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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
1章 無限焼却修整都市オピドゥム・アケディアエ
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12節 白銀の鎧

 足音もなく、小さな影が夜闇を走る。屋根と屋根を飛び継いで、ラビは修整都市の城を目指す。


 城壁の僅かな突起に足を掛け、壁を駆け登り、とうとう大穴が空いているだけの窓から空中廊下に忍び込んだ。月の明かりを頼りにして、きょろきょろと辺りを見回す彼に静かな声がかかる。


「こんな夜半に、報せも無しに訪ねてくるとは感心せんな、代行者」


 ラビの瞳孔が、すっと縮む。鎧の擦れる音と共に、闇の中からテンペランティウスが現れた。石造りの廊下に剣を抜く涼やかな気配が響く。


「私の言葉を忘れたか? それとも、覚えておれど、ここに立つほど蛮勇か」

『どちらでもない。私は月の代行者。使命を帯びて此処に在る』


 カラン、と旗が鳴る。外を向くように握られたそれにラビはそっと手を沿え、構えた。


『私は、正しい続きを始める為に来た』

「は、単なる嫉妬と狂気の癖に! 我々の千年が、私の楽園が、間違いで済ませられるものか…………!!」


 吐き捨てるように怒鳴ったテンペランティウスが、鋭く剣を振り下ろす。慎重に旗の柄で受け流したラビは、勢いそのままに斬り上げるように得物を振った。


 すかさずテンペランティウスは篭手で防ぐ。耐え切れず少し仰け反ったところへ、ラビが旗で切り返す。


「甘いなァ!!」


 ラビの打撃を剣の切先で振り払うと、テンペランティウスの猛攻が始まる。常人ならば目で追うことさえ不可能な連撃。ラビもすんでのところを防ぐのが精々だった。


 ありとあらゆる可能性に備え続けていたテンペランティウスは、戦いのない世界でも牙を研いできた。今、その累積が(ラビ)に喰らいついている。


「貴様を灼いた煙で以て、月への手紙にしてやろう…………!」


 そう言って踏み込んだ彼が軽く手首を返すと、剣の鍔から先まで真紅の炎に包まれる。廊下は昼のように明るくなり、温度の上昇により感じる息苦しさが緊張を助長する。


 間を置かずして、攻撃が再開される。

 ラビは一閃を潜り、二閃を打ち払い、三閃を飛び退ける。


『アプリケーション:執行する一撃』


 僅かな合間を縫って、ラビが戦技を繰り出す。

 肩口を割るような振り下ろし。それをまともに受けたテンペランティウスは一瞬だけ息を詰まらせ、それから笑った(・・・)


『…………!』


 致命的な反撃の気配を感じたラビが、すぐさま距離を取る。しかし、テンペランティウスは止まらない。


 そこでようやく、ラビは自分が窓のない位置まで追い込まれていることに気が付いた。


「想定通りに動いてくれて助かる」


 途端、廊下を白い爆炎が埋め尽くす。遮蔽物のない直線上に居たラビは、何の対策も出来ないまま、灼熱に呑み込まれた。


──────────────────────


「…………かなり傷んだな」


 黒く焼け焦げた壁に触れ、テンペランティウスは呟いた。


「あと僅かでも威力を上げていたら、廊下ごと崩れていたかも知れん。それでも油断のならない相手だった」


 冷静な分析と敵への賛辞を述べながら、テンペランティウスは剣を納めた。

 ひしゃげた鎧をそっと撫でると、ベキベキと音を立てて元に戻る。テンペランティウスは窓の外、城壁の向こうから、煌々と地上を照らす月を見た。


「なあ、月よ。私はまだ、思い出せてはいないのだ。だから、もっと、夢の続きを見なくては」


 流れ行く雲が黄金の円を覆ってゆく。ぼやけて、その輪郭も融かしてしまうように。


──────────────────────


 口から、鼻から、ごぼごぼと血が溢れる。否、それはただ血に似ているだけの、鉄臭い別の何かだった。

 人形の体なのに、何故こうもヒトに似せて造られたのだろう、とラビはぼんやり考える。


 右腕は動かず、脚も殆ど原形を留めない。それでも追手を警戒して、何とか片腕だけで茂みに這い寄る。


 先刻、爆炎が迫るのを見た瞬間、ラビは咄嗟に前へ出た(・・・・)。目指したのは侵入時の窓。炎の中を潜り抜け、外に飛び出したのだ。


 当然、その代償は大きい。真正面から爆風に突入した劣化と無理な角度で抜け出した傷、加えて落下時の衝撃もあって、彼の体は砕け散る寸前であった。


 仰向けに転がって浅い息を繰り返す。


 深海のような瞳に満月の光が映り込んだ。


『支援要請:緊急修復』


 タブレットに赤い文字が点滅する。月光が照らす壊れかけの人形に、光の粒がほろほろと降り積もった。それは微かに形を取り、ラビの体を編んでいく。


 粒子が充分に欠損を補うと、鼻から垂れる血を拭いながら、ラビはよろよろ立ち上がった。かと思えば、すぐに目を回してひっくり返ってしまう。


 急激に強まった眠気に思考力が奪われていく。


「あー!! 駄目ですよー、まだ中身がぐちゃぐちゃなんですからー!!」


 霞む視界で最後に見たのは、どこか見覚えのあるような懐かしいような、そんな知らない顔だった。

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