかりこの牧場を観察した上での行動よね。しかも、花の捨てられた部分を排除せずにあえて持って行かせるという……」

「もしや、この農園の従業員にヴィクトワール様と内通している者がいる……?」

「その可能性が高いわね。絶対に誰も吐かないでしょうけど」


 ジョゼはしかし、にやりと笑って見せた。


「それよりも……この一連の流れをヴィクトワール様ご本人が認知しているかどうかが重要よ」


 ベルナールは頷いた。


「確かに。毒の使い手が〝偶然〟を装うことで疑いを回避しようとするのはよくあることだ」

「きっと〝偶然〟で回避出来ると思っているのでしょう。事実、これだけでは殺意のあるなしが分からないわ」

「やはり、ヴィクトワール様の牧場に行くしかないか」


 ベルナールはアトスに振り返った。


「捜査にご協力ありがとうございました。本日はここへ宿泊し、明日王妃陛下の牧場へ参ります」

「いえいえ、お力添え出来たなら何よりです」


 二人にはそれぞれ別の部屋が用意され、ジョゼはそのまま寝入った。


 王妃の所有する牧場。そこには一体、何が隠されているのだろうか──




 次の日。


「今度は西へ行くのか……やれやれ」


 疲れ切った顔のベルナールは、馬車で忌々し気に目を閉じた。向かい側でそれを眺めながらジョゼは呟く。


「この事件って、とんでもなく大きな規模の事件だったわね」

「まあ……個人が王宮で入れたのではなく、毒をんだ牛の乳が原因のようだからな」

「でもこれではっきりしたわ。その毒自体は王妃の農園で作られていた。これをどう受け止めるかよね」


 ベルナールは目を開けた。


「……何が言いたい」

「アルバン様を殺害しようとしたのが、もしヴィクトワール様だったとしたら?」


 ベルナールはなぜか微笑んで言った。


「そりゃ大スキャンダルだな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 ジョゼもにっこり笑って見せる。それでようやく、ベルナールは何かに気づいたようだった。


「ジョゼ、まさか──」

「そのまさかよ。ヴィクトワール様はゲルトナー国の公爵令嬢。もし彼女がトランレーヌ国王を殺害しようとしていたら、どうかしら」

「そんなこと、あるわけが……いや、ないとも言い切れないが」

「陛下の素行の悪さも殺害動機になり得るけれど、これがゲルトナー国王や公爵家からの命令でやっていることだとしたら、外交問題に発展するわね」


 ベルナールは再び忌々し気に目を閉じる。


「それだけは避けたい──だがしかし、犯人は逮捕したい。でなければ警察の面目が立たん」

「これは予想だけど……もし本当にそうなった場合、警察はどのように立ち回るの?」


 ベルナールは簡単に言った。


「その場合、陛下の判断に委ねることになる。今回のジョゼを巻き込んでの捜査は陛下からの依頼だからな。事件をつまびらかにし王妃陛下を離縁するとなると、もう警察の出る幕ではないし、黙ってそのまま婚姻関係を続けると言うのならこの捜査自体が中止となる。箝口令が敷かれ、なかったことになるだろう」

「箝口令、ね……」


 ジョゼがほくそ笑んだのを、ベルナールは見逃さなかった。


「ジョゼ……まさかこれを例の〝陛下への貸し〟にするつもりじゃないだろうな?」

「あら、さすが敏腕刑事さんね。そのまさかよ。陛下が箝口令を敷くなら、陛下は私に一層おもねらなければならなくなるわ」

「……そう上手く行くか?」

「これは私だけの問題ではない。警察だって、秘密をばらさないようにしなければならなくなる。つまり、警察も私により一層注意を払わなければならなくなるのよ」

「……確かにな」

「ふふっ。陛下ったら詰めが甘いわ。いつでも誰でも自分に味方してくれるから、警戒心ってものがないのよ。もし私がこれを種にゆすればどうなるか──」

「おい、悪い冗談はよせ。下手をしたら、ジョゼに手錠を嵌めなければならなくなる……ま、お望みとあらば捕まえてやるが?」

「やだ、怖ーい」


 しかし、そうは言いながらジョゼの心の中は浮き立っていた。


 この事件は、思わぬ方向からジョゼを助けるのかもしれない。


 ジョゼは馬車の窓のどこまでも続く麦畑の向こう側を眺め、頬が緩むのを抑え切れないでいた。

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