9.偽物
次の日。
王都の中心街を離れ、ジョゼは昼下がりの露店をぶらついていた。トルニエは観光地なので、そこかしこに土産物屋がある。そして、そのどれもがまともな店ではないことをジョゼは知っていた。
この国の土産物屋は、ならずものたちの裏稼業であることがほとんどである。
やはり、思った通りだ。この市場には流行りのラクロワ・ジュエリーにそっくりなアクセサリーがいくらでも揃っている。土産物屋のアクセサリーをとことん見て回り、日が傾き始めた頃にジョゼは見覚えのある指輪を見つけた。
フレデリクの遺体にはめられていた指輪と同じものである。
外見はほとんど一緒だ。メッキではあるが、彫にはかなり力が入っている。
「これ、おいくら?」
「30デニーだよ」
「お安いのね、ひとつちょうだい。ところで……これはどこで作ってるの?」
すると露店の男はにやりと笑った。
「〝ミドナ〟っていう工房だよ。あんたも、小遣い稼ぎに興味があるのかい」
ジョゼは「来た」と思いつつ、乗り気を装った。
「そうね。イミテーションの横流しだけで、どれだけ儲けられるのか分からないけれど」
「女工やるよりよっぽど実入りがいいぜ。下手したら、娼婦よりな。しかも女が販売すればより警戒感を薄められるから、男より稼げる」
ジョゼは身を乗り出した。
「工房〝ミドナ〟はどこにあるの?」
「職人ギルドの裏手の五番街だ。あそこは格落ちの工房がひしめいてる。104号通り沿いの店だ」
「ありがとう。行ってみる」
目星をつけていた場所で作られていたと知り、ジョゼはほっとする。
「これで確定したわね。フレデリク様の遺体はレプリカをはめられていた……あとは──」
遺体がフレデリクではない、としたら。
「レプリカを指にはめられたあの遺体は、どこからもたらされたのかしら?」
辺りは暗くなって来ていた。ジョゼは工房〝ミドナ〟に辿り着く。
戸を叩き、出て来たのは職人風の男だった。
「すみません、露店でお話を聞いて来たんですけれど」
男はそれだけで、この少女が何を言いたいのかが分かったようだった。
「まあ入れよ」
ジョゼは世間知らずな少女の振りをして工房に入った。
「お前も転売屋志望か?」
「はい、ところでこの指輪なんですが」
ジョゼがひょいと出した指輪を眺め、男は頷いた。
「ああ、それはうちで作った……」
「どこのブランドもののレプリカなんですか?」
「それは依頼品だよ。特徴のある彫だから、割に手間取ったよ」
「依頼品……」
「ある貴族の奥方が、ご自身の結婚指輪を男性サイズに直したようなのを作って欲しいとやって来たんだ。あんたのような小娘は知らないだろうが、貴族が旅行や外遊に行く時に身に着けるため、レプリカを作って欲しいという依頼がたまにある」
「いつ頃?」
「帳簿によると、一週間前だな。お渡しはその五日後だ」
「その奥様とは、シュザンヌというお名前ではないですか?」
「……何で知ってるんだ?」
ジョゼはその問いをスルーした。
話を整理すると、フレデリクが娼館で紛失してからすぐに、シュザンヌが指輪を作りに来たということになる。その五日後に取りに来たとなると、遺体にそれをすぐ嵌めて川に流せば、水死体を発見した日時とぴったり辻褄が合う。
「他にも偽ブランド品があれば見せてよ」
「いいぜ。ただし、この仕事がしたければこっちに前金を払いな」
「まあっ。そういう商売だったのね?騙されることろだったわ」
ジョゼは騙された振りをして、ずらかろうと出入り口へ歩いて行くが──
「裏社会に片足突っ込んで、ただで出られると思うなよ?」
と、すぐさま男が銃を取り出した。銃口を向けられたことに気づいたジョゼは、男を振り返る。
「!何てことを……」
「殺されたくなければ俺の言うことを聞け!」
男は近づいて来ると、銃口をジョゼのこめかみにめり込ませた。
しかし、ジョゼは──
パアン!
銃声がして、叫び声を上げたのは男の方だった。
男の手から血が溢れ、床には銃が転がっている。ジョゼが男の腹を蹴とばすと、銃は男の手を離れ、床の隅に滑り込んで行った。
ジョゼは呆然自失の男に小銃を向けると、にっこりと微笑む。
「ふふ。女は銃を持っていない……とか思っちゃったの?」
男は真っ青になっている。
「一目見れば分かるわ。その銃、この工房で作ったガワだけの偽物でしょ?それ、どう見ても引き金が固定されてるわよ」
ジョゼは男に銃を向けながら、するりと出入り口をすり抜けた。
戸を閉め、通りへ歩き出そうと振り返ったその時。
「そこで何をしている?」
唐突に声をかけられ、ジョゼは固まった。月光を逆光にして、男がひとり佇んでいる。
ジョゼはその男を見て言った。
「ごめんなさい。私今、重大事件を捜査中なの」
「……奇遇だな、私もだ」
そこに立っていたのは、セルジュだった。




