20.カラフルなドレスたち
「私、犯人分かっちゃったかも」
そう呟いたジョゼの顔をミシェルが驚きの表情で覗き込んだ、その時。
屋敷の中はやにわに騒がしくなり、沢山の足音がこちらに向かって来るのが聞こえた。
バン!と扉が開かれ、入って来たのは──
「……まーたお前か」
刑事部所属のベルナールである。目が合ったジョゼは、つんとそっぽを向いた。
彼は気を取り直すと、お茶会のホストであるバルバラの元へと急ぐ。
「初めまして、バルバラ様。私はベルナール・ド・シモンと申します、以後お見知り置きを。早速この部屋を調べさせていただきます」
「お願い致します刑事さん……早く犯人を見つけてください!」
菓子や紅茶は押収され、食器はそのまま据え置かれた。
デボラの食器には、まだ紅茶が残されている。ベルナールが尋ねた。
「……バルバラ様、銀のスプーンはありますか?」
「はい、ここに」
彼がそれをそうっと差し入れると、紅茶は黒く変色する。
「やはり、か。硫黄か、もしくはヒ素を盛られた可能性があるな」
ジョゼは壁にもたれ、「だからそうなんだってば」と呟いた。
続いてベルナールはミシェルに尋ねた。
「君だけは、手土産を持参しなかったそうだな」
「そうだけど?」
「あの四人を見て、怪しいと思った瞬間はなかったか?」
「うーん……みんな、お菓子をめちゃめちゃに食べてたっていうのと……あとは、全員が憎み合ってるな~って思った」
「なるほど。全員、誰にどんな恨みを持っていてもおかしくない、と」
「私にはない感情だね。持ち物で争ってさぁ、変な感じ。私は歌とテクなら誰よりも持ってるつもりだからさ、ヨユーなの。だから誰とも争ってないし、犯人じゃないってわけ」
「ふむ……」
ベルナールはそう言って、次にジョゼの前に立った。
「お前が犯人か」
「ちょっと、こんな時におふざけはよしてよね?私はミシェルが持って行くはずだったガレット缶を忘れて行ったから、慌ててここに届けに来たのよ。私が来た時には既に──デボラ様は亡くなっていたわ。だから、私は犯人ではない。ましてや、私はバルバラ様から招待もされていないのよ」
「ふん。だからこんなところに居たってわけか……」
ベルナールは次に、例の四人の元へ向かい聞き取り調査を開始した。そしてしばらくすると、身体検査をするということで別室へ案内されて行く。ミシェルも呼び出され、別室で身体検査を受けた。
結果、誰も毒を隠し持ってはいなかった。
ベルナールは部下たちから報告を受け、ひとりごつ。
「持っていた毒を全部入れたのなら、今何も持っていないのは当たり前だろうな」
「やはり、食品に毒が含まれていないかどうか確認した方がいい」
「一度全て持ち帰って、後日あらためて──」
警官たちが雁首揃えて話し合っているところに、ひょこっとジョゼが割り込んだ。
「その作業なら、いらないわ」
男たちはおっかなびっくり、少女を見下ろす。
「何で誰も気づかないの?ひと目見て、バッチリ犯人である証拠を残したままの方がいらっしゃるのに」
警官たちは思わぬ話に顔を見合わせた。
ベルナールは苛立ちを隠さずため息を吐くと、
「どうして分かるんだ?犯行を見ていないし、現場にもいなかったお前が」
とジョゼに食って掛かる。彼女は軽くあしらうように答えた。
「知識量の差よ。だから、私ならきっと娼館の事務椅子で話を聞いただけでもこの事件を解決することが出来るわ。あなたは毒の知識がまるでないのが敗因よ。もう少しお勉強をしたらいかがかしら?」
「……何だと!?」
二人の間にバチバチと火花が散った。ミシェルはその間に挟まれ「めんどい奴らばっかりだな」とひとりごちた。
「ふふ……犯人はアンラッキーだったわね。ミシェルが忘れ物さえしなければ犯罪を完遂出来たものを」
ジョゼは犯人を嘲笑いながら歩き出す。
「私がいるからには百人力。さぁ、行くわよ助手のベルナール君!」
「……助手じゃないっ」
とはいえ、彼としては事件解決が第一なので、素直について行く。
ジョゼは、未だに睨み合っている女たちの輪の中に入ると、
「申し訳ありませんが」
と前置きをし、話し始めた。
「その壁に向かって、一列に整列していただけないかしら?こちらの刑事さんが、ちょっと気になることがあるそうなの」
全員が青くなったが、諦めたような表情で壁際に並んだ。
ジョゼは子どもに常識でも教えるように、ベルナールに囁く。
「さあ、彼女たちをよーく見て……ひとりだけ、みんなと違う部分があるはずよ。まずは、ドレスの色を見て」
ベルナールは目視する。
赤、ピンク、緑、白。
「そして、皆さんどんな手土産を持参したか覚えてる?」
クッキー、紅茶、食器。バルバラは何も持って来ていない。
「私ならもうこの時点で分かったけど、あなたはもう少し細かい所まで見てみる必要がありそうね」
四人とも、長袖のドレスだ。裾も全員、床まである。
ふと、ベルナールの視線がある方向に動いた。
ひとりだけ、ドレスの片方の袖が若干色あせている──
ジョゼは彼の視線を横で観察し、にやりと笑った。
「もう分かったでしょう?」
「いや、確かにあの袖だけ色あせているが、それがどうして犯人特定に繋がるのかは分からないんだ」
「じゃあ、こう言い換えてみましょう。あの袖だけ、独特の方法で〝染色〟されているからよ」
「!」
「ここまで言って、ようやくお分かりになったようね?」
「……袖の色が違えば、どうだと言うんだ?」
ジョゼは呆れた。
「なんてざまなの、ベルナール。さっきあなた、かなり近いところまで捜査していたというのに……」
「……どういうことだ」
「銀のスプーンよ。これが、第二の犯人特定の〝鍵〟になるの」
そこまで聞いて、ようやくベルナールは気がついた。
「硫黄……ヒ素……染色……そういうことか!」
ジョゼはそれ以上は何も言わず微笑んで、彼の背中を見守った。
「犯人が分かったぞ。〝色〟が決定打だ」
壁際の女達が、顔を壁より白くしている。
ベルナールが、女たちの内の一人を指さした。
「犯人は……あなただ」




