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第五章.セルジュの完全犯罪

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43.裏社交界への招待状

 ジョゼは目を覚ました。


 起き上がると、ごしごしと涙に濡れた目をこする。


「最近はずっと、妙な夢を見るわね……一体どうしたっていうのかしら」


 休日のフルニエ城で伸びをしていると、気配を察してマルクがやって来た。


「おはようございます、ジョゼ様。起き抜けから早速ですが、お手紙が来ていますよ」


 マルクの表情が、心なしか晴れ晴れとしている。不思議に思いながらジョゼは受け取った封筒の差出人を見て、声にならない叫びを上げた。


 〝トランレーヌ国王アルバン二世〟


 ジョゼはあらかじめ封蝋の開けてある封筒をがさごそと開ける。


 それは、裏社交界への招待状であった。


 ジョゼの背中にじんわりと感慨がこみ上げる。


 やっとだ。


 やっとここまで来たのだ!


 ジョゼは小躍りしそうになるのをこらえて、内容を読み下した。


〝正装、しかし仮面を被るのは可。男女対で参内のこと〟


 ジョゼが手紙から顔を上げると、マルクがにやりとこちらに視線を合わせて来た。彼女はそれを笑い飛ばす。


「マルクはまだ子どもだから連れて行かないわよ!」

「……ちぇー」

「裏社交界へ一緒に行く男の人を探さないとね……誰と行こうかしら」


 瞬時に頭に浮かんだのは、セルジュの顔だった。


「セルジュなら、ついて来てくれるかしら?」


 するとそれを聞いたマルクが、子どもらしからぬ進言をした。


「ところでジョゼ様は、表の社交界にも行ったことがありませんよね?ここはひとつ、貴族の男性に参加の心得を聞いておいた方が良いのではないでしょうか」


 ジョゼは目をぱちくりさせた。


「確かにそうだわ。私ったら王宮に入ったこともなければ、どんな風に振る舞うのが正解かも分からない」

「陛下の前で粗相をしたら、もう呼ばれなくなる可能性もありますよ」

「本当ね。ちょっとここは慎重に行かないと……」


 それにしても、なぜ今招待状が届くに至ったのだろうか。何かきっかけがあってジョゼに声をかけたのかもしれない。


(いつか、王に聞いてみよう。会話を今から練っておかないとね……)


 ジョゼは着替えもそこそこに、いてもたってもいられなくなってセルジュに手紙を書いた。裏社交界への招待状を手にしたこと、社交界での振舞い方を教えて欲しいこと、それから共に王宮へ同伴して欲しいこと──


 ジョゼはふとペンを止め、虚空を見上げた。


「私……最近、ちょっとセルジュに頼り過ぎかしら……?」


 ジョゼは手紙をしたためると、マルクに手紙を渡した。


 マルクは馬に乗ると、バラデュール家に向かって走り始めた。




 その頃──


 セルジュは久方ぶりにバラデュール家に呼び出されていた。実のところ、最近は急進党本部へ寝泊まりし、家からは逃げていたのだ。


 原因は、口うるさい父親の存在である。


 しかし、どうやらもう逃げられないらしい──


 セルジュは気の乗らない朝食に出向いていた。メイドが出してくれた紅茶を口に含み──しかし食欲が湧かなかった。


 なぜなら彼の目の前には、朝食を終えた父ダヴィドが腕組みしながら座っているからである。


 一挙手一投足も見逃さない構えなのだろう。さながら魔人だ。


「結婚相手は、もう私が決めて来たぞ。相手はジャカール家のラシェルだ。家柄は申し分ない」


 唐突にそう話を振られ、セルジュは朝からため息を吐いた。父は、二言目には家柄・肩書である。それと金さえあれば、誰しも確実に幸せになれると信じている。個人の人格や人生、運不運は全て度外視といった有様だ。


 彼は何度も旧世代の価値観の押し付けをする父にうんざりしていた。


 怪我をして軍を退役してからも、セルジュは父から何か新しい肩書を得るよう半ば「強制」された。そこでどうにか地べたを這いずり回って得た議員の席だったが、ダヴィドは次第に彼の政治運動にも口出しするようになっていた。要は、父ダヴィドにとって息子が夢中になるような先進的な活動は(それがどんな生業であっても)全て目障りらしいのである。


 セルジュが父と反目し合うのは当然なのであった。


「以前も申し上げましたが」


と彼は前置きした。


「結婚の相手もタイミングも、全て私が決めます。私の人生は私のものですから」


 ダヴィドはそれを一笑に付した。


「たわけ。いい大人が、いつまでも甘えたことを抜かしてるんじゃない」

「……」

「それにお前は最近、決まった娼婦を連れ歩いているらしいじゃないか」


 セルジュは思わずがしゃんとカップを取り落とした。召使が音もなくやって来て、ささっとテーブルと床を拭き上げる。


「……誰が、そんなことを……」

「ん?まあどうでもいいことだろう。本妻さえいれば、男は女遊びをしていてもいいわけだから。言われた通り、さっさと結婚するんだ」

「……彼女は娼館の主で、娼婦ではない」

「ほー。かなりの年増と付き合っているんだな?」

「……違う」

「言い訳はいい。結婚して子どもさえいれば、何をやっていても後ろ指は刺されない。今年中に身を固めろ」

「違う。彼女は急進党員なんだ。彼女は初の女性議員になるべく奮闘しているところで──」

「無駄なことを。その時間を娼婦ではなく、己の勉学に充てたらどうなんだ」


 何を言っても、取りつく島がない。ダヴィドは息子の意見を却下するためなら、どんな詭弁や苦労も惜しまない男なのだ。


 朝食に何も手を付けぬまま、セルジュは食堂を飛び出した。大切な話があるとか何とかで呼び出されたが、結局はこの程度のことで父は息子の貴重な時間を潰しにかかるのだ。


(くそっ、腹が立って腹が減った……カフェにでも行くか)


 王都トルニエでは、数々の喫茶店が独自のサービスやメニューでしのぎを削っていた。今から行けばモーニングの時間に間に合うであろう。


 セルジュは屋敷を出ると、馬車を出して繁華街へと向かった。

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