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天使の才能  作者: WK2013
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2.天使とライプニッツ

 二週間後にマイさんが来たとき、研究室には教授がいた。彼女は借りた本を返し、感想を述べる。哲学者ライプニッツについての解説書だったようだ。10分くらいやりとりをすると、教授が次の課題図書を渡し、彼女が「失礼します」と言って応接のところにやってくる。

 教授のいるところで長々と駄弁るのも憚られるので、ボクらは連れ立って研究室を後にする。次の授業まで1時間ほどある。

 学部生だけで1万人以上が在籍している割には「コンパクトにまとまった」キャンパス、といえるのだろうか。晴天なら並木のベンチで過ごすところだけれど、6月に入って生憎の雨模様。少し歩いてカフェテリアへ向かう。

 手前と奥の壁を全面パステル調の壁画が飾り、横が全面窓のカフェテリアの中は、ランチの時間帯を外れているからか、そこここにポツリ、ポツリと学生や職員が腰かけている程度。コーヒーを2つ注文しトレーに載せて真ん中少し窓側の席に行き、向かい合って腰かける。


「しかし、いきなりライプニッツとはね。どうだった?」

 コーヒーを啜りながらマイさんに聞く。

「高校倫理の教科書程度の知識だったので、かなりきつかったです。そのうえ図書館に関係するのは全体のほんの少し。消化不良だったので、教授に正直に話しました」

「そうしたら?」

「『図書館が扱う茫洋たる知の世界の入口で、逡巡するのはわかる。まあ、焦らなくていいから、選り好みせずに幅広く吸収しなさい』と仰いました」

 彼女もコーヒーを口にする。

 コーヒーカップを手にしたまま、ボクはありったけの知識を披露する。世界中の図書文献を完全に収集し、秩序付け、求める図書に誰もが辿り着けるだめの索引をつけることをライプニッツは目指し、自ら司書として図書館の運営に携わるなかで、現代に通じる図書館論を展開した。配列法の改良や、選書の考え方、レファレンスの源流となる思想、それに書誌活動の構想も行ったらしい。ライプニッツのことを『生きた図書館』と称した同時代の学者がいるという。


「『予定調和』とも関係があるのですか?」とマイさん。

「彼の哲学・思想の全体を俯瞰する立場からいえば、大いに関係してくると思う」

「ライプニッツの残した遺産も大きなものだった、と書いてありました」

「彼の図書館構想はドイツのゲッティンゲン大学図書館に結実して、それがイギリスやアメリカに広がり、図書館学が形作られる。デューイもその系譜に連なると言っていい」

「あの十進分類法のデューイですか?」

「そう」

「でもそれだけの功績の割には、わたしの読んだライプニッツの解説書の中で、図書館に関する部分はほんの少しでした」

 図書館学に対する貢献は大きなものだけれど、ライプニッツの全体像を語る場合、図書館学についての記述は小さくせざるを得ない。それだけ彼が傑出した人物、つまりその業績が広範にわたって、しかもそれぞれの分野でトップクラスだったということ。


 ライプニッツは図書館に住んでいたという。そこに集う天使たちとも仲良しだったんだろうか?


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 カフェテリアを見渡しながらマイさんに聞く。

「お昼はいつもここで?」

「ここも隣の学食も混みますから、45分の昼休みだと食べるのがせわしなくって。たいてい友達と3人で、コンビニのおにぎりやお弁当を持って、並木のベンチや開いてる教室で食べます」

 そういえば何度か、昼休みのメインストリートを並んで歩いている3人を見かけたことがある。いずれ劣らぬ容貌で身長も同じくらいだけれど、腰の位置は、マイさんが他の2人より半分くらい高いところにあった。

「タイさんはお昼は?」とマイさん。

「もっぱら学食のカレーライス。ボクの体を構成する要素の半分以上は、学食のカレーライス由来かもしれない」

「『モナド』ですか?」と言ってマイさんがニコリとする。

「いや、そんな高級なものじゃない。ボクの場合は単なる物質」とニコリと返す。


 お食事はちゃんとされているのですか? とマイさんが聞く。平日の夜はたいていコンビニのバイトが入っているので、終わってから軽いものを買って、帰って寝る前に食べる。土日は、散歩がてら出かけたときに安売りのお惣菜やカップ麺を買って、帰って食べる。ご飯は炊かないのですか? 大学入ってから炊飯器なるものを持ったことがない。19㎡のワンルームでは置く場所もないし。

「一度よろしければ、日曜日にわたしのバイト先の洋食屋さんに来られませんか?」

 彼女は、1年のとき通ったKキャンパスと今のキャンパスを直通で結ぶ鉄道路線上の、大きなアーケード街がある駅の近くに住んでいる。1Kのマンションへの途中、アーケード街を曲がった通りにある「キッチン・アンジュ」という店で、日曜日のランチとディナーの時間帯にバイトをしているとのこと。

「自分が好きで読む本代くらいは自分で稼ぎたくって。それに、高校のときのバンド仲間の一人が飲食のバイトに入っていて、大変だけど楽しそうだったので、わたしもやってみたかったんです」

「ところで店名の『アンジュ』って、フランス語?」

「はい。『天使』です」

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