33.講評会
ジョゼは耳を疑った。
確かにメリアスは「親睦を深めて」と言っていたが、親睦のために金銭が絡むとなると話は別だ。
「いくら?」
「50デニー」
「うーん、払えない額ではないか……」
「もっと情報を追加してもいいぜ。商業化打診の基準や、文学賞の選考基準も大体知ってる」
フロランが当然のようにそう言ってのけたのを見て、ジョゼは胸の中がざわざわした。
(こいつは、情報屋だわ)
フロランは、当時の有り余る才能でいくつもの出版社を渡り歩いて来た。売る情報も正確なものに違いない。だからこそ、彼は商業化にありつけなくなったのだ。
(こんなことで小銭を稼いでいるから、出版社に敬遠されるようになったのね)
おそらく、出版社の編集者たちはフロランの作品を世に出すために尽力してくれたことだろう。彼がもっと作家として大成することを期待して、親切に打診や選考の基準を教えてくれたに違いない。
しかしフロランは出版社が抱える情報を得ると、それを作家志望者に売り渡すことで日銭を得るようになった。それで予想外に儲けると、小説を書くより楽に稼げることが分かって創作から遠ざかり、立派な〝情報屋〟になり下がってしまったのである。
中には社外秘の情報もあったりして、編集者側はそれを外部から知らされるや期待を裏切られた気持ちになっただろう。どんなにいい作品を書く作家であろうと、接する編集者も人間である。信頼出来ない相手とは仕事をしなくなって行ったのだ。
(情報屋は信用ならない。王宮でも、この手の輩に何度煮え湯を飲まされたことか)
ジョゼはこの場にいるのは危ない気がして、興味のないふりをして引き下がった。アルセーヌは紙幣を小さく握りしめ、フロランのポケットにねじ込んでいる。
ジョゼはリゼットを捜した。彼女は、今度は主催者であるフィル伯爵の取り巻きの中にいた。こちらは講評会の前に喧々諤々の議論を交わしている。
「いや、この主人公の心境の変化は激しすぎる。読者が置いて行かれるのではないか」
「とはいえ、こんな大事件を経験すれば、主人公がこれだけすさむのは仕方があるまい?」
「あのさ……この話、もっといい方向に転がらないかな?これじゃあ読者が離れると思うけど?」
ほぼ喧嘩のようになっている。リゼットはジョゼに耳打ちした。
「あの人たち、いっつも文学サロンで喧嘩をしているの。そして誰にでも文学論を吹っかけて、息巻いているのよ。自分の立場が上でありたいから、他の作家をなじるわけ」
「偉い先生なの?」
「いいえ。右が・バルナベ・ド・カルヴェ、左がレイモン・ド・セー。どちらも貴族の素人よ」
「へー。そんなことに割く暇と余力があるなら、もっと作品に力を入れて受賞作家にでもなればいいのにね?」
「こらジョゼ。芯を食ったらいけません」
とにかく、今回の同人誌の作者たちは癖が強すぎるようだ。やはり小説家などという者は、基本的に変人だらけなのだろう。
午後になった。
ロの字型にセッティングされたテーブルに、今回の同人誌に参加した五名──バルナベ、レイモン、フロラン、アルセーヌ、そしてリゼットが座った。
ジョゼは見学者なので、付き添いとしてリゼットの後ろに座る。
上座にメリアスとブライアン、主催者であるフィル伯爵が鎮座し、講評会はスタートした。
メリアスが言う。
「皆さま、今日は素晴らしいお話を読ませていただきありがとうございました。どれも力作揃いで、プロ顔負けの出来栄えでした。私から講評致しますので、一意見として今後の創作活動の参考にして下さい」
先に褒めておくことで、これから始まる講評ダメージを下げておくつもりなのだろう。
「まずはバルナベ氏の〝闇夜〟の講評を致します。私は、この作品はとてもダークだけれど、人間の一番深い闇を取り扱っていると思いました。戦場の死闘における夜の描写は、経験者しか書けないものではないでしょうか。バルナベ氏はかつて戦闘物資の補給員だったそうですから、リアリティが増している点は素晴らしかった。あとはストーリー性がもっとあると良かったと思います。たまに日誌を読んでいるのかな?と思う箇所があったので」
バルナベは満足そうに頷いた。
「続いて、レイモン氏の〝花の都〟はトランレーヌ郊外を舞台にした〝本当にありそうな〟身分差のある恋愛物語でした。いや、むしろ……レイモン様は本当にこんなことがあったのかもしれません。惜しいのは、女性視点で書いたところです。女性が読むとやはり違和感のある点が多かったので、男性視点で書き直すと読者層が広がると思います」
レイモンは少し何か言いたげだったが、大作家の前で下手な口はきけなかった。
「フロラン氏の書いた〝ケーキ屋襲撃〟はコミカルな喜劇でした。さすがプロ作家さんという展開の激しさで、読者を振り回しにかかったのはお見事としか言いようがありません。ただ気になるのは、このドタバタ劇の中心点や狙いが見えにくいという点にあります。プロ作家さん相手なので多少厳しいことを言わせていただきますが、作者には言いたいことがあったのでしょうが、それが空中分解してしまっている印象を受けます。分かりにくくすることと、読者の想像に任せるということは違います。テーマ性を途中で手放すことだけはしないで下さいね」
フロランは口を尖らせたが、言い返せない。腑に落ちる部分があったのだろう。
「アルセーヌ氏の書いた〝岸辺の花〟は、情景の浮かぶお話でした。誤解を恐れずに端的に言ってしまうと、これは〝お散歩エッセイ〟なのですが、なぜか読ませてしまう不思議な魅力のあるお話です。恐らく、文章の質が高いからだと思います。こういった作品を書く人は稀なのですが、読み手はとても多いんですよ。今後もし機会があるなら、紀行文をお書きになると良いわ」
アルセーヌは思わぬ反応があって嬉しそうだ。
リゼットはかつてないほど緊張している表情だった。ジョゼもなぜか、一緒にドキドキしてしまう。
「リゼット女史の書いた〝籠の中の小鳥〟は──」




