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第三話  これがキッカケで仲良くなれたら

  


『悪い魔王軍を倒せ』


 この言葉の元、人間族は自分達以外の全ての種族、すなわち獣人や魔族と呼ばれる種族を一方的に滅ぼそうとした。


 戦いは常に人間が有利だった。

 様々な武器を駆使するうえ、最強生物であるドラゴンすら倒す、理不尽な程の戦闘力を持った勇者と呼ばれる人間まで存在したのだから。


 そこに登場したのが、鬼王ヒデユキが率いる鬼族だった。

 鬼の数はそう多くはなかったものの、その一騎当千どころか1人で10万の人間軍を壊滅させる鬼達の活躍で、人間を追い払う事に成功したのが約10年前のこと。


 当時、人間を撃退した鬼王は言ったそうだ。

 人間よりも遥かに強靭な肉体を持つ我々が、何故ここまで蹂躙されたのか。それは我々が持って生まれた肉体の強さの上にアグラを掻いて己を高める努力を怠ったからだ、と。


 そこで戦闘力を高める為の教育施設が、魔王軍を構成する国のあちこちに作られた。

 その中で、最高の訓練を受けられる学校がルシファー学園だ。




「これがルシファー学園設立までの話でござる」


 と、ムサシが締めくくった所で、授業終了の鐘が鳴った。


「では授業はここまで、次は格闘訓練でござる。休憩時間が終了したら、この教室に集まるでござるよ。もちろん、遅刻は厳禁でござる」


 そう念を押してからムサシは教室を後にする。


 残されたのは、何とかクラスのメンバーと打ち解けようとする知也と……恐怖にガタガタ震えるギムレットとタイラント。


 そしてそんな2人の様子に、固唾をのんで硬直している1年1組の生徒だった。


「え~~と……」


 誰かに話しかけてみようとキョロキョロと周りを見回す知也だったが。


「ダメだ、見ちゃダメだ……」

「目を合わせたら最後だ……」

「動いたら殺られる……」

「うう、怖いよぉ……」

「逆らったりしません、だから殺さないで……」

  

 クラスの生徒達は顔を下に向けてブツブツと呟いていて、話しかけるどころか目を合わせる事すら出来ない。


「ふぅ」


 知也が小さくため息をつくと、ビクッと飛び上がった人影が二つ。


 ギムレットとタイラントだ。


(そう言えば常識を教えてくれるって言ってたよな。これがきっかけで仲良くなれるかもしれないな)


 そう考えて、知也は椅子を立った。

 ガタッと思ったよりも大きな音が教室に響いてしまい、クラスの全員がビクン! と飛び上がる。


「な、何だ?」

「何が起きるというの?」

「わ、わたし、何も怒らせる事、してないわよね?」

「殺さないで……」

  

 そんなざわめきの中、知也はタイラントに向かって歩き出した。

   

「やっぱり……」

「鬼にケンカを売って無事に済むワケがないんだ……」

「タイラントもバカな事、したもんだぜ」

「鬼を怒らせたら、どんな惨い殺され方をするんだろ?」

「きっと見ただけでトラウマになるほど恐ろしい方法で……」

「ひぃ! それ以上、言わないで!」

「せめて楽に殺してあげて!」

「できれば教室を血で汚さないで……」


 そんなクラスの生徒達の声を耳にしながら、タイラントは呟く。


「何でこんな事になっちまったかなぁ。相手は敵対したら、1万人だろうが10万人だろうが皆殺しにする鬼だ。いくらオレがハイ・ワーウルフでも勝てるワケねぇよなぁ……」


 そしてタイラントはギムレットへと顔を向ける。


「お嬢、相手は冷酷非情の殺人兵器、鬼だ。たとえ謝っても、もはや命はないでやしょう。オレが時間稼ぎしやすから、お嬢は転移の魔法で、ヴァンパイアの国に逃げ帰ってくだせぇ」


 青い顔でそう言うタイラントに、ギムレットも青い顔で返す。


「テレポートの魔法を使えば祖国に逃げる事が出来るかもしれないけど、おそらく唱える時間がないよ。ボク、人間と戦う鬼を遠くから見た事があるけど、魔法を唱える暇すら与えず人間を死体に変えていってたモン」

「じゃ、じゃあ、死ぬ気で戦うしかないってコトっすね」


 そう覚悟を決めたタイラントの前で。


 ミシリ。


 知也が立ち止まった。


「常識を教えてくれるって言ったよな?」


 知也には他意はない。

 本当にこの世界の常識を教えてもらいたいだけだ。

 しかし今の状況を見た者は、100人中200人が、タイラントの売ったケンカを知也が買おうとしていると思う事だろう。


 当然、タイラントもギムレットもそう思った。


「やるしかない!」


 先手必勝。


 タイラントは顔を上げると同時に知也へと襲いかかった。

いや、襲いかかろうとしたのだが……しかし顔を上げた瞬間、タイラントは見てしまった。

 

 力の底すら見えない鬼の目を。


 その瞬間、タイラントの頭の中で幾つものパターンが浮かんで消えた。


 いきなり右の拳で殴る。カウンターの拳で顔を砕かれる。


 左の拳で殴る。拳が届く前に、鬼の爪で腕を斬り落とされる。


 右の蹴り。その足を掴まれて引き千切られる。


 左の蹴り。ブロックされて、逆に蹴った足を折られる。


 鬼の喉元に食らい付く。牙が届く前に頭を握り潰される。


 爪による斬り裂き。鬼に傷一つ負わせる事なく爪が砕ける。


 渾身の体当たり。軽々と受け止められ、地面に叩き付けられる。


 捨身の連打。楽々と躱され、その直後の反撃で首をへし折られる。


 どんな攻撃を放っても、撃墜されるビジョンしか浮かんでこない。


 それはタイラントのマスターであるギムレットも感じていた。


 このままではタイラントの敗北は必至。

 いや、敗北で済めばイイ。

 おそらく鬼の攻撃を1撃でも身に受けた時点で、タイラントの命は消える。


「タ、タイラント……」


 今まで最強だと思っていた護衛の名を、ギムレットは弱々しく呟いた。

 と、その声に反応して、知也がギムレットに視線を向ける。


(ふうん、中学1年か2年くらいの年頃かな。完璧美少女だ、可愛らしいな)


 知也にとっては、ただ普通にギムレットを眺めているだけなのだが。


(ひぃぃぃ! 近くで見ると、一段と怖い顔してる……これが鬼……うぅ、怖くて息が上手くできないよぉぉぉぉぉ)


「か……かはッ……」


 ギムレットは、恐怖で息が出来なくなってしまった。

 そんなギムレットの様子を心配して、知也は声をかける。


「顔色が悪いけど、大丈夫?」


 純粋にギムレットを気遣っただけ。

 なのだが、残念ながら周りの生徒には、そう聞こえなかったらしい。


「大丈夫か、なんて……なぶり者にする気かしら……」

「何て恐ろしい声なんだ! これが鬼の死刑宣告……」

「絶対強者の死を告げる声……」

「これで最後か……」

「さよならギムレット。さよならタイラント。ボク達はキミらを忘れない」


(何でそうなるんだよ)


 いい加減ウンザリして、知也はギムレットに微笑んでみせるが、逆効果。


「!」


 声を上げる事すら出来ずに、ギムレットは気を失ってしまった。

 崩れ落ちたギムレットが頭を机に打ち付けた音がコン、と小さく響くがタイラントは動けない。


「う……お、お嬢……」


 小さく呻くタイラントに知也が声をかける。


「おい。この子、調子が悪いようだけど、どうしたらイイんだ」


 どうしたらイイんだ、とは、保健室みたいなモノがあるのなら運ぶけど、という意味で知也は口にしたのだが。


「気を失わせておいて、まだ足りないのか⁉」

「どうする、って、気を失った相手に何をする気なの⁉」

「心をへし折っただけじゃ許さないなんて……」

「こ、これが鬼の恐ろしさ……」

「死ぬほど後悔させるって事か」

「いや、後悔させてから殺すって事だろ……」

「やっぱり逆らったら命を失うんだ」

「それが鬼……」

「無力な俺達に出来る事は、これから起こる地獄を見守る事だけだ」

「ああ、神様! さめて安らかな死を」


 知也のギムレットを心配する心は誰にも通じなかった。


 そこに。


「さあ、次の授業の時間でござる。全員揃っているでござるか」


 ムサシが入ってきた。


『はぁぁぁ~~』


 格闘クラス1年1組の全生徒が一斉にため息をつく。


「よかった~~」

「ムサシ先生なら、目の前で生徒が殺されるのを止めてくれるよな?」

「そりゃそうだろ」

「いくら鬼でも、教師に逆らって生徒は殺さないよな?」

「大丈夫だろ、ここにいるって事は教師に従う事を了承したんだろうし」

「よかった、虐殺を見ないで済んだ」

「神様、ありがとうございます!」


「はぁ~~。このカン違いを、早く何とかしなくちゃな……」


 クラスメイトの呟きを耳にして、知也は盛大に溜め息をついたのだった。





2020 オオネ サクヤ Ⓒ

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