5節 戦乙女と鬨の声
明星が降る。
アルカが不格好に飛び退いた後に、鉄の流星が床にめり込んだ。べきべきと木の裂ける音が響く。
戦棍を引き抜いたラヴィーネは再び、ずるりと構える。その姿は死刑執行人にも似ていた。
彼女は喚くように非難する。
「避けちゃ駄目なのー!」
「いや、避けるに決まってるじゃん!!」
わたわたと距離を取りながら、返事をするアルカ。追撃するように横に振られた戦棍を彼女は屈んで躱して無様に這って逃げる。それを見たシックザールは口を尖らせた。
「おいおい、あいつ逃げてばっかじゃあねえか。口ほどにもないな」
しかし、それに対してヴァイスハイトが口角を上げる。
「いえいえ、ああ見えて、アルカさんは根性に溢れているのが持ち味です」
「何だそれ」
『うん、根性が持ち味』
「だから何なんだよそれ」
アルカはひたすらに逃げている。
ラヴィーネの攻撃とその間隔はかなり緩慢で、戦闘に慣れていないアルカでも目視は可能だ。その代わり、一撃でもまともに喰らえば行動不能に陥るだろう。
間合いを取ることは最優先事項だった。
しかし、それではかえってアルカから攻める手段がない。どこかに隙がないか、慎重に探る。
一方で、なかなか攻撃が当たらないことに苛立ったのか、ラヴィーネの動きは大振りになっていく。床には既に幾つも穴が開いていた。
力強く叩き込んだ戦棍が勢いの余り床に引っ掛かり、ラヴィーネの動きが僅かに止まる。
そこへすかさずアルカが杖の殴打を叩き込む。
「ぐ、ぅ………………!?」
甲高い音が響いた。
しかし、呻いたのはアルカのほうだった。
ラヴィーネはそつなく柄で防ぐ。
アルカの全力を込めた一撃は、鉄柱のようなラヴィーネの前には蚊ほどの威力もない。
反動を受け歪むアルカの表情に、ラヴィーネは鼻で笑う。
再び調子を取り戻したラヴィーネの猛攻が始まり、アルカは逃げの一手に徹するしかない。
アルカが声を張り上げる。
「ねえ、床壊し過ぎじゃない!?」
「うるさい、うるさーい!! だったらさっさと死んでよお!! シックザール様が困ってるの!!」
一際大きい重撃がアルカを襲う。周りは一面に穴が開いていて、上手く避ける先がない。
剛打。咄嗟に杖で受けると、金属製の柄が歪みかける。勢いに負け、吹き飛ばされた。背中を壁に打ち付ける。一瞬、息が止まる。
『アルカ!』
「…………っ」
駆け寄ろうとするラビの肩をヴァイスハイトが抑える。黙って首を振った。アルカはまだ動けない。
ゆらり、とラヴィーネが戦棍を振り上げる。
「これで、終わり!」
「まだ、まだぁ!!」
アルカは痛む身体を無理やり動かして、最後まで悪足掻きを探す。ここで終わる訳にはいかなかった。託してくれた声の主と、信じて送り出してくれた天使の為にも。
「約束、したんだもん!!」
それが今の私に残された全てだから。
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こつん。
ラヴィーネが目を見開く。持ち上げた戦棍は振り下ろされない。
ラビもヴァイスハイトも、驚いたような顔で止まっている。
「………………は?」
シックザールは肘をついたまま素っ頓狂な声を上げた。
アルカは壁に背を預けたまま、肩で息をし、右手を前に突き出していた。床に転がった紙くずだけが、この静寂の中でおかしな存在感を放っている。
それはあの、フィエロに賭けた闘技のチケットだった。
くしゃくしゃに丸められたチケットは、アルカの手によって放り投げられ、ラヴィーネの額を小突いて落ちた。
それが、小さな小さな決着の音だった。
勝敗を理解したらしい白髪の少女は、ぼろぼろと涙を溢しながらその紙を見つめていた。
「う、わあぁぁぁん!!!!」
戦棍を取り落としたラヴィーネが、幼子のように泣き叫ぶ。よろめいて後ろに下がると、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらシックザールの膝に縋り付いた。
「ごめんなさいシックザール様ぁ……! ラヴィーネ、負けちゃった、負けちゃったぁ…………!!」
「よしよし、仕方ねえなあ、あとでしっかりお仕置きだからな」
「うぅ〜〜〜…………」
ぽすぽすと彼女の頭を撫でてやりながら、シックザールは諦めたように溜息を吐いた。
「はあ。あー…………」
「勝ったよ!!」
『勝った』
勢い良く立ち上がるアルカと畳み掛けるラビに少年教皇はやや気圧される。それからわしわしと頭を掻いて、気怠げに言った。
「…………まあ、認めてやるよ。ぼくの言葉に嘘はない」
ラビとアルカは、顔を見合わせてハイタッチ。
満面の笑みで頷いた。
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地下。
停滞した空気は死の気配を帯びている。
暗がりの中で、何人もの人間が忙しなく行ったり来たりを繰り返している。それらはどれも薄汚れた貧相な身なりだが、何らかの作業員らしかった。
「天使様」
泥で顔を汚した老人が、恐る恐る話しかける。その先には、いつものように伏せがちの目で、作業を見つめる天使の姿があった。
老作業員は一礼してから言う。
「発掘は滞りなく。順次、整備と再起動に取り掛かる予定です」
「理解した。細事は任せる」
「はっ」
機械的なやり取りの後、作業員は足を摺りながら去っていく。
橙色の光にぼんやりと浮かび上がるのは、巨大な建築物だった。鉄の箱のような壁面には何かの印字が為されていたようだが、今となっては面影ばかりである。
フォルティアはその向こうを見透かすように瞼を開け、僅かに背の翼を羽撃かせた。
「────兄上、あなたは…………」
その呟きは誰にも拾われず、ただ地の奥深くへ染み込んでいく。
フォルティアはそれきり黙って、踵を返した。




