13節 奇天烈なる協力者と永久機関の悪魔
明け方の修整都市は混乱の声に包まれていた。城下街を取り囲む外壁の四つの門全てが夜半の内に封鎖され、あらゆる通行を拒んでいた為である。
帰路を失った商人たちは困り果て、温厚な住人たちも動揺を隠せないでいた。街のあちこちで、そんな彼らと、相変わらず貪欲に食事を求める避難民との諍いが起き始めている。
壁の向こうからもどことなく不穏な匂いが漂っていた。
アルカとヴァイスハイトは、宿屋の部屋に籠もって窓からその光景を見つめていた。
「何が起きてるんだろう、ラビもいなくなっちゃったし…………」
肩を落とすアルカに、ヴァイスハイトは上手く声を掛けられない。少なくとも、これら二つの出来事が全くの無関係ではないだろうことは分かっていたが、それでも彼らだけではどうしようもなかった。
ただ時間だけが過ぎていく。
元気のないアルカが手持ち無沙汰に、本を読むヴァイスハイトの長い栗色の髪を梳いて編み始める。彼は好きなようにさせていた。室内の静寂に、外の騒がしさが微かに交じる。
暫くすると、部屋の扉を叩く音がした。
宿屋の主人に頼んでおいた朝食が届いたのだろうと思って、立ち上がったヴァイスハイトが近付いていく。
「はい、今出ます────」
次の瞬間、勢い良く開けられた扉がヴァイスハイトの顔面にめり込んだ。
「め゛ょ」
「ヴァイスハイトーーーーー!!!!!!」
静かに崩れ落ちるヴァイスハイト。
少女の悲壮な絶叫が朝の修整都市に響き渡った。
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「いやー、鍵が掛かってなかったもので、つい! ごめんネ!」
あっけらかんと手を合わせる女を、鼻に綿布を詰めたヴァイスハイトがかつて見たことがないほど不機嫌そうな顔で見ている。
「改めまして自己紹介を! あなたの旅を見守り隊|(総勢一名)名誉隊長、ポールです! ポールちゃんって呼んでね!」
「ポ、ポールちゃん!」
訳も分からず目を丸くしているアルカに、ポールがニコニコと語りかける。
「さて、あなたたちの言いたいことは分かりますよ〜! 何しに来たの、ポールちゃん! ですね!?」
「そうだね、今のところ突然押し入って来た変な人だね。何しに来たの?」
笑ってはいても、アルカの表情は全く柔らかくない。ポールは一瞬固まるが、すぐに元のテンションに戻った。
「……迂遠なやり取りは無しにしますか! 単刀直入に言いましょう、あなたたちはお仲間の居場所を知りたいんでしょ?」
「ラビがどこにいるか知ってるの!?」
「ええ、というか私が運びましたから。彼は今、かの楽園の王の元へ向かっています」
アルカとヴァイスハイトに動揺が走る。
いつの間に、どこで、という言葉が喉から出ないでいる二人に、ポールはゆっくりと目を細めた。
「まあ、百聞は一見に如かずと言いますし」
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瞬きの後、アルカとヴァイスハイトは草地の上に立っていた。めちゃくちゃになった三半規管が不快感を伝えてくる。
ふらついたアルカをヴァイスハイトが咄嗟に支えるが、彼自身も青褪めて汗をかいていた。
「何だ……?」
ヴァイスハイトが即座に周囲の異変に気づく。地形的には修整都市の辺境部であろうが、空は赤黒く、黒煙が喉を灼く。幾ばくかの向こうに見える森からは壮絶な火の手が上がっていた。
二人の背後に立ったポールは、心地良く彼らの肩を叩いた。
「はい、ファストトラベル〜!! やっぱりマップが広いと一度来た場所にはすぐ戻れるほうが楽だよね!」
「一度来たって、ここ、私たちが通ってきた道ってこと……?」
確かに、丘陵や森の位置などに見覚えがあるような気もする。しかし、ではこの惨状は何だと言うのか。そんなことを言いたげなアルカたちに、ポールはある方向を指差した。
「特に火勢が強いのはあの辺りですかね? 多分あそこ、テンペランティウス様がいますね」
「じゃあ、ラビもそこに!」
袖で口元を覆いながら、アルカが必死に目を凝らす。ポールは真剣味の増した顔で解説を始めた。
「もうお気づきかと思いますが、この大火災はテンペランティウス様の手に依るものです」
「……!」
「ここは城下街から南西に五キロほど離れた地点になります。が、以降は人間が耐えられない火災地帯です。そして彼の本質は熱。つまり、この燃え盛る一帯は現在全て彼自身であり、彼の燃料だと言って良い。正直、戦って太刀打ち出来る状態かは不明です」
何かに気づいたらしいアルカの顔が強張るが、ポールはそのまま言葉を続けた。
「けれど私はあなたたちを信じています! 観客に過ぎない私に出来るのはここまでですが、どうかあのウサギさんと一緒にこんな悲劇は終わらせちゃってください!」
帰りもちゃんとお迎えしますよ、とウインクするポール。
アルカは鞄の紐を握り締め、力強く頷いた。
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にゃお、と鳴き声がした。
二人を見送ったポールの隣に、いつの間にか黒猫を抱えた少年が立っていた。艶のない黒髪、虚ろな黒い瞳。育ちの良さそうなシャツにも半ズボンにも、煤一つ付いていない。血も通っていないような端正な白い顔は、灼熱の中だと言うのに涼しげな様子をしている。
彼の姿を見てポールは片眉を上げた。
「おや、マクスウェル。復活したのですか」
「……うん。あの子が僕を知ったから」
「あーあ、テンペランティウス様も厄介な本をお持ちで。だからそれには悪魔が封印されていると言ったのにー!」
心底嫌そうに顔をしかめたポールだったが、マクスウェルと呼ばれた少年はそれに何とも思っていないようだった。
「大体、何しに来たんです? あなた」
「それは正しい質問じゃないよ、ポール・スター。僕は同時に存在し、不在しているのだもの。あなたみたいに加速も第三の観測者も必要ない」
「箱入りにゃんこ如きが私の『恒星間航行』に喧嘩売ってくるー! こちとら相対性理論なんですけど! 多元宇宙論なんですけど! あなたと違って人間には否定されてないんですけど!!」
ポールは悔しそうに、もにもにと、マクスウェルの両頬をつねる。離された後、彼は極めて無表情なまま言った。
「……だけど、興味深かったのもまた事実。ヒトは終ぞ成し得なかった、僕の愛し子の姿を『観測』してみるのも悪くはない」
少年は猫を降ろし、漂う火の粉にそっと手を差し出す。しかし、火の粉は、その陶器のような手をすり抜けてどこへともなく流れていった。
「ヒトの願いを喰らい、代わりに望みを叶える万能の『天使』────僕なんかよりもずっと、『悪魔』と呼ばれるに相応しい存在じゃないかな」
マクスウェルの足元で、猫は一際大きく鳴いた。




