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【1章完結】天使の國  作者: 遠梶満雪
1章 無限焼却修整都市オピドゥム・アケディアエ
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11節 叡智潜む書庫

「こんにちはであります! 当方、『読書係』の端末天使であります! 書庫所蔵の各種書籍を読み、情報をテンペランティウス様へ送るのが仕事であります!」

「凄いね、どれくらい読み終わったの?」

「既に六千三百飛んで八周しております! 現在が六千三百飛んで九周目でありますな!」

「………………」


 テンペランティウスとの邂逅の翌日、アルカは早速、栞を使って城内へ敵情視察に来ていた。とはいえ、一般に開放されている書庫の中では特に警戒されている様子もなく、このように彼の端末と気軽に会話さえ出来る。


「この街の人、真面目なのは良いんだけど勉強に熱中し過ぎて本の返却日を忘れがちなんだよね」

「た、大変だね……」


 そうやって愚痴を零す『司書係』は、アルカの方を見向きもせずに製本作業を進めていた。


「あーあ、本が駄目になる度に一つ一つ作り直すのも手間だし、一気に何冊も刷って在庫にしておけないかなあ。流石に怒られるか……」


 城の主と比べると、随分と振る舞いの自由な天使たちである。一方で、この書庫へ訪れる城下の民は極めて熱心に調べ物をしているようだった。


「土地の肥やし方を研究しているところだよ。天使様に頼めば良いのかも知れないけど、いちいち申請するのは面倒だしね」


「僕は何もしないでただ空を眺めるのが好きなんだ。それで気になったから、太陽や星々の回転についてずっと考えているのさ」


「我々はどこから来て、どこへ往く? 何故、煩わしくも生きなければならないのか。我々に与えられた使命は何だ?」


「りんごが落ちたんだ」


 思考の揺り籠の中で、ひたすらに己が興味を満たそうとする彼らは、それ以外の生活には無欲、無頓着であった。故に、ここに存在することを許されているのだろうが。


(うーん、でも、ラビが必要にしそうな情報はあんまり無いなあ…………)


 書庫は、アルカ自身にはとても面白く映ったが、テンペランティウスとの戦いに関してはあまり役に立たなさそうだ。


 広い館内を歩き回って少し疲れたので、休憩代わりに何か本を読んでみることにする。


 目に止まったのは、古代技術についての伝承を纏めたものだった。それは少し高い棚に置かれており、アルカが手を伸ばして届くかどうかという絶妙な位置だ。


(向こうから梯子を持ってくれば良いんだろうけど……)


 見るからに重そうな梯子をここまで運ぶのは億劫だ。そう思って何とか自力で取れないかと悪戦苦闘する。


「…………はあ、大人しく道具に頼らんか」

「ヒョオ!!」


 アルカの後ろから腕が伸び、目当ての本をそっと引き抜いた。いつの間にかテンペランティウスに背後を取られていたのである。


「どうして貴様ら人間はそう物事を面倒臭がる…………まあ良い、これが取りたかったのだろう」

「あ、ありがとう、ございます……」


 ぽんと渡された本を受け取って、アルカは恐る恐る彼を見上げた。アルカが抱えた本の表紙に気づいたらしいテンペランティウスが尋ねる。


「…………古代技術に興味があるのか?」

「あ、えと、錬金術が好きで…………」


 いつも持ち歩いてる本もあるんです、とアルカは腰の鞄から縒れた紙の束を取り出した。それは、申し訳ばかりに表紙が張り付いた、本の成れの果てだった。


「………………それは」


 テンペランティウスが一段声を低くした。一瞬だけ、悲しそうな、苦しそうな顔をした。


「前に私が住んでいた場所にあったんです。多分、色んな人が大事にして、書き写したり綴じ直したりして……」

「その本、なら、私も読んだことがある。それは……元は『科学』の本だった」


 ページが抜け落ち、目次も章も分からなくなって、表紙と、おまけみたいな錬金術の章の冒頭と、幾つかの頁片だけが残った。アルカが後生大事に持っていたのは、そんなかつての残り香の、欠片も欠片だった。


 テンペランティウスは少し俯いて、手で大きく背後を指し示す。


「西側の書架に完全な写本を置いたはずだ。一度読んでみると良い。詳しい位置は『読書係』に聞け」


──────────────────────


 アルカがとぼとぼ帰ってくると、ラビはアンヴァンシーブルと柵越しに併走して遊んでいるところだった。彼女の姿に気づいたアンヴァンシーブルが嘶いて、ラビも嬉しそうに振り返る。


『おかえり』

「うん、ただいま。ヴァイスハイトは?」

『酒を買いに行った。帝国か安寧圏の商人を探さないとなかなか手に入らないらしい』


 修整都市では食堂でも酒類を置いていない。最近のヴァイスハイトが少しつまらなさそうだったのはその所為か。


『書庫はどうだった?』

「ああ、えっと、特に良い情報は見つからなかったんだけど……」


 躊躇いがちな返答にラビは、そうではないと言う風に首を傾げた。


『楽しかった?』

「…………! うん、楽しかった!」

『それは良かった』


 遊びをねだるアンヴァンシーブルが前脚で地面を掻く。その鼻梁を撫でながら、アルカは寂しそうに言った。


「とっても素敵な場所だけど、天使様はなんだか少し悲しそうだった」


 そんな彼女の横顔をラビの無機質な瞳が見つめていた。


──────────────────────


「全ての準備は整った」


 太陽が赤く落ちる頃、いつかの時と同じように、テンペランティウスは城の屋上から修整都市を見下ろしていた。


 彼から少し離れたところに、和装の天使が降り立った。彼女は『研鑽階層』のフォルティア。伏せがちの目は感情の揺らぎを表に出さない。フォルティアが口を開く。


「……君のことだから、何もかも抜かりなく進めたのだろう」

「ああ。『栞』の反応は全て都市内にあるし、城壁の修繕工事も済んでいる。これで手加減(・・・)をする必要は無くなった」


 フォルティアは少し顎を引いて、羽を大きくゆっくりと羽撃かせた。


「初めに計画を聞いたときは無謀なことを、と思ったけれど」

「その点に関しては協力を感謝する。光明諸島避難民の通行予定繰り上げは助かった」

「構わないよ。どうせ地上を通るだけ」


 それより、とフォルティアは言った。


「君はそれ(・・)に耐えられるの?」


 夕陽がテンペランティウスの鎧を赤く染める。それはまるで、今この瞬間に戦装束を鍛造しているかのようだった。


「…………これが最後の修整だ」


 テンペランティウスは純粋と決意に満ちた顔でフォルティアを見た。


「今度こそ、私は先の景色(すすんだせかい)を手に入れる。その為なら、私は力を使い果たして小さな炭火に戻ることさえ厭わない」


 その言葉にフォルティアは薄く微笑む。


「…………その勇気を讃えよう、美しき兄弟よ」

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