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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
1章 無限焼却修整都市オピドゥム・アケディアエ
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2節 修整都市

 楽園の王たる六人の天使は、それぞれの土地に祝福を授け、その代わりに自身の定める善を規律として敷く。住まう民は例外なく、この善性の維持に努めなければならない。


 天使テンペランティウスが守護し、勤勉と清貧を理とするこのエリアは『修整都市(しゅうせいとし)』と呼ばれていた。


 一つの大きな都市を中心に、小規模の村が点在している。居住区画の外には生命溢れる森や、花の絶えない丘が配置され、穏やかな川の流れが僅かにそれらを区切るばかりである。


 都市の中央にはテンペランティウスが座す城がある。城と言っても些細なもので、王の権勢を誇るというよりかは他の土地から来た客を(きょう)したり、書物の類を保管しておく場所であった。


 村には素朴な住居が立ち並び、農耕や牧畜が行われている。水車の廻る心地よい音や、パン焼き小屋から香る素晴らしい平和の匂いは、それだけで人を笑顔にさせるだろう。


 それでも、城の上からそれらを見下ろすテンペランティウス自身の表情はとても険しく、怒りと悲しみの色が混じり合っていた。


「やあテンペランティウス、今日もご機嫌ナナメなのかな?」

「…………ユースティ」


 フリルのついたスカートを抑えながら優雅に天使が着地する。テンペランティウスと同じ楽園の王、『安寧圏(あんねいけん)』のユースティである。いつものように、髪と目と同じ黒を基調に、赤色と空色の飾りがふんだんにあしらわれたドレスを身に纏っていた。


 ()は翼を畳んでからテンペランティウスの隣にやってくると、仰々しく遠くを見渡してみせた。


「素敵なところだね、僕の安寧圏には負けるけど。もうちょっと奔放になってくれればなあ」

「貴様のふしだらな国と一緒にするなよ」


 何の用だ、と尋ねると、ユースティは頬を膨らませる。


「当然、可愛い末っ子の様子を見に来たんだよ。悪い?」

「心配されるまでもない。もう私は小さな未熟者ではなくなった」

「僕からすればまだまだひよこに見えるけどなあ。とかく君は甘いんだもの」


 テンペランティウスの長く束ねられた絹のような金髪を手櫛で梳かしながら、ユースティは優しく囁く。


「また、やり直す(・・・・)のかな?」

「今、準備を進めている。…………ユースティ、私は……」


 されるがままにじっとしているテンペランティウスの、少しばかり丸められた背中を見つめ、美しい天使は眉をひそめた。


「ああ、可哀想な僕の弟。優しい君が心痛める故に、ここは『修整都市』たり得るんだね」


──────────────────────


「ただいま! ごめんなさい、待たせちゃって」

『おかえり』


 陽光も地平の向こうへ沈む頃、森の中のあばら家に帰ってきた少女をラビが出迎える。仕事を済ませないことにはゆっくり話も出来ないため、彼にはここで待っていてもらったのだ。


「私のことは何も言っていなかったよね。私の名前はアルカ・ミスタ。ここには一人で住んでるから安心して!」

『一人?』

「うん、家族はいないの。赤ん坊のとき、森に捨てられてたんだって。あなたも一人?」


 アルカの問いにラビはパチパチと瞬きをする。それから思い出したように応えた。


『連れの行商人がいた』

「じゃあラビを探してるかもしれないね。明日一緒に村に行ってみる?」

『そうしたい』


 だったら泊まるところを作らないと、とあちこちを引っ掻き回しているアルカを、ラビはじっと見ていた。


 少女特有の華奢さ、というより痩せ細っているような脚。長年大事に着ているのだろう服には自分で取り付けたのか左右不揃いのリボンが縫い付けられていた。背中まである明るい金髪は器用に二つ縛りにされている。

 部屋の隅に置かれた鞄はあちこち擦り切れて今にも壊れそうだった。

 彼女の様子には、前向きな工夫とどうしようもない貧しさの両方が滲んでいた。


「あ、パン、半分こする?」

『遠慮する。先程もらった木の実で稼働には十分』

「ふーん、そっか」


 躊躇いなく差し出された僅かな食料を辞退し、彼は襟巻きを巻き直した。


『ここは豊かな土地だと聞いていたけど』

「うん、そうだよ」

『それにしては食事が質素』


 首を傾げる人形に、アルカは手を止めて低い声で答える。


「……仕方ないの。『働きもの』はこういう暮らしなんだって、村の決まりだから」

『それは…………』

「仕方ないの」


 繰り返し、強く言い切った彼女の顔は暗かった。ラビはそれ以上深くは問わず、彼女が乾いたパンと味も具も薄いスープを食べ終わるのを静かに待っていた。


──────────────────────


「つまりラビは人間じゃなくて人形なの?」

『そう』

「あと……天使様を倒すの?」

『それが使命』


 ベッドが準備出来なかったから、と同じ寝具に潜り込んだアルカとラビ。彼は矢継ぎ早に繰り出されるアルカの質問に淡々と答え続けていた。


『信じる?』

「うん。だって、こうしていても全然温かくないから」


 アルカはほつれた毛布を被り直す。


「でも、寒くない。こうやって誰かと夜を過ごすのは生まれて初めて! 楽しいし、嬉しい!」


 夜の暗闇の中、アルカはそのペリドットのような瞳を瞼で覆い隠した。するとたちまち脳髄から染み込む眠気に襲われる。


「ねえ、もし…………」


 言いかけて黙る。


「…………ううん、何でもないや」


 既に目は閉じた。何を言っても、彼の返事は分からないから。

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