46.初めてのプレゼント
トランレーヌ国王アルバン二世には、主な愛妾が三名ほどいる。
たまに王宮に呼ぶ高級娼婦も含めると、その数は両手では足りないだろう。セルジュは苛立ちを隠すように、こつこつとかかとを踏み鳴らした。
「愛妾になるのは、お勧めしない」
「えー?何でよ」
「ジョゼには、自分を大事にして欲しいんだ」
「何を言ってるの?王に好かれればきっと有名になれるし、お店だって繁盛するわ。取り入って損はないわよ」
セルジュは次第に焦りの色を隠さなくなった。
「〝私が〟嫌なんだ。ジョゼを、陛下の愛玩具の一部にされるのが」
それを聞いて、ジョゼはぽかんと口を開ける。
「あなた……自分が何を言ってるのか分かってる?」
セルジュの顔色が耳まで赤くなって行く。それを見届けたジョゼも、少し頬を赤くした。
「セルジュ……」
彼の顔を覗き込もうとすると、あちらも同じ仕草をする。
(いけない!)
ジョゼはその瞬間、ぱっと彼から離れた。視線を合わせると胸がぎゅっと締め付けられ、どきどきする。ジョゼに、初めて芽生えた感情だった。
ジョゼは彼を安心させようと努めた。
「心配しないでセルジュ。取り入るって言ったって、別に王に体をまるまる預けるわけじゃないのよ。こっちだって、修羅場はいくつもくぐってる。ちょっとお愛想を振りまいて、気を引くだけよ」
余りセルジュを刺激すると、裏社交界に来てくれなくなるかもしれない。そう咄嗟に判断し、ジョゼは話の向きを変えたのだ。
しかしセルジュも馬鹿ではない。ジョゼがその場限りの嘘をついたであろうことをすぐに見抜いた。
彼は冷静さを取り戻すと、ジョゼに言った。
「私は君のやりたいことを止めたくはない。君がどうしても陛下の愛妾になりたいというなら、私はその希望を尊重するよ。けど……」
セルジュは彼女に詰め寄る。
「ジョゼはそれで、本当に幸せになれるのか?」
ジョゼはぎくりと冷や汗をかく。
嘘を重ねたその先にあるものをまるで見通しているかのように、セルジュはジョゼの瞳を見つめて続けた。
「私は……そのやり方は、破滅的だと思う。陛下の歓心を買おうとすれば、いつか君は何もかもを失ってしまう気がするんだ。ここらへんにいる、娼婦に溺れる男たちのようにね」
ジョゼは胸をぐさりと刺されたような気がした。
図星だった。相手の希望通りに動こうとすれば、全てを取り上げられかねない。「こちらが何か与えれば相手も何かを与えてくれるはず」などというのは傲慢な考え方で、取り入ろうとする方がむしり取られがちなのは、男も女も関係ないのだ。
しかし、ようやくここまで来たのだから引き下がれない。
(セルジュには、悪いけど……)
親しい異性の心からの好意や親切心も、ジョゼの凍ったままの復讐心を溶かすことは出来なかった。
(私は復讐を完遂する。今回が、その絶好のチャンスなのよ)
セルジュには何も事情を話していないのだから、ジョゼのやり方が理解されないのは無理もないのだ。
「私の幸せは、私が決めるわ」
ジョゼはそう言うと、納得の行かない顔をしているセルジュに構わず微笑みかけた。
「あなたにも、そのお手伝いをして欲しいのよ。ねえ、裏社交界には何を着て行けばいいかしら?」
セルジュは浅くため息を吐いたが、彼も彼で何かを吹っ切ったようだった。
「やはり、陛下の目を引きたいなら個性的な何かを身に着けるべきだ。デパートに行けば、面白いものが何かあるかもしれない」
「男の人とデパートへ行くの初めてなの。貴族の男性目線でいい装飾品があれば、それを買うわ」
空になったコーヒーカップを置き去りにし、二人は寄り添って中心街へと歩き出した。
デパートの宝飾品コーナーに着くと、セルジュはショーケースを眺めながら、ネックレスと言うよりは鎖骨に沿うチョーカーのような、金の首輪を指さした。
「最近、他国で新たな古代遺跡が発掘されてね。これはそのイミテーションなんだ。細部は違うが、似せて作ってある。話題作りにはもってこいのアクセサリーだと思うが」
「へー!ぎっしりメレダイヤがはめ込まれていて、とっても綺麗ね」
「まあ、人工石だがな」
ジョゼは珍しいチョーカーをつけてもらい、鏡の前で前進後退を繰り返す。
「きれい……おいくら?」
「100デニーでございます」
「あら、そんなものなの?じゃあこれ、いただくわ」
ジョゼが支払おうとすると、セルジュがそれを手で制した。
「ジョゼ。ここは私に払わせてくれ」
ジョゼはきょとんとしたが、我に返ると全力で首を横に振った。
「だめよ!あなたは喫茶店代も払ってくれたし、これはちょっと金額が大きすぎるわよ」
「いいんだ。ジョゼには世話になってるし、たまにはプレゼントでも贈らないと」
「セルジュ……」
ジョゼはちょっと嫌な予感がする。今日の彼はいつもと違って妙に献身的だ。
「どうしたの?今日のあなた、ちょっと変よ」
「別に、どうもしていない。初デートの記念に買うだけだ」
「ふふっ、やっぱりおかしいわ。でもそこまで言うなら……買って貰おうかな」
ベルベッドの箱に丁寧にしまわれ、ジョゼの目の前にそれは差し出された。
全てがイミテーションの、煌びやかなチョーカーである。金の土台にカラフルな石がランダムにはめられ、その間を整然とメレダイヤが埋めている。
ジョゼはそれをデパートの天井から入り込む陽の光に当て、うっとりと眺めた。
「綺麗……」
「それだけインパクトがあれば、陛下の目を引くだろうな」
二人は箱を抱えて歩き出した。
「裏社交界当日は、迎えに行くよ。基本的には、陛下との謁見が終わるまで私と行動しよう」
「謁見が終わったら、自由行動になるの?」
「基本は舞踏会なんだ。それがメインで、たまに立食する、という感じになると思う。私が馬車を出すから、帰る時間だけは同じにして、一緒に帰ろう」
セルジュは無事ジョゼを送り届けた。
「ありがとうセルジュ。今日は楽しかったわ」
「ではまた一週間後に。いいドレスを着て来るんだぞ」
「はーい。またね!」
二人は娼館の前で別れた。




