第四話 キミ、名前は何というの
「どうしたでござる、変な空気でござるな? まあイイでござるか、格闘訓練場に移動するでござる。では集合するでござるよ」
ムサシはそう言って教室の後ろに描かれた魔方陣にクラス全員を集めると、教壇に据え付けられた水晶の様なモノに手をかざした。
チラリと見ると、タイラントがギムレットをオンブしている。
(仲がイイんだな。でも感心だな。あんな状態でも授業は休まないのか、熱心なんだな。俺も見習わなくっちゃ)
そう感心した直後。
知也達は広い建物の中に移動していた。
どうやら教壇の水晶が転移装置のようなモノだったらしい。
「トモヤ君、ここがルシファー学園の第七格闘訓練場でござる。1度に5000人が訓練出来る広さでござるよ」
「凄いですね」
ムサシの説明に、知也が素直に感心していると。
「キミ、名前は何というの」
後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、声の主は鍛え抜かれた体の鬼だった。
知也には及ばないものの、身長は3メートルを超えている。
「これはヒデキ先生、ルシファー学園に顔を出すなんて珍しいでござるな。トモヤ君、こちらは鬼の格闘技である『空手』の達人、ヒデキ先生でござる。普段は鬼の国である鬼ヶ島で空手を教えているでござるが、たまにルシファー学園に来て貰っているのでござる」
「松本知也といいます。よろしくお願いします」
「マツモト! そうか……やはりそうか。ムサシ先生、トモヤくんを借りてくよ」
知也の答えを聞くなりムサシにそう告げると、ヒデキは知也へと向き直る。
「トモヤくん、君に空手を教える」
「ムサシ先生?」
いきなりの展開に、知也はムサシに不安そうな視線を送るが。
「行って来るでござる。君が受け継ぐべき技をマスターしてくるでござるよ」
ムサシは、満面の笑みでそう答えた。
その笑顔で知也は、ヒデキに付いて行く事に決める。
「分かりました、ムサシ先生。ではヒデキ先生、お願いします」
「うむ、こっちだ」
ヒデキは知也を、幾つもある魔方陣の一つに立たせる。
「トモヤくん、今から鬼ヶ島にある空手の道場に案内する。ルシファー学園とは遠く離れているが、転移の魔方陣で結ばれているんだ」
こうしてヒデキに連れて行かれた場所は、小さな道場だった。
いや、50人ほどが練習できる広さの立派な道場なのだが、5000人対応の格闘訓練場を見た後なので、ものすごく小さく見えてしまう。
道場の中に入ってみると、10人ほどの鬼が稽古に励んでいた。
ヒデキほどではないが、それでも鍛え抜かれた肉体の持ち主ばかりだ。
その鬼達が、知也に気付いて稽古の手を止める。
「おい、見てみろ」
「あの姿はもしかして?」
「ま、まさか……」
ざわめく鬼達に向かって、ヒデキが口を開く。
「マツモト トモヤくんだ」
その途端。
「おお、なるほど」
「ああ、以前と変わらぬ御姿」
「よかった」
口々に嬉しそうな声を漏らした。
「うう……」
「おなつかしや……」
中には涙ぐんでいる鬼すらいる。
「ヒデキ先生、これは?」
知也の問いにヒデキが遠い眼になる。
「キミは鬼王ヒデユキ様の体を受け継いだのだろう? 一目見て分かったよ」
そしてヒデユキは力強い目を知也に向けた。
「我々鬼が使う空手は、41年前にヒデユキ様が鬼に伝えたモノだ。そして神へと転生される前にヒデユキ様は命令された。自分の身体を孫に譲るから、空手の技を孫に伝える様に、とな。だからトモヤくん。キミにヒデユキ様から伝授された空手の全てを伝える」
ヒデキの言葉を耳にして、知也は祖父の事を思い出した。
実戦なら最強の空手家とまで言われた祖父=松本英行。
当時まだ7歳だったが、知也の目には祖父の神業がハッキリと焼き付いている。
と同時に思い出した。祖父の空手への憧れを。
だから。
「よろしくお願いします」
知也は深々と頭を下げたのだった。
そんな知也に満足そうな笑みを浮かべると、ヒデキは気合いの乗った声を上げる。
「よし、稽古を始める。整列!」
その声に、今まで各自で体を動かしていた一0人が、4列に整列した。
「トモヤくんは、列の1番後ろで皆を真似たらいい」
「はい!」
こうして空手の稽古が始まったのだった。
まず基本稽古。基本的な立ち方で、突き、受け、蹴りを稽古する。これだけで約45分。
続いて移動稽古。基本の突き、受け、蹴りを色々な立ち方で移動しながら行う。
次に受け返し。
これは2人1組になって一方が決まった攻撃を繰り出し、もう一方が受け技を練習するもの。
そして掛かり稽古。実力が下の者が、実力が上の者に好きに攻撃を仕掛ける。
それを実力が上の者が受ける。
弱い者は思いっ切り技を繰り出す稽古が出来るし、強い者は余裕を持って受け技から反撃といった一連の動きを自分でチェックできる。
これにより、お互いに怪我なく稽古出来るシステムだ。
「でも、俺の体って、ホントに鬼神の体なんだ……」
知也は今更ながら、自分の体の性能に感心する。
拳を握ると、力が無限に湧き上がってくるようだ。
このパワーで殴ったら、どんな破壊力を発揮するのだろう?
自分でも恐ろしくなってくる。
そしてスピードも、とんでもない。
軽く放った拳ですら、音速を軽々と超えるのが分かる。
しかも、そのスピードを完全に制御できているのだから、反射速度や動体視力も鬼神の名に恥じないレベルだ。
その神レベルの肉体を使いこなす練習として、空手は最高のものだった。
自分の意識と肉体を一致させ、鬼神の肉体を思い通りに操るのは、実に楽しい。
こうして初めての空手の稽古が終わった。
「鬼の格闘技というから、怪我人が続出するような激しい稽古だと思っていました」
感想を漏らす知也に、ヒデキが穏やかな顔で首を横に振る。
「稽古の度に怪我をするようでは、稽古が怖いモノになってしまう。楽しくないと長続きしない。稽古は楽しく行えるから強くなれるんだ。稽古は厳しが、強くなった自分を夢見て全力で稽古するところに楽しさがある。怪我は、その楽しさの邪魔にしかならない」
たしかにイヤイヤやらされる練習では、本当に強くはなれないだろう。
強くなった自分の姿を励みにして、積極的に稽古で自分を追い込んで行くからこそ、自分の限界を超えて強くなっていけるのだろう。
そして間違いなく、今日の稽古は楽しかった。
だから知也はヒデキに向かって、深々と頭を下げる。
「よく分かりました。これからも、よろしくお願いします」
そんな知也にヒデキは笑顔で返す。
「空手の道場での受け答えは、全て『押忍』だよ、トモヤくん」
そう口にしたヒデキに、知也は腹に力を入れて『押忍』と答えたのだった。
と、そこで。
「ミユちゃん」
ヒデキが、いつの間にか後ろで見学していたミユに声をかけた。
「明日から、ルシファー学園の授業が終わったら、キミの持っている転送の腕輪でトモヤくんを道場に案内して欲しい」
どうやらミユが腕にはめている腕輪は転送の腕輪というモノらしい。
聞いただけで、どんなモノか分かるネーミングだ。
「分かりました、ヒデキさん」
にこやかに答えるミユを、ハラハラしながら知也がつつく。
「ヒデキ先生と呼ばないと、失礼じゃないのか?」
そんな知也に、ヒデキが微笑む。
「空手を学ぶ者は皆平等。たまたま私の方が早く始めただけだ。だから道場生同士は、互いを『さん』で呼び合うんだよ」
威張る必要など欠片もない、絶対的実力者だからこそ口に出来るヒデキの言葉だった。
その言葉に感動した知也は。
「押忍、ヒデキさん」
尊敬のまなざしで、そう答えたのだった。
2020 オオネ サクヤ Ⓒ