28.疑わしきは
そんな極限状態の中、室内のひとりが
「俺は絶対犯人じゃないからな!」
と叫んだ。何のかんのと喚き続けていたパスカルだったが、ついに恐怖でタガが外れたらしい。
「エンゾが怪しい。じじいを銃で撃って殺し、遺産でもせしめようとしたんだろう!」
エンゾは呆れたように首を横に振った。
「私に遺産など回って来ませんよ。義父には三人の娘がいるが、誰も家督を継げない。遺産を受け継ぐとしたらモーリスの弟とその息子になるのかな?」
パスカルは、次にジョゼに矛先を向けた。
「お前は銃を持っていた。モーリス殿に嫌味を言われて、むしゃくしゃして撃ったんだろう。お前が犯人だ!」
「戯言を。司法解剖して薬莢を調べればいいわ。私の銃で撃っていないことが分かるはずよ」
とはいえ、これを証明するにはこの時点では無理だ。疑われるのも致し方ない。
パスカルは、クロヴィスを指さした。
「あんたは昔っから、年長者のモーリスに嫌われていたな。庶民に当選回数を抜かされていたんで、散々嫌味を言われていた。積もり積もって今日爆発したんだ。そうだろう?」
クロヴィスはそれを笑い飛ばした。
「嫉妬される分には何も思わないよ。さすがに、殺したいとまではね」
そこまで聞いていたセルジュは、パスカルに言い返した。
「探偵気取りとは聞いて呆れる。パスカル殿こそ、モーリス殿に借金をしていたではないですか」
それを聞いたエンゾは目を丸くした。
「何!?そんな話、聞いたことがないぞ……!」
「なっ!セルジュ、なぜそれを……」
声が重なって、二人は静かになる。セルジュは続けた。
「党内では有名な話ですよ。知らぬはパスカル殿とラチエ一族だけですね」
「……!」
「案外、秘密というのは筒抜けなのです。地域をよく回っている議員なら、様々な秘匿情報を噂話として手にするはずですよ。有権者の情報網を侮ってはいけません」
この時点で、セルジュ以外は全員モーリスとの間に何らかの因縁を持っているらしいことが見て取れる。
ベルナールは各議員の話をメモに書き付けていた。
パスカルは急に「これは強盗の線が近いぞ!」と話を曲げにかかっている。
全員個室にいてアリバイが無きに等しいので、犯人探しに躍起になるのも無理はなかった。
一方、ジョゼはテーブルをじっと見つめていた。ふと何かに気づいてざらつくテーブルを撫で回し、ジョゼはごくりと喉を鳴らす。
「!……これは?」
ジョゼの発した呟きに耳目が集まった。クロヴィスがようやく微笑んで言う。
「ジョゼ殿は、裏社会では博識で有名らしいね。君は今回の事件について、どう思うかね?」
ジョゼは散々悩んでから、
「……突飛な意見とおっしゃってもらって構いませんが」
と前置きした上で、ぽつりと言った。
「これは──他殺ではないと思います」
場が凍った。
パスカルが笑い出す。
「何を言ってるんだ?銃痕に首切跡のある死体が転がってるのに、他殺じゃない?こんな女のどこが博識なんだよ!」
ベルナールが会話に入った。
「私も気になっていた。ジョゼが言っているのは恐らく、遺体から流れる血が少ないことにあるのだろう。生体を傷つければ血しぶきが出る。しかし、遺体を傷つけても血は余り出ないんだ。この遺体からは血が吹き出した痕跡がない」
ジョゼは頷いた。パスカルは怪訝な顔で尋ねる。
「じゃあ、モーリス殿はなんで死んだんだよ?」
ジョゼは覚悟を持って断言した。
「これは、自殺です」




