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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
2章 阿修羅研鑽階層イーラ・エト・インサーニア
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8節 力を示せ

「さあさあ、デビューバトルも終わりまして、皆様お待ちかねのメインバトル、『バッタリア・カンパニュラ』!」


 実況の声を頭上に被り、ラビは跳ね橋を進む。

 観客の視線はみな、その異質な存在に注がれていた。


「まず注目すべきはやはり、教皇シックザール猊下直々の推薦! 特別枠で出場のラビでしょうか?」

「そうですね。人気は七番手と低いですが、勝ち目なしと切り捨てるには勿体なく感じます」


 舞台に上がったのはラビを含めて十八人。ルールは簡単、『最後に立っていた者が勝ち』。舞台から突き落とそうが、もっと手軽に殺してしまおうが構わない。


 周囲には水が深く張られていて、少なくとも落下死することはない。怪我の次第によっては────溺死するかもしれないが。


 短く結んだ後ろ髪を調え、ラビは自分の顔を軽く叩いて気合いを入れる。


「鐘の準備が整いました! 『バッタリア・カンパニュラ』開戦です!!」


──────────────────────


 遡ること数日前。


「いいかボケども。このぼくと言えど、お前らを直接十二冠の参加枠に捩じ込むのは無理だ」

「きょーこーのくせに」


 横からアルカが口を挟む。

 シックザールは彼女の頬をもにっとつまんだ。


「…………だが、推薦枠として英雄戦線(グランドゥモ)の下位戦に出られるようにしてやった。つまり、デビュー年をすっ飛ばすってことだな」

『そこで勝てばいいのか?』

「ああ。賞金を積めば、英雄(グランドゥモ)六冠(セスト)出場の優先権が得られる。ま、五連勝くらいすればいけるだろ」


 五連勝。

 闘技が開催されるのは七日に一日、休息日だけである。最短で勝ち上がったとしても、一ヶ月は優に超えてしまう計算だ。

 ヴァイスハイトがそのことを指摘すると、シックザールは(かぶり)を振った。


「いや、どうせ月桂杯には出られない。…………気にすんな、ゆっくり観光(・・)でもして行けよ」

「…………ああ、成る程」


 その会話を聞きながら、アルカとラビは日程表に印をつけている。


「つまり今月末の……『アモーレ・デル・サルペンテ月桂杯』には、ラビは出られないんだね」

『これは三冠戦線(オルトドクスム)の試合。もしかしたら……ルーチェが出るのかも』

「確かに! これは要チェックだね」


 目指すは来月末の『ベル・カヴァッロ』。それまでに勝ち上がらなければならない。


「ぼくがわざわざ手を貸したんだ。がっかりさせるなよ」

『言われるまでもない。目を見開いていろ』


──────────────────────


 鐘の音と共に、鬨の声が上がる。


 早くも数人が組み合ったところを、棍棒を持った男が薙ぎ倒す。離れたところから弓使いが狙いを定めていたが、格闘家に蹴落とされた。


 十八人の内、半分以上は早々に脱落する。命があれば幸いだ。少なくとも出場手当は貰えるからだ。


 そんな乱闘の隅で片手剣を握り、震えている青年がいた。


「は、は…………っ、あと、あと二人減るまで耐えれば、五位に入れるっ………賞金圏内だ…………!」


 気弱な彼はこの頃あまり優秀な結果を残せていなかったが、今日ばかりは運が向いていた。


 教皇の推薦で特別に参加する奴がいる、と聞いたときにはどんな筋肉の塊がやってくるものかと怯えていたが、蓋を開けてみれば小柄な少年。あまりにも、カモだ。


 他の参加者もそう思ったらしく、皆の注意はそちらへ向いている。そしてどうやら少年は上手く逃げ回っていて、まだ倒されていない。


 このまま時間を稼ぐことが出来れば、賞金が出る五位以内に残れるかもしれない。


 そうしたら、可愛い妹たちに腹一杯食べさせてやることが出来る。身体の弱い母に上等な毛布を買ってやることが出来る。


 ここで負ける訳にはいかない─────


「悪いな兄ちゃん、どいてもらうぜ」


 気がついた時には、水の中だった。


──────────────────────


 戦闘が始まってから、ラビは器用に攻撃を避けては相手を旗の柄で場外へ叩き出す、ということを繰り返していた。


 見かけだけで有利だと判断して、狙ってくる者は多い。これ幸いとばかりに利用させてもらっていた。


 だが、残り五人になったところで状況は一変する。


 斬り合っていた二人が相討ちになり、三人に減った。そこですかさず一人がラビに襲い掛かったが、ラビが反撃する前に大剣の餌食となった。


 ラビと相対するは巨躯の剣士。

 先程の気の毒な青年も合わせ、今回だけで六人を敗退させている。


「よう、おちびさん。見かけによらず強いんだな」

『そう言うそちらは、見かけ通りのようだ』


 本格的に旗を構えたラビを、巨躯の男は舐め回すように見る。


「俺は灰色のグリージョ、お前は?」

『私は月の代行者ラビ。使命を帯びて此処に在る』


 そうか、俺は金の為だよ。と男は笑い、大剣を振りかぶった。続けてラビが身を低くする。


 強烈な一撃を皮一枚で避けると、その刃の上に飛び乗る。


「おおっ!?」


 トトン、とリズムを取って駆け上がると、グリージョの頭目掛けて蹴りを入れる。だが、丸太のように太い腕で防がれ、そのまま振り払われた。


 石造りの床の上を転がっていく。


 追撃が来る前に体勢を直し、旗の刺突を繰り出した。大剣の刃と擦れ合い、耳障りな音が響く。


 力負けしてよろめいたところを、グリージョは見逃さない。間髪入れず剣を振り上げた。


「俺の勝ちだなァ!!」

『いや、私の勝ちだ』


 ラビはその先を見据えている。


『アプリケーション:賢明なる一閃』


 突きは地面に向けられた。

 驚異的な威力で突いた反動で、ラビが男へ向けて加速する(・・・・)

 グリージョの剣撃をすり抜けて、ラビの膝蹴りが彼の顎を貫いた。


「……………………っ!」


 脳震盪が男の意識を飛ばす。


 ずずん、と崩れ落ちた彼を背後に、ラビは静かに着地した。頭巾を深く被り直し、鈴の音が決着を告げる。壇上の、意識はあるが起き上がれない選手たちが呆然とその結末を見ていた。


 観客席はしんと静まり返っていた。

 実況が無理やり絞り出したような声で拡声器を握る。


「な、七番人気ラビ、予想を大きく覆す大勝利──────」


 ラビは関係者席に座るアルカとヴァイスハイトに、機嫌良く手を振り、彼らも大きく手を振って返す。


 少し遅れた大歓声が、空気を激しく震わせた。

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