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第28話 これはチャンスでは?

【注意】


珍味が出てきます。

苦手な方はお気をつけください。

 ベルが兄のルシフェルと久々に顔を合わせた、その日の夕方。

 ケイトが目を覚ますと、部屋の窓が開いていた。


 晩秋の冷ややかな空気が、部屋の中へ流れ込んでいた。

 寒気を覚えてブルリと体が震える。ケイトは毛布を抱き込んだ。


 見ると、開け放った窓枠に座ったベルが、外を眺めていた。


 彼女の視線を探るようにその先へ目を向けてみると、もう見慣れてしまった、おどろおどろしい空が窓の向こうに広がっている。

 月は冬に近づくほどに白くなっていくそうで、今は淡いピンク色をしていた。


 まるで高名な画家が描いたすばらしい絵画のようだと、ケイトは思う。

 ぼうっと見入っていると、サァァと木の葉を揺らす風の音がして、ベルの美しい髪が揺れた。


 よく見ると、ベルは見たこともないようなひどく(すさ)んだ顔をしていた。

 細く華奢(きゃしゃ)な手には黒くて細いものが握られていて、彼女はそれをかじっている。


 その姿はまるで、スルメを(さかな)に晩酌する酒場のおっさんのように哀愁が漂っていて。

 そっとしておくべきか、話を聞きにいくべきか、ケイトは悩んだ。


 一本食べ終わると、ベルの手が膝の上へと伸びる。

 膝の上には皿が乗せてあって、皿には真っ黒なクモの素揚げが鎮座していた。

 ベルはそれを、無心でちぎり、口へと運ぶ。


 なにを食べても「おいしい!」と頬を緩ませて笑うベルが、なんの反応もなしにただ食べ続ける姿は、空恐ろしいものがある。


 今になってようやく、彼女は魔王の娘なのだ、と理解した。

 理解していたつもりだったが、本当の意味で理解していたわけではなかったらしい。

 もっとも、それくらいでベルへ向ける気持ちが揺らぐことはないけれど。


 ケイトはなんだか放っておけなくて、立ち上がった。

 まだ冬ではないとはいえ、秋の夕方は冷える。

 毛布を持っていって彼女の肩へ掛けてあげると、どこからかふわりと水の匂いがした。


 日の光のない地の国に順応したのか、それとも訓練の賜物(たまもの)なのかは不明だが、ケイトの五感は以前よりずっと鋭くなっている。

 今や、水の匂いを嗅ぎ分けるほどだ。


 一瞬、川へ行ったのかとも思ったが、それにしては清廉な匂いだった。

 となれば、残る選択肢は一つ。湖である。


「ベル。ベルは、湖へ行ってきたの?」


「ええ」


 答える声は、ふわふわしていた。

 心ここに在らず。そんな感じだ。


 何を考えているのか、ちっとも予測がつかない。

 夢を見ているようにぼんやりしたり、深刻な悩みを抱えているかのように眉間にしわを寄せたり、かと思えば、空いた手でゆるゆると胃のあたりをさすっていたりもする。


 魚をたくさん釣って、食べすぎたのだろうか。

 しかし、彼女に限って食べ過ぎなどあり得ない。


 なにせ彼女は、暴食姫。

 あらゆるものを食べる、鋼の胃を持つ者なのだ。


「釣りをしてきたの?」


「そんなところ」


釣果(ちょうか)は?」


一匹もなし(ボウズ)よ」


 なるほど、とケイトは納得した。

 おそらくベルは、おなかが空いていて機嫌が悪いのだ。


 湖へ魚を釣りに行ったのに、一匹も釣れなかった。

 代わりに獲ってきた珍味である毒グモも、おなかはすっかり魚の気分なので、食べた気がしないのだろう。


 それならケイトができることは、一つだけ。


(ベルの代わりに、魚を釣ってこなくては)


 彼女の役に立つことが今のケイトの使命、何よりも優先すべき事項なのである。


「ベル。今日の畑仕事は?」


「クルミとブルーベリーの葉が落ちたから、そろそろ剪定(せんてい)をしようと思っていたのだけれど……」


 ふぅ、とため息を吐く彼女は、ひどく疲れているように見える。


(これはチャンスでは?)


 一攫千金ならぬ一攫珍味して、ベルにいいところを見せる。

 そして珍味を手早く調理してごちそうしたら、「ありがとう、ケイト!」と感激してくれるのではないか。

 ついでに味見と称して「あーん」ができたら、すごく嬉しい。


「冬剪定だな。わかった、僕に任せてくれ」


 クルミやブルーベリーといった落葉樹は、葉のある時期に、葉が日光をたっぷり浴びて養分を作り出す。

 だから、剪定するのは葉が落ちてから。枝だけになった休眠期に、行うのが適切だ。

 日の光のない地の国においても、それは同じらしい。


「残っている仕事は、それくらい?」


「えっと……そうね、急ぎの仕事はないと思うわ」


「訓練は?」


「今日は、お休みにしましょう」


 教えることが減ってきたのか、最近は自主練になることも増えてきた。

 ベルも疲れた様子だったので、ケイトはさして気にせず「わかった」と答えた。


「剪定が終わったら、湖で魚釣りをしてきてもいいか?」


「構わないわ」


 剪定だけなら、魚を釣りに行く時間をたっぷり取れるはずだ。

 おいしい料理に頬を緩ませるベルの顔を思い出して、ケイトは「いってきます」とウキウキで出かけていった。


 部屋に一人残されたベルは、しばらくケイトが出て行ったドアを見つめたまま考え事をしていたが、やがてポツリと、


「この気持ちはそう……情というやつよ。それなりに一緒にいたから、だから、」


 だから、なんだというのだろう。

 せっかく見つけた答えなのに、まだスッキリしない。


 イライラする気持ちを発散するように、ベルは毒グモの素揚げをムシャリと食べた。


読んでくださり、ありがとうございます!

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