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勇情騎士ロディアム  作者: 江久瀬真
4/5

翔べない鳥は鳴いている

 友樹はホームセンターの袋を抱えながら小走りで校舎裏へと戻ってきた。

 小鳥の要た場所を見やると、人影があった。

 天野原ひたきだった。

 彼女は屈んで小鳥を心配そうに見ている。

 足音に気付いたのか、彼女はこちらを振り返った。

「あ、光崎クン!こっち!こっちきて!」

 友樹を見つけた彼女は大きく手招きをした。

 言われずとも行くつもりだったので素直にそちらへと向かう。

「見て!この子ケガしてるみたいなの。どうしよう。お腹もすいてるみたいだし、どうしよう!?」

 早口でまくしたてた後、彼女はようやく持っている袋に気付いた様子だった。


 柔らかい布をしいた箱へと小鳥を入れてやり、怪我をした羽には包帯を巻いてやった。

 最初は少し抵抗したようだが、観念したのかすぐに大人しくなった。

 エサを口元に持って行ってやるとおそるおそる、ゆっくりとついばみだした。

 食べる元気が残っているようでよかった。

 そうでなければ正直お手上げだった。

 本来なら、どこかきちんとした場所に連絡したり、大人に知らせるべきだろう。

 だがそうしなかったのは単に面倒だっただけではなく、大人を頼りたくなかったのか。

 しょうもない子供じみた意地だろうか。けれども、したかったのでしたことだけは確かだ。

 エサを食べるのを横で見ていたひたきは不意に呟いた。

「光崎クンは……やっぱり優しいね」

「え?」

「私なんて、パニックになるだけで何もしてやれないもの」

 彼女の言葉に違和感があったものの聞き返すことはしなかった。

 気の利いた返事をするでもなく、話を進める。

「この鳥、どうしようか」

 ホームセンターに物を買いに走ったはいいが、ここから先のことは全く考えていなかった。

 ここに放置するわけにはもちろんいかない。

 総計千五百八十六円もしたのだ、どうにかしないと。

「それじゃあ、私が世話するよ!」

 幸いにも彼女はあっさりと立候補した。

「ならお願いするよ」

「うん、ヒーちゃんのことはまっかせて!」

「ヒーちゃん?」

 聞きなれない固有名詞がいきなり登場したので思わず聞き返す。

「この子の名前!……ヒノトリのヒーちゃん!かわいいでしょ」

「ヒノトリ……」

「ほらお腹のところ、赤いでしょ」

「え、あぁ、うん」

 凄いセンスだと思ったが、名前はまあどうでもよかった。

 彼女が満足気だし、それでいいのだろう。

「それじゃ、僕はこれで」

 ヒーちゃんこと、ヒノトリの引き取り先も決まった以上、ここに残っている理由はない。

「これ置いておくね」

 残ったエサと包帯が入った袋を地面に置く。

「あ、ちょっと待って。帰るなら一緒に帰ろ?」

 彼女はあどけない笑顔をこちらに向けてくる。あわてて顔をそらした。なんだか彼女の顔を直視できない。

「うん……じゃあ」

 ここで断るのはあまりにも不自然というものだ。

 それに駅まではどうせ同じ道のりであった。

 

 学校を出て、駅まで続く大通りの歩道を並んで歩く。

 女の子と一緒に帰ることなんて人生で初めての経験だ。

 しかもクラスで人気者の美少女の隣を歩くなんて想像すらしたことなかった。

 ひたきはすぐ隣でヒノトリをニヤニヤと眺めながら猫なで声を出している。

 彼女からすれば自分と帰ることなどなんでもないことなのだろうと思う。

 ヒーちゃんと戯れている本人はそうでもないのだろうが、隣にいるこちらとしてはずっと黙っているのも何となく気まずいので、先ほどから思っていた疑問を口に出す。

「どうしてさっきあんなとこ、校舎裏なんかにいたの?」

「屋上にいたらね、見えたの。ヒーちゃんがフラフラ飛びながら落ちていくのが。それで慌ててあそこに行ったの」

 また屋上にいたのか、と少し驚く。

 しかし、そこにいた理由を訊くのはなんとなくためらわれた。

 屋上でさびしそうに立っていた彼女の後姿を思い出す。

「光崎クンこそ、あの時はなんで逃げていったの?」

 ――逃げた?一瞬分からなかったが、屋上でのことをいっているのか。

 確かにあの時、自分は逃げた。

「わからない」

 正直に答えた。

 事実わからないのだから仕方がない。

「……光崎クン、覚えてる?」

 彼女が何かをきこうとしたその時、突然電子音が鳴り響いた。

 ひたきのスマホの着信音らしかった。

 突然の音に驚いたのか、彼女はびくっと身を震わせた。

 スマホの画面を確認した彼女の顔からは、先ほどまでのニコニコとしていた表情がふっと消えた。

 立ち止まり、

「ごめん先帰ってて」

 消え入りそうなほど冷たく小さな声。

 有無を言わさぬ迫力を感じた友樹は、ホームセンターの袋を置いて彼女を背にし歩き出した。

 通りを通過する車の音がやけに大きく感じる。

 遠ざかっていきながら、電話に出た彼女の声がわずかに届いた。

「はい、ひたきです。何ですか、お母さん」

 先ほどまで耳にしていたヒノトリのかすれた鳴き声はもう聞こえなかった。


 自宅への最寄り駅を出ると家には帰らず、守見山(もりみさん)を目指した。

 駅からは山から流れる守見川沿いに進んで自転車で五分もしない距離だ。

 山といっても小さなもので、最高地点でも三百メートルもなく、ほとんど丘のようなものであった。

 友樹の目指す場所はさらに低い。山道に入って五分も歩いたところで、分かれ道に差し掛かる。

 そこで友樹は自転車を止めた。

 この山は観光地でも何でもないので、人は滅多に入らない。

 だから、無断駐輪をしても誰かに見つかる心配はほとんどなかった。

 山道の途中にある分かれ道。

 まっすぐいけば山頂へと続く道で、左へ曲がれば守見神社へと続く道だった。

 友樹は左へと進んだ。

 だが目的地は神社ではなかった。

 神社へと続く道の中に、注意してみると人が通ったような草分けがある。

 そこを目印に森の中へと入って、二百メートルも歩けば少し開けた場所に一際目立つ太く大きな木がある。

 木々が生い茂っている山の中で、不思議とこの木の周りにだけ不自然なほど何もない。

 周りが遠慮しているのか、はたまた山の嫌われ者か。

 とにもかくにも目的地はこの大木であった。

 根元付近からは人が座れるくらいの太さの枝が伸びている。

 その枝から一メートルほどの高さのところが深く掘られており、そこに木彫りの優しく微笑んでいるお地蔵さんが一体ぽつんと置かれていた。

 友樹はこの場所がお気に入りだった。

 初めてここを見つけたのは小学生の時。

 友達と山で遊んでいるときに偶然見つけた場所。

 以来、誰にも教えることなく一人占めしている秘密の場所だ。

 ここには友樹の他に人はいない。

 街の喧騒からも遠ざかり、ただ木々と風が紡ぐ演奏と虫の合唱、そして鳥のバックコーラスだけが響く、穏やかな場所。

 少し大木の高いところに登れば、木々の隙間から、街を一望することもできた。

 前回ここへ来たのは四月の初めごろだったか。

 嫌な事があるとたびたびここへ来る。

 嫌な事?

 今日何か嫌な事があっただろうか。

 友樹は自問する。

 ふと思い出したのは図書室での一件。

 だがあんなことはよくあることだし、それに詩葉が解決してくれた。

 嫌なことなんて何かあっただろうか。

 少し立ち止まって思案したが答えは見つからなかった。

 考えるのをやめて、友樹はいつものように鞄を根元へ置くと、枝へと登る。

 お地蔵さんやその周りに散乱している葉っぱを優しく払ってやり、手を合わせて目を閉じた。

 特に何か宗教を信じているわけではなかったが、ここを使わせてもらうせめてもの挨拶のつもりだった。

 挨拶を終えると、枝に座りこむ。

 小学生の頃、「妖怪が出るから山には近づくな」ってよく言われていたのをふと思い出す。

 妖怪がいるなら見に行こうと、友達と連れ立って山へ毎日いった覚えがある。

 結局妖怪はいなかったが……そういえばあの頃は、友達がいたんだなと、友樹は思った。

 枝に寝転がるとぼうっと、既に赤みを帯びた空を見つめた。

 空なんて久々に見上げた気がする。

 いつからだろうか下を向いて歩くようになったのは。

 枝にのったまま鞄へと手を伸ばし、ロディアムのぬいぐるみを取り出す。

 少し汚れ、ところどころに小さなほつれがある。

 このぬいぐるみとは小学生のころからの付き合いだ。

 守見山の麓の近くにある駄菓子屋。屋号は<なでしこ>。その奥の和室に置いてあったもので、誰かの手造りらしいが、「ほしいならあげるよ」と駄菓子屋のつゆおばあちゃんに言われてもらったものだ。

 今にして思えば誰かの忘れ物だったのかもしれない。

 ロディアムは小学一年生の時に初めて見たときから、好きなアニメだ。

 高校二年生になった、今でもずっと。

 

 『英雄騎士ロディアム』は主人公のアストが巨大ロボットロディアムに乗り込み、勇気を武器に活躍していく痛快熱血ロボットアニメ。

 放送された2007年には既に子供向けのヒーローロボットアニメは皆無になっており、前評判では今時こんなもの流行る訳がない、古臭いとこきおろされていた。

 しかし、往年の名作ロボットアニメの要素を踏襲しつつもオリジナリティのある設定、少年の心をもったものなら誰しもがわくわくするデザインのロボット、いきいきと描き出される魅力あふれるキャラクター達、勧善懲悪なだけでない、目が肥えた大人もうならされる良質な脚本、新旧とわない世代が集うアニメーターの魂が込められた大迫力の作画に、前評判は覆された。

 放送終了後には「最後にして最高の子供向けスーパーロボットアニメ」とまで言われた。かくいう友樹もその強さやカッコよさ、そして何よりどんな敵にも絶対にあきらめず立ち向かっていき、仲間たちと力を合わせ最後には人々を救い勝利する姿に惚れたのだ。

 放送される毎週月曜十七時半はテレビの前にかじりついていたのを今でもよく覚えている。

 一話を見た後に母にお願いして以降の回は全てビデオに残してあった。当時DVDレコーダーを持っていなかったのは悔やまれるところだが、ビデオはビデオで味があるものだ。

 『ロディアム』は子供たちに大人気となったが、続編やシリーズ化されることはついになかった。

 小学生の友樹にはわけがわからなかったが、後に知ったのは制作会社が倒産していたという事実だ。

 噂はネット上に溢れかえっているが詳しいことはよくわかっていない。なんでも『ロディアム』の制作中に既に倒産は決まっていたらしいことだけは雑誌の記事に書かれていた。

 倒産してしまい、権利関係が複雑となったロディアムはゲーム化などはされず、フィギュアやおもちゃなども放送中にわずかに出たのみで、放映も初回以来、一度も再放送されていない。

 そうした事情も含めて、伝説のアニメとして『ロディアム』はアニメファン達の間で語り草となっていた。

 

 改めて友樹はぬいぐるみのロディアムを眺めた。

 中世の騎士をモチーフとし、基本カラーは白銀。

 太く力強い腕や脚。

 全体的にゴツゴツとした印象を与えるが、各部のラインはシャープになっている。

 肩には大きく出っ張った鎧がつけられている。

 兜には黄色く光る二つの眼。

 人でいう耳の部分から頭のところには角のようなアンテナがある。

 背中には大きな剣ブレイブカリバーを装備し、その上からは外側は青く内側は赤いマントがその刃を覆い隠すようにかぶさっている。

 少し突き出た胸にはエネルギー源である緑のオーブ、ブレイブストーンが埋め込まれている。

 というのがアニメに登場するロディアムの特徴であったが、このぬいぐるみは基本的にはアニメに忠実に作られている。

 あくまで基本的には、だ。細部をみれば違いはあった。

 ゴツゴツとして鋭利な印象を受ける本物に比べ、ぬいぐるみということもあって、全体的に丸っこくやわらかく作られている。

 目の部分も鋭い本物と比べ、丸っこくかわいらしいものとなっていた。

 さらに言えば、そもそも人間と同じ頭身で作られている本物と違い、このぬいぐるみは三頭身にデフォルメされていた。

 それらの要素はぬいぐるみとして理解できる範囲のデフォルメやアレンジだったが、一つだけこのぬいぐるみには不可解な点があった。

 武器やマント、配色などは完全に再現しているのにもかかわらず、胸のブレイブストーンがあるすぐその上に、薄ピンク色の小さな花がつけられてあった。

 花といってももちろん本物ではなく、作りものが縫い付けられている。

 他の部分は丁寧に縫い付けられているが、この花だけは少し、雑に、というよりは下手につけられているようで、少しいがんでいたし、他の部分から浮いていた。

 記憶が正しければこんな花がロディアムの胸に付けられていたことはアニメで一度もなかったはずだ。

 だが、そういった部分も含めて友樹はこのぬいぐるみがお気に入りだった。

 このぬいぐるみを見ていると、ロディアムのことを、当時ロディアムを見ていた自分のことを思い出す。

 毎日が楽しく、ワクワクし、すべてに希望を持っていたあの頃を。

 ざらざらとした現実を忘れられる、そんな気がした。

 ぬいぐるみを眺めながらぼうっとしているとふと眠気が襲ってきた。

 今日はいろんなことがあって疲れていたのかもしれない。

 ロディアムを胸に抱き、友樹は目を閉じた。

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