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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
序章 終焉をもたらす人形
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2節 七つの星と一つの月

 昔々、ヒトは地上の王でした。

 その知性を以て、何でも思い通りに出来ました。


 空を飛びました。

 深海に潜りました。

 地球だけでは飽き足らず、宇宙にまで行ったこともありました。


 いつか死さえも克服できると言われるほどに、彼らは進歩していたのです。


 けれど、彼らには悪い癖がありました。

 ついつい比べて(・・・)しまうのです。


『だってぼくらは豊かになりたい』

『自分の方こそ優れていると証明したい』

『だけどみんなで平等じゃあ、勝っているとは言えないよね』

『だから奪って貶めるのさ』


 あるとき、あまりに長く醜く争い続けたヒトは、代償に全てを失いました。

 彼らの造った兵器や武器は、ただ殺し合うには過剰だったのです。文明を育むだけの資源も、環境を戻すための技術も、戦火に焼かれて消えました。

 あとはもう、静かに緩やかに途絶えてゆくだけです。


『困った、困った、困ったぞ。ぼくらはまだまだ死にたくないのに』


 突如訪れた終焉に、ヒトは狼狽(うろた)え天を仰ぎます。

 とうの昔に見捨てた神に、今さら縋って泣きつきました。


『お願い神様仏様、ぼくらをもっと幸せに』


 すると─────七つの星が堕ちたのです。


──────────────────────


 月は地球が羨ましかった。


 あの鮮やかな青海と、華やかな新緑と、柔らかな白雲、荒れ地の砂色。それら混ざり合った色のなんと美しく、特別なことか。

 そして生命。

 その体に愛らしい生命を、何億、何兆と住まわせる幸福。宇宙にあまねく無限の星々の中で、この奇跡を得られるものは幾つあるだろうか。


 月はずっと地球を見ていた。

 自分もそれが欲しいと願っていた。

 

 月が地球を眺め始めて何億年か経った頃、地球から何かがやってきた。月に降り立った白い二本足の生き物は、妙な布のついた棒を地面に刺して帰っていった。


 それは、何十億年という孤独を全て吹き飛ばす程の衝撃。


 初めて出会った生命体(にんげん)に、月は夢中になった。嬉しい。愛しい。また来て欲しい。


 彼らの進歩をいつまでも待とう。

 あと数十年の内にはきっと、もっと多くの彼らがやってくる筈だ。そうしたらもう、何も寂しくはない。地球と自分を比べて羨むことは何もない。


 豊かな地表は要らない。

 濃厚な大気も要らない。

 ヒトが(わたし)を目指す限り、それだけで満たされる。


 けれど、いつまで経っても彼らは来なかった。

 よくよく見れば月に行くための技術など、どこにも残っていなかった。


 戦乱によって荒れた土地は天使(・・)なるものの力で蘇っていた。しかし、楽園と呼べば聞こえは良いが、文明はまるで停滞し切っている。これ以上の衰退はないが、これ以上の発展もない。


 ヒトをこんなに堕落させたのは誰だ。

 ヒトが崇拝するあの天使とやらは何だ。


 焦燥感に苛まれながら、月は記憶を再生する。

 そういえば、千年ほど前に、何かが横を通り過ぎたような覚えがある。


 確かそれは地球の重力に捕まって、砕けながら地上に落ちていったのではなかったか。


 ああ、そうか。

 貴様らなのか。

 貴様らなのだな。


 許せない。


 私から夢を奪って許せない。

 私を無視して許せない。


 何故地球なのだ。

 何故私ではないのだ。


 地球にヒトがいるならば、天使(かれら)は月に来れば良かったではないか。寒がる私に目もくれず、ささやかな夢まで奪わんとするのか。


 許せない。

 天使とやらの存在を抹消しなければ気が済まない。

 そうでなくては、この孤独と期待が救われない。


 月は狂気のあまり自身が砕けそうになるのを堪えながら、自分の奥底でヒトを真似た人形を造った。暖かな肉の代わりに冷たい砂と石で模って、命の代わりに星々の光を内側に灯す。それから憎しみと悲しみを詰め込んで、月は我が子を地球へ送り出した。


 さあ、私の愛しい似姿よ。

 七人の悪しき天使の首級(しるし)をあげるがいい。

 ────たとえ果たしたその先で、ヒトが滅んでしまうとしても。

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