憧れ
咆哮がこだまする。
高層ビルにもたれかかった巨体は今にも砕け、崩れてしまいそうにぼろぼろだった。
「……死ぬのか俺は」
巨体の胸中から消え入りそうな声がする。
その巨体――白銀の騎士の姿をした巨大ロボット<ロディアム>に乗り込んでいる青年――アストの声であった。
彼は全身ボロボロで血を大量に流し、気力も尽き果て満身創痍の状態だった。
もはや操縦桿を握る手にも力が入らない。
例えあったとしても無駄だろう。
操縦桿を動かしたところでロディアムはもう動かない。
エネルギーを示すゲージは空っぽ――0を示していた。
力は尽くした、もういいじゃないか。
そんな声が頭に響く。
アストの眼前には既に廃墟と化した街があった。
人々が行き交い笑い声が響く面影は今やどこにもない。
その廃墟の中に立っている騎士がいた。
ロディアムと同じく巨大な騎士だ。
こちらに真っ直ぐと向かってくる、狙いはロディアムだった。
「とうとう追い詰めたぞロディアム!貴様の命もここまでだ」
アストと同じように乗り込んでいるのだろう、騎士の中から男の声がした。
騎士は携えた槍を構えながら徐々に近づいてくる。
まさに絶体絶命。
「くっ!」
覚悟を決め、目を閉じたその瞬間、アストの元に声が届いた。
「がんばれー!がんばれー!負けるなーロディアム!」
まだ小学校にも通ってないであろう幼き少年の声。
ロディアムの足元――つま先から数メートル離れたところに彼はいた。
「何で……こんなところに!逃げ遅れたのか!」
少年は叫び続ける、純粋な心からの思いをぶつけて。
「負けないで!ロディアム!」
「ん~?何だぁこの声は?」
既にあと一歩というところまで迫っていた騎士もどうやら少年の存在に気づいたらしい。
騎士はゆっくりと少年へと向き直り、じっと少年を見下ろしている。
「ははははは!まぁだ一匹ガキが残ってやがったのか。ここがガキがいていい場所じゃないぜ」
「や、やめろ……!」
必死に操縦桿を握ろうとするが力が入らない。
「お、お前みたいなヒキョーなことしかできないやつ奴ロディアムがやっつけてくれるんだ!」
「あぁ?フ、フッフ……そんなに死にたいのか。まだ若えってのに」
騎士は槍を構え、振り上げる。
「いいぜ、まずはお前からだああああ!」
「ひっ」
少年は恐怖におびえ震えている。
「助けてロディアムー!」
騎士は槍を、振り下ろす。
巨大な槍が勢いよく地面に突き刺され、轟音とともに凄まじい衝撃が走った。
騎士が刺さった槍を抜くとそこには小さなクレーターのようなものができており、アリ一匹すら生きてはいないだろう。
いや、微生物といったあらゆる生命体がそこには存在していなかった。
「ざまあないぜぇ!はははははははは!!」
高笑いしながら次の獲物も仕留めようと正面に向き直った。
が、そこには先ほどまでいたはずの巨体の姿がなかった。
「な!?どこ行きやがった」
慌てて辺りを見回していると、どこからともなく声がした。
「ありがとう、ロディアムー!」
騎士の背後から聞こえた元気のいい声。
先ほどの少年の声だった。
ロディアムの手に優しく包まれるようにして彼は乗っていた。
「君のおかげだよ。勇気を分けてもらった」
そう言ったアストの手にはしっかりと操縦桿が握りしめられている。
エネルギーを示すゲージはMAX――100を示していた。
アストはロディアムを屈ませ、そっと少年を降ろす。
少年は元気良く、少し走って離れると騎士に向かってあっかんべえをした。
「ば、馬鹿な!!何故動ける!?もうエネルギーは尽きていたはずではなかったのか!」
アストはちっちっちと舌を鳴らし、こう言った。
「知らなかったのか?勇気は無限だ!」
「ふ、ふざけるなあああああああああ!!」
逆上に駆られたまま騎士は真っ直ぐロディアムに向かって突っ込んできた。
「ブレイブカリバー!」
ロディアムは背負った巨大な剣を抜き構えた。
騎士が勢いのまま突き出してきた槍を切っ先で受け止める。
そのまま勢いを利用するようにして思いっきり振り払う。
「何ィ!」
騎士はビルを突き破りながら数10メートルは吹っ飛んでいった。
「ど、どこにそんな力がぁ!」
「行くぞ!今こそありったけの勇気を振り絞りきるぜ!」
アストは力の限り叫び、操縦桿の間にある台座に刺さっている小さな剣――ミニカリバーを抜いた。
その剣を顔の前に掲げる。
すると、ロディアムも同様に、剣を顔の前に掲げると、みるみる内に青白い光が剣を包み込んでいく。
その光はどんどん太く、大きくなっていく。
「ブレイブエネルギー充填完了!」
ロディアムは剣を掲げながら騎士に向かって大きく飛び上がった。
「く、クソがああああああ!」
騎士は迎え撃たんとばかりに半ばヤケクソ気味に槍をロディアムに向かって突き出してきた。
アストは臆することなく真っ直ぐ相手を見据えながら叫び、持っていた剣を振り下ろす。
「くらえ!必殺!ファイナルブレイブスラアアアアッシュ!!!」
すれ違いざまに力いっぱい剣を振り下ろし、槍を切断し、騎士の鎧を切り裂き、巨大な騎士は真っ二つとなった。
「こ、こんなバカなああああああああああ!」
エネルギーに引火したのだろう、騎士は断末魔の叫び声をあげながら大きな爆発を起こした。
「これが、勇気の力だ!」
爆発を背にし、ロディアムは廃墟と化した街に沈む夕日をみながら静かにたたずんでいた。
と、ここで突然どこからともなく男性の渋い声が響き渡った。
『絶体絶命のピンチから大逆転勝利を果たしたアストとロディアム。地球の平和は保たれた!しかし、またいつ襲い来るとも知れない敵との戦いは果てしなく続く。それでも、人が助けを求めた時彼らは必ず答えてくれる、行け!ロディアム!人類に勇気ある限り!』
「何度みてもいいなぁロディアム」
自分の部屋でテレビを食い入るように見つめながら光崎友樹は言った。
『来週もこの時間に、ブレイブ・レイブ!絶対みナイト!』
次回予告が終わると、間髪いれずにCMが流れ出す。
十年前に放送されたロボットアニメ『英雄騎士ロディアム』。
友樹はビデオに録画したこのアニメを観るのは一体何度目だろうかとふと思う。
暇があったらなんとなくみていたビデオはもうすっかり擦り切れて、画質も荒くなっていた。
「またみてたんだ、飽きないねぇ」
友樹が振り返ると開け放たれたドアの横に姉の未樹が立っていた。
「ちょ、ノックぐらいしてよ!」
なんとなくだがアニメを、それも子供向けのものをみていたことが気恥ずかしくて、画面を隠すように立ち上がり、声を荒げた。
「したんだけど……。とにかくもうそろそろ時間だよ」
時計を見ると七時半を既にまわっていた。もう学校にいかなければならない時間であった。
「わかってる、もういくよ」
ビデオを片づけながらぶっきらぼうに答える。両親は朝早くに仕事に行っているので姉がこうして毎日タイムキーパーをしてくるのだ。
鞄を持ってさっそく出かけようとすると、未樹がハエでも見るような顔で友樹を見つめていた。
「え、何?」
「あんた、その格好でいくの?」
「うん」
「……髪の毛ぼさぼさ」
確かに髪の毛はぼさぼさだったが無視して部屋を出ようとする。
「あ、忘れるとこだった」
机の上に置いてあった十五センチサイズの、ロディアムのぬいぐるみをとって、鞄にそっと入れる。
友樹はこのぬいぐるみをいつもどこかに出かけるときには鞄に忍ばせるようにしている。
小学校からの習慣のようなもので、今更なんとなくやめられなかった。
「……気ぃつけて。行ってらっしゃい」
見送る姉を背にして友樹は無言で部屋を出た。