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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
2章 阿修羅研鑽階層イーラ・エト・インサーニア
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9節 不穏は軋み、歪む

「ラビ〜遊びに行きましょうよ〜」

『つかれた』


 寝台の上で毛布に包まるラビを、ヴァイスハイトが揺さぶっている。全く相手にされず拗ねてうつ伏せるまで、アルカは呆れたように見ていた。


「まあ……あれから怒濤の三連勝、本当にしちゃったんだもんね…………」


 現在のラビの戦績は三戦三勝。次の試合では独走の一番人気と目されている。


 宿も地上層ではなく地下街に変え、自然光はないが上等な設備を使用出来るようになった。今までの試合でラビに賭け続け、払い戻し金が随分と美味しかったらしいヴァイスハイトの機嫌はすこぶる良い。


 しかし一方で、何故かここ最近のラビはあまり元気がない。何かと面倒臭がり、毛布の中に籠もってばかりだ。


「ラビ〜〜〜買い物に行きましょうよ〜〜〜」

『だるい。二人で行ってきて』


 素気なく断られた悲しみに打ちひしがれるヴァイスハイトを引き摺り、外へ連れ出す。アルカはラビを心配しつつも、今はそっとしておくのが得策だろうと判断した。


「ラビ、どうしちゃったんだろう」

「彼はあくまで人形ですから……心、内面というよりは、どこかパーツに不調があるのではないかと思うんですがねえ」


 地下商店街の大通りを歩きながら、アルカとヴァイスハイトは夕食の材料を物色する。研鑽階層そのものでは食料が生産出来ないため、どれも品質は悪い。


「アルカさんのほうで心当たりは?」

「うーん、幾つかはあるけど……調べてみないことには」


 アルカは萎びかけの林檎を手に取り、一瞥してから戻す。店の女主人が隣のオレンジを指差した。入荷したて、と札が立っている。


「こっちのほうが新しいよ、お嬢ちゃん」

「じゃあデザートはオレンジにしようか」


 ヴァイスハイトが頷き、古びたカードを取り出す。

 研鑽階層では、全世界に流通している通貨(ペイン)の他に、電子通貨が使われている。闘技の賞金の支払いも全てこのカードを通して行われているのだ。


「ラビくん陣営の人だろ? 少しおまけしとくよ。今後ともうちをご贔屓に!」

「ありがとう!」


 闘技の選手は一人で戦っているのではない。練習に付き合う人がいて、作戦立案を担う人がいて、装備を調える人がいて、それら全ての生活を支える人々がいる。

 彼らへの報酬は賞金から支払われ、また更に他の人々へ分配される。研鑽階層の経済はこうして循環しているのだ。


 しばらく商店街を彷徨(うろつ)き、紙袋いっぱいに食料品を抱え込む。そろそろ宿へ戻ろうかといったところで、見知った顔が現れた。


「よう」


 研鑽階層のヒーロー、ルーチェ。

 黄金の手脚を輝かせ、二人の前へ立つ。


「面白えことになってきてんな?」


──────────────────────


「ああ? 協力ぅ??」


 四人で宿に戻ったアルカとヴァイスハイトは、ルーチェとモン太に事のあらましを説明した。──当然、真の目的(てんしごろし)については伏せたままだが。


「ええ、僕の見立てでは、あなたは最もフォルティアとの接見に近い人間だ。残り二戦、負ける要素がない」

「そりゃどーも。だが、それをやってオレに何のメリットがある?」

『私と戦える』

「何だその自信げな顔は。まあいいけどよ」


 ラビが毛布に包まったまま、顔だけ出す。ルーチェは呆れたような顔で椅子にもたれかかった。


「オレの目的は天使フォルティアを倒して研鑽階層での最強を証明することだ。そのためには、コイツ(ラビ)に勝つのは絶対条件なんだ」

「え、どうして?」

「似てるんだよ、ラビとフォルティアは。なんつーの? 雰囲気? 動き? 機械みてえな(・・・・・・)感じだ。とにかく、ラビを超えなきゃフォルティアには届かねえ。オレの勘がそう言ってる」


 その言葉にヴァイスハイトは何か考えているようだった。それを無視して、ルーチェは続ける。


「いいぜ。乗った。テメエらがフォルティアに会ってどうしようなんざ関係ねえ。オレが勝つ。それでいい」

『感謝する』


 相変わらずのラビに、ルーチェは苛立ったように毛布を引き剥がす。歯を剥き出して言った。


「とりあえず、オレの次の試合──月桂杯は目ぇ見開いて見てろ。そうしたらそんな腑抜けた面はしてらんねえぜ」

『………………そうか』


 この研鑽階層に月の光は届かない。

 だが、光る欠片は多くある。


 来たる月桂杯。

 その結末が、どんな光をもたらすか、未だ誰も知らない。

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