111.歩く遺体
「本当の死因は何だ?教えろっ」
ジョゼは前のめりになる刑事の前に目薬をつきつけた。
「死因はこれよ」
「はあ?目薬で人が死ぬわけないだろ」
刑事の言葉に、ジョゼは呆れて声も出なかった。
「……この目薬自体が、毒なの」
「えっ?目に入れるものなのに?」
「よく考えてヘッポコ刑事さん。どんな薬も一滴だけなら良薬だけど、大量に摂取すれば毒だわ」
そう言いながら、ジョゼはベルナールの鼻先に空のグラスを近づけた。
「嗅いでみて。目薬と同じ香りがするから」
ベルナールは目薬とグラスの香りを交互に嗅いで、目を丸くする。
「本当だ……」
「犯人は片方のグラスに白ワインを、もう片方のグラスに目薬を入れたのよ。夜なら薄暗いから、クレールはワインだと思って目薬を飲んでしまった。そしてそのまま……」
ベルナールはよく考えてから、疑問をそのまま口にした。
「クレールがここで殺されたとしたら、王宮へはどうやって行ったんだ?彼女はあの夜、馬車の窓から守衛に顔を見せたんだぞ」
ジョゼは頷いた。
「そこが最大の疑問なのよね。でも、よく考えてみて。ワインのグラスがふたつあり、部屋の鍵はかかっている。つまり、彼女の死亡時にはすぐそばに誰かがいたということなのよ」
「そうか。つまり誰かが……クレールの遺体を……」
そこで、ついに刑事ベルナールが覚醒した。
「ということは、まさかその遺体を馬車に座らせて王宮へ向かったのか?」
ジョゼはわざとらしく拍手をした。
「すごい!ベルナールが推理してる……!」
「……おい。あんまり刑事をなめるなよ」
ジョゼは話を総括した。
「そう。つまり遺体であっても馬車の窓にクレールを座らせておけば、あとは背後からカーテンを操るなどして本人偽装が可能というわけなの。これで、遺体は王宮に入り込むことが出来たわね。よく出来ました、ベルナール」
「でも、どうしてそんなことをする必要があったんだ?この部屋で殺したのに、わざわざ王宮まで運ぶなんて、変じゃないか」
ジョゼはノールの腹の内を知っているので、何となく予想がつく。
王に罪をなすりつけるためだ。
とするとノールが殺害して運んだと考えるのが妥当だが、あいにく彼女は昨夜、ジョゼと共に食事をしていた──
(ノールじゃないとしたら……一体誰がどうやって、陛下の部屋まで遺体を運んだの?)
ジョゼが考え込んでいると、ベルナールが話を続けた。
「で?その推理が合っているとして、そこからどうやって陛下の部屋まで遺体を運んだんだ?犯人が馬車から遺体を出して運んだら、さすがにバレるだろ……」
「ちょっと頭を使ってみて刑事さん。あなたならどうやって遺体を運ぶ?」
「え……?そうだな……見られたらまずいから、箱か何かに入れて……」
ここまで言って、ベルナールは思い当たった。
「ん?箱を?部屋へ?」
ジョゼはその推理にピンと来た。
「やるじゃない。なかなかいい考えだわ。それがどんな箱なのかが問題よ」
「ふむ。怪しまれずに運べる箱、か……」
刑事は深刻な顔をして続けた。
「そうか、家具だ。家具の中に遺体を入れて運べば、寝室の改装現場に紛れられる」
ジョゼは頷いた。
「そうね。改装している時期だから、家具なら一番移動させても怪しまれない」
「トリックは出揃ったようだな」
「問題は、誰がその家具を運んだか、よ」
ベルナールは呟く。
「家具屋なら、家具を運んでいても怪しまれないな」
ジョゼは頷いた。
「もう一度、アラドのギルドに戻りましょう。アラドだけではなく、彼の従業員からも話を聞くべきだわ」
夕方になった。
アラドの家具ギルドへ向かう馬車の中で、二人は話し合う。
「これは殺人事件と言うより〝遺体投げ込まれ事件〟と呼んだ方がいいのかもしれないわ。陛下を陥れるためとか、愛妾の誰かを牽制するために、彼女を殺害するより遺体を投げ込むことを主眼とした犯罪である可能性だってある」
彼女の発言を踏まえ、ベルナールが問う。
「陛下を陥れる目的なら以前のように犯人は王妃側にいるということになるし、愛妾の誰かを牽制する目的なら犯人は愛妾の誰か、ということになるが……ジョゼはどちらの可能性が高いと思っている?」
ジョゼは固まった。
ノールを犯人から除外するために、つい可能性の薄いどちらでもないことを述べてしまった。ノールが犯人の可能性が一番高いのに、それを除外すると途端に真実からは遠のく。
うんうん考え、ジョゼはこう答えることにした。
「陛下を陥れるのが犯人の目的なら、以前のように〝国家間のことなのでこれ以上捜査出来ない〟ということになる。まずは愛妾を牽制する目的の殺人ということで捜査を進めるべきだと思うわ。後者の推理で全く証拠が上がらなかったら、前者の可能性が濃厚になるでしょう」
ベルナールは納得するように頷いた。
「そうだな。まずは普段の警察の捜査のように、可能性をひとつずつ潰して行くのが常道か──」
そろそろ馬車が家具職人ギルドに到着するかと思われた、その時だった。
ジョゼとベルナールは異変を感じ、同じタイミングで顔を見合わせた。
「おい、この臭い……!」
「何かが燃える臭いだわ」