14.金の指輪
葬儀は中止され、ジョゼはセルジュのあとを追いながら、馬車で王都へ帰って行く。
日が落ちて行く郊外の赤い景色の中、街に入って行く手前で、ふとジョゼは地面にきらりと光るものを見つけた。
「ん……?」
視力の良いジョゼは、その見慣れた物体に目を奪われた。
「ちょっと、馬車を止めて」
御者にそう告げ、馬車を降りる。
光っていたものを拾い上げると──なんとそれはフレデリクの金の指輪だった。内側に結婚記念日の刻印が入っている。
歯で噛んでみると、少し凹む。まごうことなき金だ。
「?なぜ、こんなところに例の指輪が……」
ジョゼは悩まし気に頭を巡らせた。異変に気づいたのか、セルジュの馬車も止まった。
セルジュが降りて来て、小走りにやって来る。
「どうした?」
「これ、フレデリク様の指輪よ。あの人ったら、こんなところに指輪を落としていたのね」
「でもそれ、娼館で失くしたって言ってたよね?」
「ここで落としてから、娼館に来たんじゃないの?」
「いや。あの人は娼館では指輪をしていたよ。私はあの日、フェドー議員の利き手である左手と握手をしたため妙に慣れなくて、指輪がぶつかったのをよく覚えている」
フレデリクは左利きだったのだ。
「んー……?だとしたら、妙ね。なぜこんなところに落ちてるの?」
「とりあえず、日が落ちているから一度街へ帰ろう」
「うちの娼館で食事でもしない?今日は暇を取ってあるから、お客さんは来ないわ」
二人は再び街中へと帰ったが、ジョゼたちが娼館に到着するなりミシェルが玄関扉を開け放った。
「ちょっ……大変だよジョゼ!」
「どうしたの?ミシェル」
「同伴から帰って来たら娼館の鍵が開けられてて、ギロチンがまるっとなくなってたんだよ!」
「……え!?」
ジョゼは大慌てでギロチン部屋に向かった。
なんと、もぬけの殻だ。その瞬間、ジョゼの頭の中で複数の言葉が爆ぜた。
「ギロチンと共にいる……落ちている指輪……」
きっと、ギロチンを盗んだのはフレデリクだ。
そして人買いの〝ギロチンの保管場所にいる〟という言葉は──
「嘘だったか……フレデリク様は逃亡済み、ってこと?」
「怖いよジョゼ。もう監視引き連れてでもいいから、フルニエ城に帰ろうよ」
「もし犯人がフレデリク様だったとして、どうやってギロチンを持ち出したのかしら……あんなに大きいものを」
荷馬車に乗せるには、大きすぎて目立ってしまう。重いので、複数人の協力が必要だろう。
しかし──
「……バラして運べば、ひとりでも小さい荷馬車に運べるわね」
そしてもしあの日、ギロチンの隙間に彼が指輪を落としてしまったのだとしたら。
「ギロチンを解体して運んだら、見えないところにでも挟まっていて、荷馬車の振動で先程の場所にころんと落ちたのかもしれないわ。わざわざ証拠を残すとも考えられないし」
「ジョゼ、今の話を警察にしに行こう」
セルジュが促すと、ジョゼは簡単に言った。
「あなたは警察の応援を呼んで。私は今すぐフレデリク様を追いかけて行くわ」
「……え?」
「あそこに指輪を落としたのなら、まだそこまで遠くへは行っていないはず。きっと私のギロチンと一緒に出国するつもりなんだわ。私の大切な商売道具を……そうはさせるもんですか!」
セルジュは呆れたようにため息をついたが、
「……止めても無駄かな」
と天を仰いだ。
ジョゼは娼館を出て馬に跨ると、全速力で道を駆け抜けた。馬車は遅い。この方が早く辿り着く。
一方その頃──
倉庫に到着したベルナールは先に捜査していた警官たちから人買いの吐いたこの場所にフレデリクがいないことを聞かされ、頭を抱えていた。
「何だあれは!嘘の供述か?それとも……警察の情報が洩れていて、フレデリクに逃げられたのか?」
「どちらの可能性も否定出来ません。捜査をやり直しましょう。そして、再び供述を──」
「だめだ!警察は信用ならないっ」
ベルナールが腹立たしげに足を踏み鳴らしながら倉庫を出た、その時。
目の前を、喪服の女が駿馬に乗って通り過ぎて行った。その背中を見送って、ベルナールははたと気づく。
「あれは……ジョゼ!」
ベルナールも馬に乗ると、矢も盾もたまらず走り出す。
続いて警察騎馬隊もその後に続いた。
力強く走る、迷いのないジョゼの後ろ姿は何とも頼もしい。
「あいつ……何か尻尾を掴んだな?」
ベルナールの口角は久しぶりに上がった。




