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第四章.文学サロン殺人事件

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41.未必の故意

 ジョゼに話を向けられると、フィル伯爵は答えた。


「あいつは〝文学〟を冒涜しているんだ。君は随分詳しく調査したらしいから、それで知っているだろう?あいつは〝情報屋〟だ。自分が得た文学の情報を関係者に売るのを生業として来た。出版社の持っている社外秘の情報を売って、大きな顔をしていやがったんだ。あんなのが〝小説家先生〟だと言われると虫唾が走る。だからちょっとこらしめてやろうと、箱と煙草を細工してやった。それだけだよ。まさか火事になって死ぬだなんて思わないじゃないか」


 ジョゼは感心し切りで頷く。ベルナールはメモを取っていた。


「伯爵のおっしゃりたいこと、よく分かります。やはり美しい文学を生み出す作家には、清くいてもらいたいと思うのが人情ですものね」


 フィル伯爵は深く頷いた。


「ああ。しかも解せないのは、ああいう最悪の人間に取り巻きがつくことだ。ああいうやつが崇められると、文学サロンの存亡に関わる。作品を高め合うのを忘れ、小手先で小説を書こうとする。心から情熱をもって書こうとする作家の足を引っ張る。しいては文学界の存亡に関わるんだ」

「分かります。情熱を情報が凌駕するなど、あってはならないことですものね」

「他にも情報屋がいる。ああいう連中は文学界から一掃しなくてはならない。あんなのは全員、この世からいなくなればいい!」


 それを聞くや、ジョゼは微笑んだ。


「フィル伯爵。それって〝未必の故意〟ではありませんか?」


 フィル伯爵はハッと我に返ってから、うろたえ始めた。ベルナールは姿勢を崩すことなく、メモを書き続けている。


「あんなのはこの世からいなくなってもいい、とおっしゃいましたよね?今」

「まさか!それは言葉のあやで……」

「ふふふ。確かにリゼットの言う通り、情熱的な方ですね。でも、やり方は間違っていたようです」


 メモをポケットにしまいながら、ベルナールがやって来る。


「警察だ。署まで来て貰おう」

「わ、私は何も……!」


 文学サロンの主催者であるフィル伯爵は、客に紛れ込ませていた捜査員らに連れられて出て行った。


 講評の席には、素人作家たちが取り残される。


 メリアスが微笑んで言った。


「ああ、楽しかった!臨場感って、こういうことを言うのね!」


 会場はざわついたが、ブライアンは大作家の笑顔を眺めくっくと笑った。


「フィル伯爵というのは、随分ピュアな方なんですね。ブンガクブンガクって、そこまで高尚にされちゃあこっちもやりにくいですよ」


 ジョゼも思わず笑ってしまった。自分たちの趣味を余りに高尚なところに据え置くと、時にこのような弊害が出るようだ。


 フィル伯爵がいなくなったことで、場を取り仕切る舵も消え失せた。


 素人作家たちは好奇心から、作者や編集者へ質問責めする。


「編集から見てどうなんですか、ああいう情報屋というのは」

「そりゃ〝テメーふざけんなよ〟ですが、殺したいとまでは思わないですね。ただ、人間としての信用度は下がります。信用が下がったら仕事したくなくなるのは、出版に限らずどの業界でもそうでしょう。だからフィル伯爵の懸念したような事態は起こり得ないのですが……あそこまで思い詰めていらっしゃったとは、案外、伯爵は思い込みの激しい方だったみたいですね」


 作家を目指す彼らにとっては憧れの作家や別世界にいる編集者が、ずるずると地上に引きずり降ろされて行く。


「メリアス先生、売れるコツは?」

「そんなの、私が聞きたいわよ!発表していないだけで、私の本は売れていないものなんかいくらでもあるの。私は出版点数は多いんだけど、どれもそこまで大ヒットしていないのよ。気になるようなら書店に聞けば、売れた数を教えてくれるわよ」


 リゼットが尋ねる。


「ブライアンさんはどんな作品を世に出したいって思うんですか?」


 ブライアンは端的に答えた。


「〝売れそう〟な作品です」


 会場から笑いが漏れたが、彼は意に介さずあっけらかんとこう言った。


「売れなければ私の給料が出ませんから。売れるんだったら、高尚な本もいっぱい出してあげられるんですけどね」


 身も蓋もないが、出版社にとってはこれが答えのようである。


 リゼットは笑った。


「書く側がどう騒ごうと、出版社や読者はそんなものなのかもしれないわね」


 ジョゼは言う。


「創作は、その自由度の高さこそが売りなのよ。外野からの〝こうあるべき〟の押しつけが行き過ぎると、売る側も買う側も損をしてしまうわ」


 よく考えれば、文学サロンも作家同士の奇妙な序列や権威づけに一役買ってしまうところがあった。主催者のフィル伯爵を失った今の場の方が、穏やかに時が流れて行くのがその証拠だ。


 ジョゼは自らの書いた推理小説を読み直した。


「ねえ、リゼット」

「何よ」

「私が書いたこの推理小説、めちゃくちゃ面白いわよね?」


 リゼットはげらげらと笑った。


「あんたもついに創作沼に片足突っ込んじゃったの?そこは魔境よ~」

「今、アイデアが十個ぐらいあって」

「あっ!それはもう引き返せないところまで来ちゃってるわね」

「私も出版してみたいな」

「ブライアンさんに読んでもらったらどう?あんた若くて綺麗だから、話題作りにいいって思われるかもね」

「もう、リゼットったら……」

「若さはどの分野においても武器だよ、頑張りな」

 

 


 それ以降、フィル伯爵の文学サロンは閉鎖となった。


 リゼットの書いた脚本〝籠の中の小鳥〟は舞台化され、女性客を多く集めたと言う。


 ジョゼもついに推理小説を書き始めた。


 娼館リロンデルに今、名もなき文壇が生まれようとしている。

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ブレイブ文庫様より
2025.5.23〜発売 !
― 新着の感想 ―
[良い点] やったぜジョゼ! 沼にはまりましたね! どこまでも深く高く飛んで欲しいものです! [一言] リンと聞くとホームズのバスカーヴィル家の犬を思い出します!
[一言] >「創作は、その自由度の高さこそが売りなのよ。外野からの〝こうあるべき〟の押しつけが行き過ぎると、売る側も買う側も損をしてしまうわ」 それな( ˘ω˘ )
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