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5.Invaders Championship 3rd②

ロシアって単語が出てきますが現在の情勢とは全く関係ありません。

 ガイダンスの後。僕は別件で楽屋のような部屋に来ていた。年に一度のCSということもあり、公式チャンネルで配信が行われる。ジャッジであるところの僕は、配信卓を担当することになっているため、(放送の段取りには関係ないながら)会議に参加していた。


「えっと、スイスドローの6戦目と7戦目の間に30分ほど休憩があります。その後、7,8戦目を挟んで、そのまま決勝のプレーオフですね。プレーオフはシングルエリミネイト形式で行われ…」


 カードゲームの用語、結構知ってはいるけど、やっぱりいざ大会についての会話…となると難しい部分もあるなぁ…正直わからない単語はないんだが、それを脳内でわかりやすい単語に変換して話を聞こうとしてしまうので、無駄に疲弊してしまう。


「ショウくん、本来の仕事に追加で一個頼める?」

「はあ、内容次第ですけど…」


 急に水を向けられ、いい加減な返事を返してしまう。まあ実際内容次第なんだけど。


「えっと、最近TCGをやっていない層の新規視聴者が増えたのね?これまではコアな視聴者向けの放送だったから、これまでと同じような内容の放送では新規に配慮できないの。こちらとしても新規を逃すのはいただけないから、新しく冒頭にイントロダクションのコーナーを設けようと思ってるの。」

「あー…つまり、新規向けのイントロダクションに、若いプレイヤーのほうが映えるから僕を起用しようという…」

「そういうこと!話が早くて助かる!」

「そのくらいなら…あっ、私服のほうがいいとかありますか?」

「ううん。むしろジャッジ制服のほうがいいね。ショウくんの場合『誰だこいつ?』って人がほとんどだろうから」

「あー…それは確かに。まあジャッジのウェアを着て対戦をするのは気が進みませんが…」

「まあ仕事だと思って観念して?」

「もともと逃げようとは思ってませんよ。対戦相手は誰ですか?」

「俺だね。初代優勝者だからと言って、忖度はいらないよ?」

「忖度なんてしなくても僕なんかに負けないだろ…」

「そんなことないんだけどなぁ…」


 実際、僕はCS1stで余裕で予選落ちした弱小プレイヤーだ。その大会を制したカイリなどに勝てるはずはないのだが…謙遜も過ぎると嫌味になるんだぞ。


「そういうことだから、よろしく〜あっ、ショウくんは残ってね。お話が」

「えっ?あっ、はい。」


 唐突な呼び出しに陰キャ3コンボが口をつくが、まあ断る理由も…


「それとも、彼女に一刻でも早く会いたい?ならお姉さん遠慮しちゃうけどな〜♡」

「そんなことないとは口が裂けても言えませんけど。僕だって優先順位くらい分かってますよ」

「ふーん?じゃあEuonymusちゃんに『私と仕事どっちが大事?』って聞かれてどう答えるの?」

「どっちも同列ですね」

「ケッ、冷めた男め。まあ、余談はこんくらいにして…」


 その後切り出された話は、想像を絶するようなものだった。その時に頼まれたことは二つ返事で引き受けたという事実はまた別の話。


●●●●●●●●●●


「うふふ…」


 翔くんが出てくるのを待ちながらスマホをいじっていた私は、上からヒュポっと出てきた通知を見ながら、勝手に上がる口角と格闘していた。


〈ショウくんの貴重なスピーチシーン!〉


 小日向さんからYoutubeの動画のURLが送られてきたのだ。どうやら非公開設定で私と小日向さんしか見られないようになっているらしい。どうやら翔くんに半ば無理矢理ガイダンスを押し付け、それを後列の方から動画に撮っていたらしい。なんて勝手な…生活の糧です!ありがとうございます!

 落ち着かない気持ちで駅前で待っていると、私の隣で待っていたちーこさんが声をあげた。


「あっ、カイリ。遅い。」

「ごめんごめん。ちょっと長引いてね。あっ」


 不満そうに唇を尖らせるちーこさんに応対しつつ、カイリさんは私の方に向き直る。


「ショウ君だけど、小日向さんが話があるらしいからもうちょっと遅くなると思う」

「そうですか。ありがとうございます。」

「ほら、カイリ。はやくはやく。」

「はいはい。じゃ、そういうわけだから。」


 そうしてちーこさんに手を引かれて駅ビルに吸い込まれていくカイリさん。身長差的に親子って言われても全く疑わないけど、歩く姿はカップルという言葉が似合うものだった。ちーこさん、完全にカイリさんの腕に抱きついてるしね…私もああいうことしたほうがいいの?でも私がやると別の問題が…彼女になくて私にある部分が…

 まあいいか。そんなことより動画動画…


「はあっ、はあっ…待たせてごめん!」

「ひょよおえあっ!?」

「えっ、なんでそんなに驚くの!?」


 動画を再生しようとディスプレイに指が伸びているタイミングで声をかけられたものだから、変な声が出てしまった。恥ずかしい。


「ちょっと小日向さんにつかまってさ。じゃあ飯食いに行こうか。」

「あ、えっと、うん、そだね?」

「ん」


 そうして歩き出してしまう翔くん。全く、気が利かないわね。私は小走りで横に着けると、彼の腕をつかんでさっきちーこさんがやっていたみたいに抱き着いてみた。みなさんのご想像通りの状況になるわけだが。これもサービスってことでいいよね!


「えっ、ねえ、眞優未?」

「なに?」


 内心めちゃくちゃドキドキしているけど、そんなことはおくびにも出さずに平然と返事をする。これが高校デビューの演技力。嫌いな()の前でそれを隠してにこにこ話してるのの応用。


「…別に。ただ、取り繕うなら、不随意筋まで完璧に取り繕ってくれないかな?かなりツッコみづらいんだけど…」

「っ!?」


 言われて自分の鼓動に意識を注ぐと、普段より数段早くなっていた。我ながら詰めが甘いわね…


「ははは…」

「えへへ…」


 こうして、いっちょまえに腕を組みながら気まずい笑みを顔に貼り付けたカップルが爆誕した。


●●●●●●●●●●


「はぁ~~~~、疲れたぁ~~~~…」


 僕はため息を吐きながらホテルのベッドに転がり込んだ。このまま寝てしまいたい…でも風呂とか入らないと…ああ、煩わしい!


「翔くんお疲れ~」

「ほんとに疲れた…人の前で話をするのって苦手…」

「それめっっっっっちゃわかる。でも翔くんはそんな感じしないけど?」

「へ?なんで?むしろこんなド陰キャがまともに人前で話をできると思われてるのが割と心外なんだけど」

「いやいやいや、高校の授業の成果発表とかめちゃくちゃしっかり話できてるじゃん。」

「え?そんなことないと思うんだけど。もちろんできる限りわかりやすくまとめているつもりではあったけど」

「(『出来る限り』の出来がすごくいいことを自覚してほしいんだよなぁ…)」


 眞優未が何やらぼそぼそ言っているが、聞こえなかった。


「じゃあとりあえず僕は風呂に入るわ。15分くらいであがるからそっちも入る準備しといて」

「あっ、はーい」


 こういうホテルって発泡入浴剤とか置いてあったりするよな…疲れを癒すために使ってみるか…


●●●●●●●●●●


 いっちゃった。まあ、恋人といえども一緒にお風呂に入ろうとは言わないけど。


「15分くらいであがるって言ってたよね…。」


 ということは、15分くらいはこの部屋は私一人のものということだ。もしくは、15分くらいの間に悪戯を…


「な、なんちゃって~…」


 悪戯なんてしないわよ?いくら私が交際一週間くらいの彼氏との外泊で舞い上がってるとはいえね?分別のない子供じゃないんだから。


「そ、そうよ!子供じゃ、ないから…」


 …ここのお風呂は、ホテルにしては珍しくユニットバスではなく結構広い。しっかりお湯を張るタイプのお風呂だ。さっきテンションが上がってるうちに下見したから知ってる。


「子供じゃ…ないからね?」


 そうして、私は取りうる最悪の選択肢を選ぶことになった。


●●●●●●●●●●


「ふい~~~~~…」


 ああ、これ気持ちいい。溶ける感じ。炭酸のバブルがしゅわしゅわと疲れを溶かしだしていく感じ。発泡入浴剤も捨てたものじゃないな。


「お邪魔しまーす!!」

「え」


 声が聞こえてきた方…まあ風呂場の扉の方だな。そっちを見ると、タオルを体に巻いた眞優未の姿があった。


「いや、なんで!?どうして!?こういうのって普通逆じゃないの!?」

「逆って?私はただ疲れた恋人を元気づけようと思っただけだけど?」


 おかしいですよね!?元気づける方法としてこれはおかしいですよね!?


「元気出たでしょ?」

「結構元気が出てしまったのが悔しい」


 眞優未の体はかなり起伏に富んでいて、正直目のやり場に困る。目の保養としてはちょうどいい…ゲフンゲフン。


「せっかくだし背中流すよ」

「何がせっかくなんだよ…まあ、そういうことならお願いするよ」


 そういって股間をタオルで隠し、備え付けられている椅子に座る。折角の好意を無碍にするのはよくないからな!うん!

 しばらくそうしていると、背中がタオルでこすられ始めた。結構気持ちいい。


「ど、どう?」

「うん。いい感じ。」

「そ、そか。」


 しばらくして、すっかり背中を流し終えて。僕たちはなぜか同じ湯船に浸かっていた。全裸でね。文字通り全裸で。


「なんで浸かってるの?」

「特別サービス」

「サービスて。いかがわしいお店かな?」

「お客様は翔くんだけだよ?」

「いかがわしいお店のつもりだったのか…」

「ふへへ~」

「可愛く笑ったらなんでも許されると思うなよ?」

「えっ、可愛い!?私可愛い!?」


 面倒くさい女が爆誕した。まあ、実際可愛いよ。少なくとも僕にとっては。


●●●●●●●●●●


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった…

 なんで!タオルで!お風呂に!乱入して!あまつさえ!背中を流すだけでなく!タオルをとって!同じ浴槽に!?

 浅はかだった浅慮だった浅かった馬鹿だったあほだった…

 なんで翔くんに全裸を晒すのがこの流れなの!?もうちょっとムードを作りたかったよ?

 どうしてノリだけでこういうことをしちゃうの!?私の馬鹿!!!


「…ねえ、眞優未?」

「はっ!?」


 そうだ。完全に一人の気分でもだえていたけど、よく考えたら翔君もいた。アフターケアまで最悪とか私は何のために生きているんだろう…死にたい。


「さっきのが恥ずかしかったのはよ~~く分かったからさ。足バタバタさせて埃舞わせるのやめて…」

「うぅうううううううう…」

「あー…無理なんだね。わかった。」

「うあぁあああああああああ…」


 結局そのあと1時間くらい悶え続けて、そのまま寝落ちしたらしい。なんて迷惑な女だ。


●●●●●●●●●●


 寝ちゃったよ。

 散々悶えるだけ悶えて。なんか可愛かったからいいけどね。

 寝ている女の子をまじまじ観察するのも人として良くないので、明日のデッキを選定することにした。


「うーん…初心者向けのインストラクションなんだから、ビートとかがいいのかな?」


 まあ、一人で悩んでいても仕方ないよな。俺はカイリに相談することにした。

 2,3のコール音の後に電話が繋がる。


『っ…もしもし?』

「ああ、もしもし?今暇か?」

『うん、まあ…大丈夫だよ』

「明日のデッキなんだけど…」

『カイリ、大丈夫じゃないでしょ?今は私と乳繰り合う時間』

「あっ…」

『あっ、じゃないから!?明日のデッキでしょ!?仕事の話だよね!?さすがに仕事優先だから…』

「…2時間後くらいにかけなおすわ」

『2時間後、2時間後ね!?わかった』

『…3時間後』

「…3時間後にかけなおします」

『ちょっ、待っ…』


 いくら僕といえどもカップルの乳繰り合いを邪魔する趣味はない。存分に乳繰り合ってくれ。


「3時間後かぁ…」


 3時間後っていうと、軽く日付が変わるな…まあいいか。仮眠をとってかけなおそう。


●●●●●●●●●●


「…寝てる…」


 悶えてそのまま寝てしまったのだが、眠りは浅かったようで目が覚めた。

 少し寝てしまったせいで、むしろ目が冴えてしまっている。

 そして、隣のベッドに目をやると翔くんがすやすや寝ている。

 さっきやらかしたけど、今回は…いや、さっきやらかしたからこそ、今回は…


「やめとこう…」


 ヘタなことしてまた失敗しても悲しいし。私が何してもどうせまた失敗して悶えることになるんだ!私は詳しいんだ!

 そういうわけで、翔くんの寝顔を観察するにとどめようと思う。

 かわいい寝顔だ…


「…ん?」


 あっ、起きちゃった。私の顔は翔くんの目の前。キスができそう。というわけで、顔を近づけて目を閉じてみる。試験的にね。もしかしたら予想だにしない挙動を示すかもしれないから。


 10秒ほど意味もなくそうしていると、事態は本当に予想だにしない方向に進んだ。翔くんの顔が私に近づき…ってちょっとちょっと!?


 言葉でツッコミを入れる暇もなく、私と翔くんの顔がゼロ距離まで近づき、唇が触れ合った。寝ぼけてる?


「さっきの仕返し」


 寝ぼけてない!正気of正気だ!しかもすっごいすまし顔だ!


「ちょうどいい時間だ…じゃあ今からカイリに電話するから。」

「あっ、うん…」


 豪快にスルー!すごい胆力!私なんて成功しても悶える未来しか見えない!


「もしもし、カイリ?明日のデッキのことなんだけど…」


 内心すっごく焦っている私を尻目に平然と電話を始める翔くんに負けた気がして、なんだか悔しくなっていた。



●●●●●●●●●●


『まあ確かにぶっちゃけトルコとかの対話拒否使われると非常に困るけど、ロシアくらいのギミックデッキは使ったほうがいいんじゃないかな?』

「おっけー、じゃあそういう感じで」


 よし、これで明日の準備はばっちりだ。ロシアデッキならきっちり調整したのがあるしな。


「あの…翔くん?」

「え?どうした、眞優未」

「さっきの…き、き、キス…なんだったの?」

「いや、なんだったもなにもキスだけど」

「そういうことじゃなくて!どうしていきなりキスをしたのかって聞いてるの!」

「あっ、いやだった?ごめん」

「嫌じゃなくてむしろ嬉しいけど!どうしてって!聞いてるの!」

「だから、いったじゃん、仕返しって」

「納得感がない!もっと私を納得させられるような理由を所望します!」

「そうは言われても…」


 面白そうだったから以外の理由はないしなぁ…普段攻め攻めの彼女に押しを強くいってみたら案外弱かったの王道パターン過ぎてなんか恥ずかしくもなかったというか…


「なにその普段押しが強いのに押してみると弱い典型的なタイプだって顔!」

「実際そう思ってるからなぁ…」

「仕方ないでしょ!攻め特化ってことは防御は薄いの!」

「その言い訳もテンプレだなぁ…」


 そのあともなんだかんだ寝落ちまでどうでもいいことを語り合っていた。

テンプレで恥ずかしくなくなったとか言ってるけど、僕は普通に好きだし普通にキスとかできないと思う。

なんだこいつ

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