12.死という名の勲章
それから一週間後。
ジョゼは喪服に着替え、馬車に揺られていた。娼館を娼婦たちに任せ、フレデリクの葬式に参加するのだ。
ジョゼの中に、あるひとつの思いがあった。
「……今日、必ず首切り事件に決着をつける」
人身売買組織のアジトを出た、あの日。
ベルナールはセルジュとジョゼを聴取し、なぜ二人がこんな行動に出たのかというところを把握した。
「信じたくはないが……人買いがそう言っていたんだな?」
「議員の間でも、似たような話は聞いたことがある。人買いに限らず、金で懐柔されている警官は多いと知れ渡っているぞ」
セルジュが平然とそう言うと、ベルナールは頭を抱えていた。
ジョゼはその様子を眺めながら、セルジュは政治家のくせに性善説で暮らすお人好しだと思っていたが、ベルナールも刑事にしては籠の中の小鳥のような男だと心の中で嘲笑った。二人とも貴族の出身。トランレーヌは男にとって何て平和な国なのだろう、と、ジョゼは愚痴のひとつも吐き出したくなる。
(私の国の王宮では親族間での殺し合いが当たり前だったと言うのに、脇の甘い男たち)
そこまで考え、ジョゼは何かがかちりと組み合わさったような錯覚を覚えた。
「ん?殺し合い……?」
「どうした、ジョゼ」
セルジュに問われ、ジョゼは答えた。
「あの組織の連中が言うには、人買いに遺体を買い求めたのは四人共スパイだったと言っていたわ」
「ああ、確かにな」
「なぜスパイが死を偽装しなければならなかったか分かる?」
「……え?」
考え込んでもまるで答えの出せない憐れなセルジュを見て、ジョゼは続けた。
「……つまり、彼らは死を手に入れたのよ。無になる方法を」
「ああ、そうか。死者になれば、〝ない〟ものと同じだから、国を自由に……」
そこまで言って、セルジュは青くなった。
「……あっ!」
「そう、無敵になったのよ。これで晴れて〝生きた亡霊〟になれたっていうわけね」
「じゃあつまり、これはスパイのランクアップ……」
ベルナールがジョゼを制止した。
「こらっ、議員の前でそれ以上喋るな。悪いが、警察もその辺りを探っているところなんだ。にわか探偵にベラベラ喋られちゃ困る!」
「何よ偉そうに。自分達の無能ぶりが議員にバレるのが怖いって正直に言いなさいよ」
「ぐっ……図星をつくなっ。だからこそ、早く捕まえなければならないんだ。他にも潜伏しているであろうスパイたちに、見せしめてやらなければ」
「御託はいいわ。まずはフレデリク様を捕らえる方法を探して?」
三人は静かになり──ふとセルジュが言った。
「伝統的にこの国では、葬儀の後に神父の証明を得、死亡届を出す。死亡届を出したら、全てが向こうの思惑通りに行ってしまう。我々は、その手前で足止めしなければならない」
「そうね」
「フェドー議員の死亡届を出すのは……」
「親族──奥様、ということになるわね」
「では、奥様に死亡届は出さないよう働きかけて」
ジョゼは首を横に振った。
「この金の指輪のレプリカは、奥様が作りに行ったのよ。だから奥様も、夫を亡霊にするのに加担している可能性が高い」
「……」
「下手に動きを勘づかれるとその間に偽装工作をされてしまうから、それは悪手よ。でもね……私に考えがあるの」
ベルナールが問う。
「考え?」
「これは女の勘だけど、フレデリク様がまだ国内にいるとしたら、国外脱出の前に必ず寄る場所があるのよ。ねえ、ベルナール。人買いに、あの首切り遺体はどこで・どうやって首を切ったのか教えてもらって。私の予想が正しければ、その場所にフレデリク様がいるわ。そこが彼の〝最良の思い出〟になっているはずだから」
「何を言ってるんだ。女の勘ごときで警官を動かすわけには……」
ぶつくさ言って煮え切らないベルナールを、セルジュが喝破した。
「使えるものは使うべきではないのか?女の推理を馬鹿にしたり、警察の面子などと言っているから話が先に進まんのだ。だいたい、人買いから裏金を受け取っている連中がいる組織に、面子もクソもあるものか。気になる場所がひとつでもあるなら探しておくべきだ」
ベルナールは頷くしかなくなってしまった。
「……分かった。だがな、勝手な行動は慎んでくれ。葬儀までに、どうにか人買いからフェドー議員の居場所を吐かせてみせる。それまでに、死亡届を出されないようにしなければ」
「私が奥様を止めましょうか」
ベルナールは懐疑的な視線を送る。
「……出来るのか?」
ジョゼはほくそ笑んだ。
「私に任せて」
そういうわけで、ジョゼは指輪をしている。
あの日買い求めた、偽物の金の指輪だ。
「今日がラストチャンスになるわ。恐らく……フレデリク様は、死亡届を出されるまでは国内にいるはずよ」
ジョゼの視界に、フレデリクのお膝元セルペットの教会が見えて来る。
するとその手前で、喪服の集団が目に留まった。ジョゼは御者に言って馬を止め、その中に潜り込む。
見慣れない若い女の登場に、周囲の視線が刺さる。
ジョゼは尋ねた。
「シュザンヌ様に、ご挨拶をしたいのですが」
お人好しそうな喪服の老婆が、まだ奥様は屋敷にいるだろうと教えてくれた。
ジョゼは再び馬に乗り込むと、フェドー邸へと急いだ。




