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天使の才能  作者: WK2013
6/9

6.天使と作品たち

「好きな作家や作品に、のめり込んでしまうタイプなんです」とマイさん。

「だから、触れている作品の幅はそんなに広くないんです」

 7月第一週。梅雨も後半戦に入って、雨模様の日が続く。教授の「口頭試問」を終えたマイさんと、次の授業までの1時間ほどをカフェテリアで過ごす。

「じゃあ、いま『好きな作家を一人挙げよ』と言われて、すぐに思いつくのは?」

「ええと、小川洋子さんは前に言いましたよね...そうですね、森見登美彦さんかな」

 中学生のときに、市立図書館のティーンズコーナーで見つけた「ペンギン・ハイウェイ」を読んで、大好きになったという。それから「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話大系」「太陽の塔」...という具合に読み進めていった。そのあたりは中学生にはいささかむさ苦しくない? ティーンズのコーナーに排架している図書館が結構あるんですよ。

「ペンギン・ハイウェイがアニメ映画化されて、公開後すぐに観に行きました。結局3回行ったかな? 今なら『大事な人と一緒に観たいDVD』の最右翼になるでしょうね」

「大事な人と一緒」という言葉に、少しどぎまぎする自分がいた。

「そう...森見というと、なんといっても京都だよね」

「鴨川デルタ、下鴨神社、木屋町、先斗町...実はわたし、かなり真剣に京都で学生生活を送ることを考えたんです」と少し身を乗り出してマイさんが言う。

「ボクも実は関西の大学を考えたことがある。森見の後輩になるのはさすがに高嶺の花だったけれど、その他にも国公立大学がいくつもあるからね」

「タイさんはどうして関西を考えたんですか?」

「『涼宮ハルヒ』の聖地巡礼がしたかった」

「それも素敵ですね」


 森見登美彦に話が戻る。前作「夜行」まではすんなりと読めたのだけれど、最新作の「熱帯」を途中から読めなくなっている。どうも乗り気がしないのだという。夏休みに帰省して読み進めてみるとのこと。

 そういえば、彼は作家デビュー後に国立国会図書館に採用されて、しばらく「二足の草鞋」だった。

「マイさん、国立国会図書館は?」

「実は...まだ行けてないんです」と恥ずかしそうにマイさん。

「春休みに同じ専攻に進む友達と一緒に行く約束をしたんですけど、当日高熱を出して...」

「それは残念。『知の殿堂』に行く前に、知恵熱が出ちゃった...おっと、ごめんなさい。失礼なことを」

「知恵熱か。ありですね。それから学期が始まって、まとめて時間のとれるとき、と考えているうちに、行く機会がないまま今日まで来ちゃいました」


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


「記憶に間違いがなければ、たしか森見登美彦の作品の中に『図書館警察』ってでてきたよね」とボク。

「大学図書館利用者の延滞を摘発するという口実で、学内に幅広くネットワークを張っている裏組織ですね」

「あれって、有川浩の『図書館戦争』と関係しているのかな?」

「図書館警察」はたしかスティーヴン・キングの小説にあった。「図書館戦争」は「図書館の自由に関する宣言」がテーマの作品だから、関係ないのでは、とマイさん。

「マイさんは「図書館戦争」は読んだ?」

「構成もしっかりしていてテンポ感もあって、それなりに楽しみながら一気に読みました。けれど違和感を抱いて、その後のシリーズ作品は、まだ読めていません」

「キミが抱いた違和感って?」

「ずっとわからずにいたんです。それが『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を観てわかったんです」

「ボクも観に行った。圧倒的な映画だったけれど、それが『図書館戦争』とどういう関係が?」

 マイさんが言う。「ニューヨーク公共図書館」から受けたメッセージは、「知」こそが、民主主義社会の抱える様々な課題と戦う「武器」なんだということ。貧困、差別、教育の問題、デジタルディバイド、産業や文化をいかに振興するか...そんな「知」の砦である図書館の自由を守るのは、あくまで「知」の力によるべきであって、「武装」というのはどうも...

 いつもに増して雄弁なマイさん。いささか気圧された状態で、ボクはポツリポツリと話し始める。

「うん。なるほど...たしかに、そうかかもしれない、けれど...」

「おかしいでしょうか?」

「おかしくはないよ。ただ...いま言ったことは、あまり安易に人に話さないほうがいいね」とボクが声のトーンを落として言う。

「どうしてですか?」

「政治的な文脈が垣間見られるから。いまの世の中、政治的な言動を聞くだけで引く人が結構いる」とさらに声のトーンを落とす。

「...この話をしたのはタイさんが初めてですけれど」と同じく声のトーンを落としてマイさん。

「安心していいよ。ボクは気にしないから」と囁くようにボクが返す。


「有川浩さんの作品だと、『阪急電車』に出てくる『図書館カップル』のエピソードが好きです。図書館のシーンは少しだけれど、なんか愛おしくて。そういえば二人は最後に、同棲するんですよね」

「同棲」という言葉に今日二度目の動揺。いい年して情けない自分。

「ボクは読んでないなあ。キミは有川浩も結構読んでるの?」

「いえ、『図書館戦争』の一作目と『阪急電車』だけです。なかなか深められないでいる作家の一人ですね」

「『食わず嫌い』は、いけないかもね」

「そう思います」

「でも、幅広い作品を提供するための学問を修め、職業にしようとするのならば、自分の『スキ・キライ』とどうやって折り合いをつけるか、ということが課題になるね」

「そうですね。神野教授も言っておられました。『選り好みしないように』」と少し視線を下げながらマイさん。

「どんな職業であれ、自らの信条や嗜好と折り合いをつけなければいけなくなる場面は出てくる。とりわけボクたちの場合は、嗜好性が極めて高い対象を扱わなければならない、という宿命がある」

「どうすれば...」と見上げるような視線でボクを見ながら、マイさんが言う。

「実はボクも、学部時代に悩んだことがある」

 悩んだ末に辿り着いた結論。対象を「作品」とは思わず、図書館学で言うところの「資料」だと割り切ること。「作品」と思うと自分の嗜好がつきまとう。必要とされる「資料」を必要としている人にお届けする。そういうスタンスに徹することで、「嫌い」とか「苦手」を克服するべきではないか。そんな職業意識を身につけることも、大学生のうちになすべきことの一つだと思う...

 今度はボクが雄弁に語ってしまった。

「そうですね。でも、わたしにできるかどうか...」とマイさん。

「大丈夫。まだ2年半以上あるから」

 気がついたら、授業の開始時間が迫っていた。そそくさと席を後にして、それぞれの教室に向かう。

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