カミサマヘノイケニエ
日本某所にある人口一千人ほどの小さな村。
この村には古くからの言い伝えがあった。
遠い昔。
村人たちは草木を必要以上に切り刻み、森林を燃やし、動物を見つけ次第駆除する、という所業を長年に渡り繰り返していた。
そんなある日のこと。とある一軒家が火災によって全焼するという事件が起こった。
原因は不明で、火が発生する要素は皆無だったにも関わらず出火したことに村人たちは土地神の祟りではないかと結論づけた。
それ以降も村は月に一度、火災や自然災害に見舞われた。
幸い怪我や命を落とす者は未だにいないが、祟りによる村への、主に経済的な打撃はそれなりに多い。
このままでは村が壊滅する祟りが発生する懸念がある。
そのことを恐れた当時の村長は、少しでも祟りの程度を軽くしようと土地神に生贄を捧げることにした。
結果、相変わらず祟りは起こるも被害のレベルは軽減したのだった。
その結果から村では月に一度、生贄を差し出すことで土地神の祟りを抑えることがしきたりとなったのである。
それから数百年後の某月――――
今月の生贄を差し出す日が近づいていた。
「さて、今月は誰を生贄に捧げようかのぉ」
「難しいですね……」
毎月の生贄役は村長をはじめとした役人たちが選出している。
生贄に選ばれた者は役人たちから縄で腕を縛られ、滝の落下境界線から突き落とされる。
当然、突き落とされて生き延びた者は誰一人としていない。
「基本的になんの役にも立たない者を率先して差し出してきたが、今この村にはそれに相当するお荷物人間はおらん」
「犬猫を代わりに差し出してみてはどうでしょうか?」
「それじゃあ意味がない。人間でなければ土地神様は満足してくれない。強い祟りが起こってしまう」
「うむむ……」
役人一同は村長宅で頭を悩ませている。
「そうじゃ。お前さんの息子を生贄に捧げてはどうか?」
「はい!? 俺のせがれをですか!?」
突然村長から話を振られた役人は青天の霹靂と言った感じで目を見開いた。
「あいつは将来有望ですよ。生贄に捧げるなんてとんでもない!」
「どうせ将来上手く行く保証はないんじゃ。ここで村のために犠牲になってくれれば英雄になれるぞ」
「勝手なことを……」
自分の子供をおいそれと生贄に捧げられることをよしとする親などそうそういない。
「勝手なことって、お前さんだって今まで散々ワシらとともに生贄を選んできたじゃろ」
村長の反論に役人は何も言い返せなかった。
「――だったら村長。アンタが生贄になってくださいよ!」
「なんじゃと!?」
自らに対して生贄になれと提案してきた役人に、村長は唖然とした顔を向けた。
「どうせ老い先短い老人、今死んだところで対して変わらないでしょ」
「村長は誰がやるんじゃ!?」
「誰かがやるでしょう。なんなら俺が代わりにやりますよ」
役人の物言いを聞いた村長は顔を真っ赤にして、
「たわけたこと抜かすな!!」
大声で役人を怒鳴りつけた。
「……思ったんですけど、命の重さって人によって違うんでしょうか?」
ここで別の役人がおずおずと口を開いた。
「当たり前じゃ! 村長のワシと貴様らただの役人無勢が一緒なわけなかろう!」
村長の言い分では命の重さは人によって違うとのことだが、役人は納得がいかなかったようで、
「でも、死んだらそれまでですよね?」
鉈を持って村長に向かって歩きはじめた。
「なんじゃ、その鉈は!? 危ないから下ろせ!」
村長は後ずさって諭すが、役人は村長の主張に耳を貸す気配がない。
「おい! 貴様らワシを助けろ――!」
村長が後ずさり続けた結果、背中が壁に当たった。退路を断たれた。
「頼む! 殺さないでくれぇ!!」
「……悪く思わないでください……ね――!」
「ぎゃあああああ!!」
村長の懇願も虚しく、役人の手によって殺められた。
「これで今月の生贄が用意できました……っと」
役人たちは血まみれで倒れている村長の亡骸に合掌した。
「天国で楽しくやってください、村長」
しかし、この内乱が村の崩壊への引き金となったことに誰も気づくことはなかった。
○
(村人は古の天災まで我の仕業だと思っておるのか……)
土地神は実在した。
(我が祟りを起こしたのはこの村で生贄とかいうふざけた慣習が作られてからだ。それ以前の不幸は偶発的な天災。祟りでもなんでもないというのに)
場所という概念が存在しないところから常に村を見守っている。
(嘆かわしい……我はあくまでこの村の人々には皆仲良く手を取り合って暮らしてほしいだけなのに。生贄という馬鹿げたしきたりを止めたいがために祟りを起こしているのだが……)
皮肉にも、生贄を捧げる村人に怒る土地神が制裁を下す度に村人は生贄を捧げる。
土地神は村人が生贄を差し出すことをやめれば、祟りを起こすのもやめるつもりだった。
(我にできるのは、祟りを起こして生贄のしきたりに異を唱えることだけだ)
人類にとって、言葉とは最高の発明品かつ意思疎通を図る上で非常に重要な道具だ。
(我にはそれしかできん。我は生物とは本質的に異なる存在)
土地神と人間が言葉を交わせさえすれば、お互い意思疎通ができたのに。
土地神は不要な生贄が許せずに祟りを引き起こすが、それを村人は生贄を捧げれば土地神は祟りを軽減してくれると勘違いしてしまった。
まさに堂々巡り、袋小路だ。
人間と土地神が言葉を交わせるはずもないため、村人は土地神の真意など気づくはずもなかった。
○
村長殺害事件が起こってからというもの、村では生贄を捧げるために村人同士で毎月殺し合いを展開していた。
かつては安寧な村だったはずなのに、今や生き残りをかけたサバイバル会場と化してしまった。
これまでは毎月一人だった死者が、内紛の殺し合いによって数人、数十人と増え、あっという間に村の人口は激減していった。
そして――――村は消滅した。
結局、村は土地神の力などではなく、村人たちの内乱によって消滅したのであった。
真に村を滅ぼすほどに恐ろしいものは神でも祟りでもなく、人間だということだ。
むしろ皆が恐れる祟りを、村人たちの手によって生み出していたのだ。
読んでいただき、誠にありがとうございました!
すれ違いとか認識相違って怖いですね。