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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
1章 無限焼却修整都市オピドゥム・アケディアエ
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7節 不屈の愛馬

『アプリケーション:惨憺(さんたん)たる一掃』


 薙ぎ払うように振られた旗が野盗の群れを叩きのめす。衝撃で気絶した数人がその場で無様にひっくり返った。慌てふためいて逃げ出す残りを追おうとするラビを、馬車の荷台に隠れていたヴァイスハイトが制止する。


「およしなさい、どうせ食うに困っただけの素人の集団です。放っておいてもすぐに警邏(けいら)の天使に捕まりますよ」

『……分かった。──戦闘完了』


 少し不服そうにしながらも、ラビは戦闘で脱げた頭巾を深々と被り直し、カランコロンと旗を鳴らす。


 アルカを連れて旅を始め、五日が経とうとしていた。修整都市中央の城下街を目指すべく、道中襲ってくる野盗や胡乱な獣を追い返しながら馬車を進める。


 最初こそ、まるで村を捨てて逃げ出したようだ、と罪悪感から暗い顔をしていたアルカも、ラビの懸命な励ましにより段々と本来の明るさを取り戻してきていた。


 今はヴァイスハイトに頼まれて、小さなアクセサリーを荷台の中で一生懸命作っている。 


「ヴァイスハイトー! 運転が雑ー! 荷台が揺れて作業が出来なーい!!」

「道路整備への文句はここの天使に言ってくださーい! というか、すっかり僕のこと呼び捨てするようになりましたねー!?」

「ラビが呼び捨てしてるから伝染っちゃった!!」


 馬車の前後で怒鳴り合う二人に、文句を言うかのように荷を牽く青毛の馬が嘶き、ラビはやれやれと目を閉じた。


──────────────────────


「ラビはいつも厚着だねえ。寒いの?」


 馬車の中、てしてしとラビの頭を触りながらアルカが笑う。確かに彼の装いは、厚手の外套を身に纏い、その頭巾も深く被り、口元を覆うほどの襟巻きに毛皮の手袋と、すこぶる暖かそうだ。


『夜に生まれた私には、地球の陽射しは少し強い。それに大気も月よりずっと濃い』

「へ〜、大変なんだね。……何かあったらすぐに言ってね」


 それからアルカは荷台の前の方に這って行くと、馬を駆るヴァイスハイトの横に顔を出した。


「ヴァイスハイトは何でその恰好なの? 神父様じゃないのに」

「ああ、それはですね。前にも言いましたが僕の出身は懺悔城砦の近くです。あそこは信仰に(あつ)い土地柄でして。僕自身は信仰心など皆無なのですが、恩人が熱心な教徒だったものですから。簡単に言えば真似をしているだけですよ」

「ふーん」


 あまり身を乗り出すと落ちますよ、と言われ大人しく下がる。


 前方では、ヴァイスハイトの相棒たる馬、アンヴァンシーブルが機嫌良さそうに馬車を牽いて歩いている。彼女のふわふわとした白い足先が蹴り上げられた砂で汚れていくのを、アルカは黙って見ていた。


 一緒に過ごし始めて、アルカも幾らか仲間のことが分かってきた。


 ラビは案外好戦的。そういう目的で造られているせいもあるかもしれない。一見すると無欲恬淡なようで、その実、気になるものがあるとじっと見ていることも多い。


 ヴァイスハイトは思ったよりいい加減な男だったが、信頼出来ないという訳ではない。どこかの村に立ち寄れば二人の保護者として振る舞うし、危険があれば先に警告してくれる。


 アンヴァンシーブルは人間が好きでとても賢い。休憩中には自分からブラッシングをねだる。特に主人であるヴァイスハイトが大好きなようで、彼から離れると少し落ち着きが無くなる。


 きっと彼らにも私のことが理解されてきているのだろうな、と思うと少しこそばゆい。


 アルカは一人でにクスクスと笑った。


──────────────────────


「お疲れ様、アンヴァンシーブル」


 辺りが先のない暗闇に包まれ始め、野宿の仕度をするべく馬車を停めた。

 料理用に出した蜂蜜をヴァイスハイトが少し分けてやると、アンヴァンシーブルは嬉しそうに首を振る。


 彼女が若草を食んでいるのを少しの間眺めてから、若き商人は食欲旺盛な小さい二人の為に夕食を作る。


 この僅かな期間で随分と賑やかになったものだ。

 ほんの少し前までは、準備が面倒になって食事を抜くことも少なくなかったが、今にそんなことをしようものなら不平と不満のお祭り騒ぎになるだろう。


(やんちゃな子犬を二匹飼っている気分ですね……)


 そんなことを考えていると、いつの間にか背後に忍び寄ってきていたラビとアルカにじっと見つめられる。とにかく、子供というのは勘が鋭いものだ。


 食事を終え、就寝の頃合いになると、眠る必要がないラビを除いて二人と一頭が思い思いの場所で横になる。


 ヴァイスハイトから離れたがらないアンヴァンシーブルは、彼の寝ている荷台の前方に鼻先を向けて蹲っていた。


「ふふ」


 うとうと瞬きしながら、ヴァイスハイトは焚き火でぼんやりと浮かび上がる彼女の美しいたてがみを眺めた。


無敵で(アンヴァンシーブル)不屈の(アンヴァンシーブル)、アンヴァンシーブル……」


 呼び声に耳が跳ねる。

 ラビが毛布を掛けに来る頃には、どちらもすっかり夢の中だった。

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