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天使の才能  作者: WK2013
7/9

7.天使のNDC

 7月の最後の週は、春学期の試験期間となる。

「キッチン・アンジュ」での授業は、予定通り7月の第2日曜日で基本情報処理のテクノロジ系を終わることができた。

「よく頑張ったね」と労いの言葉をかける。

「ありがとうございます。おかげさまで、毎日使っているパソコンが身近なものに感じられるようになりました」と微笑みを浮かべてマイさん。

「お勉強は順調のようね」と言いながら、奥さんが氷の入った新しい水を二つ持ってきて、ボクたちの前の温くなったのと取り替えてくださる。

 今日は二人ともサラダセット。ご主人が、ボク用の大きなお皿とマイさん用の普通のお皿を並べている。


「キミは、試験のある科目がいっぱいだよね」とサラダセットのハンバーグにとりかかりながら、マイさんに聞く。

「ええ。結構気が抜けないです。タイさんは?」

「大学院の科目は、ほとんど試験はない。7科目とっているうち、試験があるのが1科目。あとはレポートがちょっと」

「帰省はされるのですか?」とトマトにフォークを刺しながらマイさん。

「いや。こっちに残って、修論のテーマを考えたり、あとはバイトを普段より多めに入れて少し稼ごうと思っている。8月になると帰省する学生が出てくるので、その分のシフトに入る。マイさんは?」

「試験が終わったらすぐに帰ろうと思っています。去年は9月の初めまでいましたけれど、今年は少し早め、8月20日頃に戻ってこようかと思っています」


 梅雨も末期になると、雷を伴った強い雨にしばしば襲われる。「二週間に一回、不定期」のサイクルも7月半ばでいったん終了。マイさんは教授に本を返し、感想を述べると教授の質問に答えている。それが終わると夏休みの課題。「図書館ハンドブック」のようだ。

「買ってはいたんですけれど、『まだほとんど読めていない』と申し上げたら、『夏休み中に全部読んでくるように』とのことでした」と応接のところに来たマイさんが言う。

「夏休みの宿題としては少し軽めかな? 『よく学びよく遊べ』ということかもしれない」

「けれど、参考図書リスト以外は、法令も年表も含めて全部熟読してくるように、とのご指示でした」

「そうか。まあ、頑張って」

「じゃあ、試験勉強するのでそろそろ行きます」と、立ち上がって黒の大きなバックパックを背負いながら、マイさんが言う。

「まずは先に試験を頑張って、だね。この次はキミがこちらに戻って来てからかな」

「予定が決まったらメールします。それじゃあ、タイさん、お元気で」

「マイさんも」

 研究室の入口へ向かうマイさん。扉を開ける前に振り返って、ボクに向けて軽く会釈する。後ろで括ったセミロングの髪が、微かに揺れる。ウエリントンの眼鏡の右端が、キラリと光ったような気がした。


 彼女が故郷に帰る頃は、梅雨も明けて夏空が広がっているのだろう。

 ところどころ雲が浮かんだ青空を背景に、自慢気にニッコリと微笑む天使の姿を思い浮かべた。


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 8月に入ってボクは、ほぼ1日おきにコンビニの午後のシフトを入れた。それ以外は散歩するのも暑いので、キャンパスの図書館で、図書館が閉館のときはファミレスで粘って、論文集に目を通し修士論文のテーマに思いを巡らす。

 マイさんと交わした会話が思い出される。いっそライプニッツを題材にして書こうか? いや、学士レベルならともかく、修士となるとなかなかハードルは高い。通り一遍のことならすでに研究し尽くされている。やるならばライブニッツを手がかりに、前後の時代の思想家にまで広げて、図書館学と関係する思想を幅広く論じてみる? いや、下手をすると図書館情報学でなく思想史の論文になってしまう。

 思考が行き詰まると、無性に誰かと話がしたくなる...


 気がつくと深夜1時を回っていた。そろそろ寝ようかと思って、ふと書棚から「日本十進分類法 新訂10版簡易版」を取り出して広げる。先輩から譲ってもらった第9版を自宅では使っていたが、「大学院合格祝い」として母親がくれた小遣いを使って新訂版を購入した。

 日本の図書館で広く使われているNDC(日本十進分類法)。森羅万象のありとあらゆる主題を分類することができる。例えばマイさんやボクは大学生。大学院も含めて「大学」はNDCでは「377」、そのうち「学生アルバイト」は「377.9」に含まれる。「図書館.図書館情報学」は「010」で、「大学図書館」は「017.7」に分類される。


 マイさんの課題図書にあった「ライプニッツ」は、「西洋哲学」の「ドイツ・オーストリア哲学」の中の「134.1」に名前が登場する。マイさんと話をした内田百閒や小川洋子、森見登美彦は、日本文学「910」の中の「小説・物語」の「近代・明治以降」である「913.6」に分類される。同じ内田百閒でも「阿房列車」は随筆になるので「914.6」。


 マイさんと勉強した基本情報処理技術者試験は「情報処理技術者試験」として「007.6079」という分類コードが割り当てられている。以前より1桁短くなったけれどそれでも長い。マイさんとの勉強場所の「キッチン・アンジュ」は「商業」の中に「飲食店:食堂,レストラン」の「673.97」があって、その中の「西洋料理店」の「673.973」だろう。マイさんと食べた牛丼のチェーンは「外食産業」として「673.97」に分類されるのか。


 マイさんの、知的で愛らしいキャラクターは「心理学」の中の「人格パーソナリティ.性格」の「141.93」だろうか。

 マイさんの、そのスレンダーなスタイルは...「解剖学」の「491.1」? それとも「衣服.裁縫」の「593」?

 マイさんの、その...


 ...「天使」のNDCは「191.5」。

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