60.王からの推理依頼
ジョゼは目を覚ました。
ガタガタ揺れる馬車の中、隣でベルナールがこちらを見下ろしている。
「うなされていたようだが、どうした?」
ジョゼは目をこすった。
「起きろ。そろそろだぞ」
目の前には、トランレーヌ王宮が見えて来ていた。ジョゼは大きなため息を吐く。
「あー、ヤダヤダ。警察がしっかりしていないから、私が呼ばれなきゃいけないのよ。あのド腐れ王の元に」
ベルナールは、それについては陳謝した。
「……申し訳ない」
「あら、今日はしおらしいのね?」
「ジョゼがあの日、あんな目に遭わなくてはならなくなった責任の一端はこちらにある」
「ふーん。分かってるじゃない」
「俺も、陛下がそんな下劣な男だとは思っていなかったからな。次からは王であろうとジョゼに何かすれば容赦なく発砲する」
どうやらこの前の裏社交界での出来事の全貌を、ベルナールも捜査中に全て知ったようである。
「ところで……例の毒殺未遂事件のことだが、何か心当たりはあるのか?」
ジョゼは口をつぐみ、じっくり考えてから答えた。
「ないわ。でも、解決したいなとは思っているの」
「断ってもいいんだぞ。俺から陛下に進言することも出来る」
「うーん。でもね……」
ジョゼははっきりと言った。
「私、王に貸しを作りたいのよ」
「……はあ?」
「私、議員になりたいの。王族から構成される諮問委員がネックになっているから、そこを打ち破らないと女性参政権の夢は叶わないと思ってて。どうにか陛下の弱みを握──信頼を勝ち得ておきたいの」
ベルナールは納得した。
「なるほど。それでジョゼはセルジュに接触したのか……」
ジョゼはそう簡単に言われてしまうと、何だか心がムズムズする。
「まあ、それだけじゃないんだけど」
「ふーん。ほかにも何か理由が?」
「ふふふ。そんなこと聞き出してどうしたいのよ」
そう問い返されると、ベルナールは気まずそうに黙ってしまった。
今日、ジョゼとベルナールは再び王宮へと向かっている。
毒味役の死について、調査・推理して欲しいという依頼が来たのだ。
あのあと、三件目の毒殺未遂事件が起きたらしい。ジョゼは犯人を知っているので「またノールの仕業か」としか思わないが、王は生きた心地がしないであろう。更に射殺未遂事件まで未解決である。藁にも縋る思いでジョゼと刑事を呼んだに違いないのだ。
しかしジョゼの頭の中は、完全な事件解決をしようと考えているわけではなかった。
(ノールが犯人であることを悟らせず、しかし王に恩を売るにはどうすべきかしら?)
これが本題である。
どちらの事件も、ある意味でジョゼは共犯者なのだ。全ての舵を握り、どちらの方向にも動かすことが出来る。
だからこそ、慎重に行かなければならない。
王宮に着くと、早速二人は謁見の間に向かった。
そこには予想外のことだったが、アルバン二世とその妻ヴィクトワールが並んで座っていた。
ヴィクトワールはアルバン二世より二歳年上で、まだ子どもはいなかった。国民の間では二人の不仲が囁かれており、王に子は望めないと諦めムードが漂っている。アルバン二世の弟には子がいるため、そちらが次代の王になると予想されているが、未来は決まっているわけではない。
ジョゼはヴィクトワールに目を奪われた。豊かな金髪を束ね、聡明なエメラルドの瞳の女性。アルバン二世と並ぶと、まるでおとぎの国の王妃様として絵本から抜け出て来たみたいだ。
こんな美しい王妃を隅に追いやって裏社交界で次々と女にお手付きしているとは、なんとも罰当たりな男である。ジョゼはアルバン二世を更に嫌いになった。
「来てくれたか、ジョゼ」
王の言葉には何とも言えない含みがある。
「それに、ベルナール。君たちは古い仲らしいな」
ベルナールもジョゼと同じ目で王を見ている。
「まあ……腐れ縁というようなものですが」
「手紙にも書いた通りだ。改めて毒殺未遂事件の推理をお願いしたいと思ってね。ちなみに事件が起きる都度王宮内を捜索させたが、毒を入れたものは見つからなかった」
ジョゼはそんなことだろうと思う。
あの日、ノールは〝毒など絶対に見つからない〟と言っていた。それだけ毒の隠し方に自信があるということなのだ。
それにしても、毒味役を何人も殺しているのにバレない毒とは、何なのだろう。
(恐らくノールの使っている毒は、一種類だけとは限らない。何かの混合の可能性もある)
文字通り「毒味役」を使って毒の効き方や組み合わせ、または強弱を計っている可能性がある。今後も何人もの毒味役が死んで行くだろう。
しかし、ジョゼはノールの操りそうな毒について心当たりがあった。
「早速ですが陛下、献立表は残っていますか?」
アルバン二世はジョゼのまっすぐな視線に勝利を確信し、前のめりに答えた。
「あるぞ!料理長が全て記録しているはずだ」
ベルナールは横で首をひねっている。
「献立表に、何か手がかりがあるのか?」
「大ありよ。この毒は多分、誰かの〝手〟によって〝直接〟混入された毒ではなさそうだから」
それを聞き、謁見の間にいる全員が首を横に傾けた。




