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第五章.セルジュの完全犯罪

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46.初めてのプレゼント

 トランレーヌ国王アルバン二世には、主な愛妾が三名ほどいる。


 たまに王宮に呼ぶ高級娼婦も含めると、その数は両手では足りないだろう。セルジュは苛立ちを隠すように、こつこつとかかとを踏み鳴らした。


「愛妾になるのは、お勧めしない」

「えー?何でよ」

「ジョゼには、自分を大事にして欲しいんだ」

「何を言ってるの?王に好かれればきっと有名になれるし、お店だって繁盛するわ。取り入って損はないわよ」


 セルジュは次第に焦りの色を隠さなくなった。


「〝私が〟嫌なんだ。ジョゼを、陛下の愛玩具の一部にされるのが」


 それを聞いて、ジョゼはぽかんと口を開ける。


「あなた……自分が何を言ってるのか分かってる?」


 セルジュの顔色が耳まで赤くなって行く。それを見届けたジョゼも、少し頬を赤くした。


「セルジュ……」


 彼の顔を覗き込もうとすると、あちらも同じ仕草をする。


(いけない!)


 ジョゼはその瞬間、ぱっと彼から離れた。視線を合わせると胸がぎゅっと締め付けられ、どきどきする。ジョゼに、初めて芽生えた感情だった。


 ジョゼは彼を安心させようと努めた。


「心配しないでセルジュ。取り入るって言ったって、別に王に体をまるまる預けるわけじゃないのよ。こっちだって、修羅場はいくつもくぐってる。ちょっとお愛想を振りまいて、気を引くだけよ」


 余りセルジュを刺激すると、裏社交界に来てくれなくなるかもしれない。そう咄嗟に判断し、ジョゼは話の向きを変えたのだ。


 しかしセルジュも馬鹿ではない。ジョゼがその場限りの嘘をついたであろうことをすぐに見抜いた。


 彼は冷静さを取り戻すと、ジョゼに言った。


「私は君のやりたいことを止めたくはない。君がどうしても陛下の愛妾になりたいというなら、私はその希望を尊重するよ。けど……」


 セルジュは彼女に詰め寄る。


「ジョゼはそれで、本当に幸せになれるのか?」


 ジョゼはぎくりと冷や汗をかく。


 嘘を重ねたその先にあるものをまるで見通しているかのように、セルジュはジョゼの瞳を見つめて続けた。


「私は……そのやり方は、破滅的だと思う。陛下の歓心を買おうとすれば、いつか君は何もかもを失ってしまう気がするんだ。ここらへんにいる、娼婦に溺れる男たちのようにね」


 ジョゼは胸をぐさりと刺されたような気がした。


 図星だった。相手の希望通りに動こうとすれば、全てを取り上げられかねない。「こちらが何か与えれば相手も何かを与えてくれるはず」などというのは傲慢な考え方で、取り入ろうとする方がむしり取られがちなのは、男も女も関係ないのだ。


 しかし、ようやくここまで来たのだから引き下がれない。


(セルジュには、悪いけど……)


 親しい異性の心からの好意や親切心も、ジョゼの凍ったままの復讐心を溶かすことは出来なかった。


(私は復讐を完遂する。今回が、その絶好のチャンスなのよ)


 セルジュには何も事情を話していないのだから、ジョゼのやり方が理解されないのは無理もないのだ。


「私の幸せは、私が決めるわ」


 ジョゼはそう言うと、納得の行かない顔をしているセルジュに構わず微笑みかけた。


「あなたにも、そのお手伝いをして欲しいのよ。ねえ、裏社交界には何を着て行けばいいかしら?」


 セルジュは浅くため息を吐いたが、彼も彼で何かを吹っ切ったようだった。


「やはり、陛下の目を引きたいなら個性的な何かを身に着けるべきだ。デパートに行けば、面白いものが何かあるかもしれない」

「男の人とデパートへ行くの初めてなの。貴族の男性目線でいい装飾品があれば、それを買うわ」


 空になったコーヒーカップを置き去りにし、二人は寄り添って中心街へと歩き出した。




 デパートの宝飾品コーナーに着くと、セルジュはショーケースを眺めながら、ネックレスと言うよりは鎖骨に沿うチョーカーのような、金の首輪を指さした。


「最近、他国で新たな古代遺跡が発掘されてね。これはそのイミテーションなんだ。細部は違うが、似せて作ってある。話題作りにはもってこいのアクセサリーだと思うが」

「へー!ぎっしりメレダイヤがはめ込まれていて、とっても綺麗ね」

「まあ、人工石だがな」


 ジョゼは珍しいチョーカーをつけてもらい、鏡の前で前進後退を繰り返す。


「きれい……おいくら?」

「100デニーでございます」

「あら、そんなものなの?じゃあこれ、いただくわ」


 ジョゼが支払おうとすると、セルジュがそれを手で制した。


「ジョゼ。ここは私に払わせてくれ」


 ジョゼはきょとんとしたが、我に返ると全力で首を横に振った。


「だめよ!あなたは喫茶店代も払ってくれたし、これはちょっと金額が大きすぎるわよ」

「いいんだ。ジョゼには世話になってるし、たまにはプレゼントでも贈らないと」

「セルジュ……」


 ジョゼはちょっと嫌な予感がする。今日の彼はいつもと違って妙に献身的だ。


「どうしたの?今日のあなた、ちょっと変よ」

「別に、どうもしていない。初デートの記念に買うだけだ」

「ふふっ、やっぱりおかしいわ。でもそこまで言うなら……買って貰おうかな」


 ベルベッドの箱に丁寧にしまわれ、ジョゼの目の前にそれは差し出された。


 全てがイミテーションの、煌びやかなチョーカーである。金の土台にカラフルな石がランダムにはめられ、その間を整然とメレダイヤが埋めている。


 ジョゼはそれをデパートの天井から入り込む陽の光に当て、うっとりと眺めた。


「綺麗……」

「それだけインパクトがあれば、陛下の目を引くだろうな」


 二人は箱を抱えて歩き出した。


「裏社交界当日は、迎えに行くよ。基本的には、陛下との謁見が終わるまで私と行動しよう」

「謁見が終わったら、自由行動になるの?」

「基本は舞踏会なんだ。それがメインで、たまに立食する、という感じになると思う。私が馬車を出すから、帰る時間だけは同じにして、一緒に帰ろう」


 セルジュは無事ジョゼを送り届けた。


「ありがとうセルジュ。今日は楽しかったわ」

「ではまた一週間後に。いいドレスを着て来るんだぞ」

「はーい。またね!」


 二人は娼館の前で別れた。

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ブレイブ文庫様より
2025.5.23〜発売 !
― 新着の感想 ―
[良い点] 『空になったコーヒーカップを置き去りにし』 なんだかグッときました。 まるで大事な何かを敢えて置いてきたかのように。
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