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3.カードゲーマーは呼びあいたい

 …そんなこっぱずかしいやり取りを終えると、僕は普通にデッキを取り出した。…本来の目的はこっちだもんな。普通にこれまでの成果を確認しなければ。うん。照れ隠しとかじゃないぞ?空気に当てられて変なこと言ったから照れてるのを隠してるわけじゃないんだぞ?うん。


「ねぇ。」

「ん?何?」

「恋人になったよしみでお願いがあるんだけど。」

「出来うることなら」

「ふっふっふ…」

「出来うることならだぞ!出来うることなら!」


 不敵な笑みに、何かとんでもないことを考えているのではないかと勘繰ってしまう。しっかり保険をかけておかないと何を言い出されるか分かったもんじゃない!


「くふふ…いや、そんな大層なことでもないんだけど。『翔くん』って、呼んでもいい?」


 なんだ、そんなことか…てっきり、もっと恥ずかしいこととか、金銭の要求とかかと思った。まあ、ここまで来て金銭の要求はないか。


「そのくらいなら…全然。むしろ、よろしく?」

「ふっふっふっ…」


 その不敵な笑い、デフォルトなのか?


「その不敵な笑い、デフォルトなのか?」


 声が出てた。しかし、僕のそんな言葉に狼狽する様子もなく、彼女はニヤニヤしながらつぶやいていた。


「うへへ、翔くん、翔くんかぁ…うぇへへ…翔くん」

「うっ…わぁ…」


 こわい。シンプルに怖い。目の前で自分の名前を連呼してる人、シンプルに考えて怖いでしょ!でも…まあ悪い気はしないので、このままにしておくか…


「ふへへ…」


 …こんなにうれしそうな顔を見せられると、なんかサービスしたくなってくるな。僕にはまだ理性があるので、あたりを見回して…うん。僕たちの話が聞こえる範囲内に人はいない。


「まっ…『眞優未』…」


 ミスった…どもったし声が小さかったし、こう悦に入ってるヘヴン状態の人間に聞こえるわけがない!サービスするならもっとはっきりやらないと…と、もう一度さっきの恥ずかしい言葉を口に出そうとしたとき。


「ふぇ?今…」


 聞こえてたらしい。しっかり聞こえてたらしい。オタクじゃん…オタクに備え付けられた供給を見逃さないセンサーだ…。―――自分が名前呼びしたのを供給って表現するの自惚れみたいですごく恥ずかしい…でも…結構うれしいものだな。


「ふふふふふふ…」

「うへへへへへ…」


 こうして、カードショップの隅っこで怪しく笑いあう男女が爆誕した。悪くないよな。こういうのも。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その後、10分ほどにわたって二人、にやにやしていた僕たちだが、少し熱が冷めてきたところで、普通に対戦を始めた。お互い切り替えが早いな。いや、10分は早いのか?うん。早いってことにしておこう。仮にこれがものすごく遅いとしたら、僕か眞優未のどちらかがショックで死ぬだろう。可哀そうな自分を呪ってくれ…。そう思いながらも、眞優未のプレイングを見てみる。うん、成長してる。これまであった粗が少なくなっている。確実に僕の教えた理論は役にたっているということだろう。


「うん。理論はちゃんとしみついてるっぽいね。教えた甲斐があった。」

「そう?よくなってる?」

「良くなってはいるんだけど、その場その場の判断力がちょっとね。大分長い間理論の勉強してたから、ちょっと感覚が鈍ってるのかもね。ほら、例えば…」


 そんな風に、その後もプレイングの調整に耽っていた。もうデッキの調整は必要ないな。僕(とLINEでやり取りしていた蔵田)が全力で調整したから、もう必要ないはずだ。そして、一通り説明を終えると、


「あっ、ちょっとデッキ借りてもいい?」

「いいけど…何するの?」


 眞優未がそんなことを言い始めた。なるほど。同じデッキばかり使っては、感覚がそのデッキに固定されてしまう。なので、他のデッキを使ってゲームをすると、結果的に元のデッキの練度が上がったりするのだ。そういうわけなので、僕がそのデッキの相手をするためにデッキを取り出そうとすると、


「ああ、いや。違う違う。ちょっと、昨日、オンライン対戦に潜っててね?そこですごく難しい盤面があって…」

「なるほど、なるほど?それはそうと、そのデッキも使って何回か対戦してみよう。よければ僕にデッキ貸してくれない?対戦相手視点からなら見えてくることもあるかも。…で、どういう盤面?」

「えぇっと…細かい盤面は覚えてないんだけど…確かいたユニットは…」


 そう言ってデッキからカードを探し、盤面に並べていく。このゲーム、普段はデッキをいじらないからこういうの見てて新鮮だな。


「こんな盤面。で、手札が…」


 そうしてまた自分のデッキをいじり、盤面と手札を再現し始める。なんか、いいな。メガネはないが、カードを使っている女の子って、無条件ですこし魅力的に見えてしまうのだろうか?僕だけ?ごめんなさい。僕がそういう情緒に浸っていると、いつの間にか眞優未が目と鼻の先にいた。


「ねぇ、聞いてる~?」

「っ!?」

「あはは、ビックリしすぎ!」


 テンションが高くて何よりで。ああ、この盤面についての質問だっけ?


「相手の体力が15の状態。この盤面からリーサルある?」

「へ?」


 僕は計算を始める。カードゲーマーの悪い癖。無意味に虚空を指さし確認したり、机をこんこん叩いたり…しているうちに1つルートが見えた。…これならぴったり15点出してリーサルだな。


「まず、手札のこのカードで相手の顔に打点が通る状態にして…」


 そこから一切のドローを挟まず、動きを説明して見せる。このくらいのリーサルパズルはよくネットに落ちているので解いたり、逆に作ったりしているからな。超難問を1時間かけて解いたこともあったりした。今回の盤面も、類題を解いたことがあったので割とあっさり解けた。体力が1点多かったのと、手札の状況が若干違ったので、難易度は跳ね上がっていたが…。


「これで、ちょうどかな。うん、多分これでぴったり15点。」

「…そうね。一個も動きに矛盾したところはない…なるほど…」

「で、これ何?最初のうそでしょ?どこのリーサルパズル?授業中の暇つぶしにリーサルパズル解いてることとかよくあるけど、この問題は初見かな。」

「授業はちゃんと聞きなさいよ…。まあバレてたなら白状するけど、これ、とある知り合いが作った問題なの。自信満々で『これは解けないだろう』って言って出されて、考えてはいたんだけど、ちょうど1点足りなくて、ほんとに全然解けなくて悔しかったから。」

「…で、僕に?」

「そ。」


 つまり、僕に都合がよく解釈するなら、僕はたぶんこの短い間で『頼れる知り合い』くらいにはアップデートされていたということだろう。逆に、自分の童貞センサーを取っ払って考えるなら、Invadersがわかるすべての知り合いに聞いていて、初めて分かったのが僕というパターンだろう。うん、多分後者だな。


「知り合いに自慢しておこう。『頼れる彼氏が5分で鮮やかに解いてくれたぜ☆』っと…」


 …前者だったらしい。世界はどうやら僕に都合よく動いていたらしい。…というか、成立して45分で彼氏とかいうな。照れるだろ。しかも頼れるとかいう接頭辞をつけるな。にやけるだろ。


「あっ、『彼氏とか嘘でしょ』って帰ってきた。嘘じゃないのに…」


 …というか、いきなり女の子成分増してない?気のせい?僕が学校での眞優未を見てなさ過ぎただけ?あっ、そゆこと?そういうことにしておこう。


「えぇ~!?なんか私の妄想上の彼氏だと思ってる!写真撮って送っていい?」

「ダメ。身バレするから。」


 こちとらド陰キャのネット弁慶でやってるんだ。FF比20倍くらい。まあ別の事情もあってだけど。顔写真も…自分から公開してはいないけど出回っているから、この手の話題に詳しい可能性のある知り合いに流されるのは困る。


「身バレ?翔くんってそんなに有名なの?」

「あーーーー…まあね。」


 うん。知らないならそれに越したことはないだろう。あんまり知られたい話題でもないしな。


「ふーん…そ。まあいいけど。」

「…拗ねてない?」

「別に?」


 拗ねてるじゃん。


「まあ、大会に出るならすぐにわかるよ。」

「ふーん、随分含みのある言い方だこと。ああ、そういえば翔くんって大会でないの?」

「出ないでない。でも、会場には行くよ。いろいろあってね。」

「はーん…ほーん?へー?」

「あんまり詳しくは言いたくないんだよ。事情があって。」

「そういうなら詳しくは訊かないでおくけど…」


 助かる。まあ、正直すぐに発覚する話なので問題はないんだが…


「それはそれとして、1つお願いがあるんだけど。」

「詳しく聞かないでくれるのは助かる。で、何?」

「いや、あの…」


 すごく言いづらそうにしている。なに?そういう系統の話?言いづらい感じ?


「学校では、できるだけコミュニケーションをとらないでほしいなって。」

「え?当たり前じゃん。そういうのは、学校で僕が気やすく話しかけられる雰囲気になってから言ってほしいね。」


 至極当たり前のことを言われただけだった。陰キャ集団が陽キャ女子に自分からコミュニケーションを取りに行くなんて夢のまた夢。


「あれ、確かに。もしかして杞憂だった?」

「うん。そんなこと言うまでもなく、こっちはこっちで学校のおひとり様を満喫してるから。問題ないよ。」


 そう、問題はないのだ。全く。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 …問題はない、はずだったのだが。


「ダメだ…こんな調子じゃダメだ…」


 目で追ってしまう。学校ではコミュニケーションをとらないって約束したのに!努めて目を逸らす。おかげで、30分に1回くらいしか目で追わなくなった。…これ、案外と辛いなぁ…


●●●●●●●●●●


 自分から言ったのに…恋人って意識してしまうと、やっぱり目で追ってしまう。え?意識してない時は見てなかったのかって?面白いことを聞くわね。聞かなくてもわかってるじゃない。

 …とにかく。自分から言った身ながら、彼のことを目で追うのがやめられない…。言動不一致!?わかってるわよそんなこと!私だって…こうなるとは思ってなかったんだもん!


「これは…もう最終手段よ!」


 最終手段。私は、彼の陰キャ性(造語)を利用して、彼に秘密裏に学校で出会う方法を見出してしまっていたのだ。…昨日のうちに。


●●●●●●●●●●


 …ひもじい。一人で屋上で食べる飯、むなしい。そう。結局、眞優未を視界に入れないために、昼休みは屋上で過ごすこととした。まあ、憧れてたっちゃ憧れてたけど、理由的に悲しいよなぁ…。


 ギギ…


 ん?なんか今、扉があくような音が聞こえなかったか?


「あっ、いたいた!翔くーん!!」

「…何のつもりだ?」


 いや、マジで。なんでこんなところに来るんだよ。教室であからさまに「僕は屋上に行きますよ」アピールしただろうが。蔵田を使ってだけど。教室中に聞こえるくらいの大きな声で。僕と同じ理由にしては詰めが甘くないか?…というか、僕を見つけた一言目から明らかに確信犯だろう。


「学校ではコミュニケーションをとらないって」

「『できるだけ』って言ったよね!『できるだけ』って!」

「このコミュニケーションはとらないことも可能だっただろ…」

「私が可能じゃないの!だって…」

「だって、何?」

「…なんでもない。」

「ふーん?」


 なんだかんだ楽しく話してあげちゃってるあたり、僕も甘ちゃんなんだよなぁ…


「翔くん?」

「本当にそろそろ帰ってほしいんだけど、何?」

「そんなこと言わずに~。くっつかせなさいよ~」


 いつの間にか僕の横に座り、体をぴとっとくっつけてくる眞優未。…クソが。断りづらい雰囲気になっちゃったじゃないか。ふわっと甘い香りがする。なに?女の子って、女の子に生まれたら無条件でこの匂いがついてくるの?


「すりすり~」

「すんすん」


 眞優未が僕に頬をこすりつけてくるので、僕は髪から漂ってくる匂いを肺腑に取り込んでいた。


「あー、翔くん匂い嗅いでる~…変態っぽい。」

「眞優未の髪からいい匂いが漂ってくるから悪い!」

「おぉ…ひっどい開き直りだね…まあ約束破って会いに来た私が言うことでもないんだけど…」

「約束破ったことは認めるんだ…すんすん」

「くっ、くすぐったい…」


 おっと、調子に乗りすぎたか。おとなしく顔を離す。そうするとこちらに顔が向く。…寂しそうな顔するなよ。でも匂いを嗅ぐのはやはり変態度が非常に高いので、軽く頭を撫でてやるにとどまった。


「んふ~…ふふふ…」


 大型犬かな?女子らしくさらさらな髪で、撫でていて気持ちが良いし、撫でてると気持ちよさそうな声を出してくれるから撫で甲斐がある。…自制が効かないな。


「ほら、もう満足でしょ。…そろそろ終わりが見えなくなってきた。」

「え~?」

「自分から言い出したことでしょ?ほらほら、もう授業開始10分前。この時間帯の僕が何してるか知ってる?」


 この時間は僕がなんとなく尿意を催す時間なのだ。


「それは…知ってる。」

「じゃあ離れて。戻るから。ほら。」


 半ば強引に引き剥がす。さすがの僕も女子に負けるほど非力ではないぞ。


「ちぇー」


 この後、昼休みは、なんとなくこれが日課になってしまった。このお惚気カップル、いつになったら目が覚めるんだろうか。

書きたいところまで書けなかったけれど、キリがいいので止めます。

書きたいところは次の話の最後に書くことにします。


…ところで付き合ったとたんいちゃつきだしてウザイんですけど、この登場人物どうにかなりませんか?

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