第二十一話 顔が怖いくらいで何とかなるんだ
転送先の西地区倉庫地帯には先客がいた。
右手に持った暴風鞭に、背中に担いだ火仙槍。人工勇者だ。しかも数が多い。100人近いのではないだろうか。
どうやら状況から判断するに、ムサシ達への対策部隊を編制して、いざ出撃という場面なのだろう。
そして知也達は間の悪い事に、そのど真ん中に転送してしまったらしい。
「ぐごおぉぉぉぉぉぉ!!」
思いもしない場面に遭遇してしまった知也は、教室奪還の時のクセでつい、全力で威嚇の咆哮を上げてしまった。
「ばか、そんな暇があったら、逃げ……」
ギムレットが言いかけるが。
「ひぃいいいい! お、鬼!?」
「こ、コイツが100を超える教室を取り戻した鬼か!?」
「人工勇者すら瞬殺らしいぞ」
「くぅう、何て恐ろしい顔をしているんだ……」
「地獄に引きずり込まれるようだ……」
「たかが人間如きが戦いを挑める相手じゃないぞ」
人工勇者達が口々に恐怖の悲鳴を上げる。どうやら知也が教室を襲って取り戻した時の話が誇張されて伝わっているようだ。
しかしそこで、指揮官らしき男が一喝する。
「うろたえるな!」
だが人工勇者達は浮足立ったままだ。
「し、しかし隊長!」
「無理です!」
「勝てるワケがない!」
「そうです、武器は一切通用しないというウワサですよ!」
「隊長も知ってる筈です。ミドラス軍20万人がたった1人の鬼に壊滅させられた事を!」
「しかもそれは、ただの1兵だったんですよ!」
「馬鹿者! 力が100分の1に低下する結界を張っている事を忘れたか! それに我らには仙器がある、こんな鬼など俺1人で十分だ! 皆、俺がこの鬼を倒すのを、よく見ていろ!」
指揮官が知也に向かって叫ぶ。
「我が名はキンシュウ。ミドラス神聖帝国軍特務兵長、キンシュウだ」
「え? あ、松本知也です」
いきなり名乗られて、知也もつい名乗り返してしまった。
しかし、その言葉に思わぬ反応が起こる。
『マツモトだとぉ!!!!』
人工勇者達が一斉に顔色を変えたのだ。
「鬼の王と同じ名じゃないか……」
「まさか鬼神の血を引く鬼なのか……」
「僅か半年でミドラス神聖帝国軍を壊滅させた鬼の王……」
「もうダメだ……」
ガタガタと震えだす人工勇者達。
そしてそれはキンシュウも同じだった。
「く! マ、マツモトとは……」
知也の手前10メートルで立ち止まり、ダラダラと油汗を流しながら、小刻みに震えているキンシュウ。
「どうやら鬼に対する恐怖はボク達以上みたいだね」
恐怖に顔を歪ませながら、動かなくなっている人工勇者達に視線を向けてそう呟くギムレットに、タイラントが小さく漏らす。
「そりゃあそうでやしょう。仲間であるオレらでさえ怖いんですから、敵として戦った事のある人間共にとっちゃ、死ぬほどのトラウマでやしょう」
タイラントの言葉通り、他の人工勇者と同様、キンシュウも恐怖で動けないでいた。
今のキンシュウの目に映る知也の姿は、人間如きが何をしようとビクともしない城のようだった。
「あ、あのう?」
フリーズしてしまったキンシュウに、知也が声をかけた、その瞬間。
「わひぃいいいいいい!」
恐怖と緊張が限界を超えたキンシュウは、ありったけの生命力をつぎ込んで暴風鞭をめちゃくちゃに振り回したのだった。
しかも、その殆どは。
『どわぁああああ!?』
人工勇者達を直撃した。
ミドラス神聖帝国軍が開発した仙器は、込めた生命力に比例して破壊力をアップさせるという、使用者の命を何とも思わない代わりにとんでもない威力を発揮する武器だ。
しかしキンシュウは、恐怖のあまり通常の何倍もの生命力を暴風鞭に込めてしまった。
それによって暴走した暴風鞭は桁外れの威力を発揮し、100人の人工勇者を戦闘不能にしてしまう。
が、そんなキンシュウの我を失った攻撃には、沢山の流れ弾も含まれていた。
その中の一撃がギムレットを襲う。
「お嬢!」
咄嗟にタイラントがギムレットを庇うが。
「ぐは!」
たった一撃で撃ち倒されて、タイラントは動かなくなった。
そしてそこに、一撃目よりも遥かにスピードの乗った二撃目が、ギムレットめがけて襲いかかる。
暴風鞭はルシファー学園の全教室を制圧した。
つまりその威力に耐えられた生徒がいないほど強力な武器ともいえる。
ステータスが100分の1に低下しているギムレットがキンシュウの我を忘れた攻撃を受けたら、間違いなく命を失う。
「きゃ!」
悲鳴を上げたギムレットの頭の中を色々な思いが駆け抜ける。
(もうボク、終わりかな? ヴァンパイア族の姫として頑張ったけど、ぜんぶ無駄だったのかな? このままミドラス軍に負けるのはイヤだな。お兄ちゃんの仇も討ってないのに……あれ?)
ギュッと閉じた目をギムレットがソロソロと開けると、暴風鞭をガシっと掴み止めた知也と目が合う。
「タイラントを回復してやれよ」
知也に言われて、ギムレットはタイラントに駆け寄り回復魔法を唱える。
「うう、お、お嬢、すんません」
フラフラと立ち上がるタイラントの姿を確認してから知也は、掴んだ暴風鞭をグイッと引っ張った。
「ひぃいいい!」
反応が遅れた為、暴風鞭から手を放す事が出来なかったキンシュウの身体が宙を舞い、知也の目の前に叩き付けられる。
普通の人間なら命を落とすほどの激突だったが、さすが人工勇者の指揮官。キンシュウは即座に起き上が……ろうとして知也に気付き、一瞬で固まる。
「う、ぐぐ、くぅ」
尻餅をついた姿勢で、それでも後に下がろうとするキンシュウに知也が1歩踏み出し、手を伸ばす。
それは、もう降伏するしかないだろうと判断し、立たせてやろうとしただけだった。
が、キンシュウは、知也が止めを刺そうとしていると思い込み。
「わひぃいいいい!」
耳がキンキンするほどの悲鳴を上げ、気絶したのだった。
「……顔が怖いだけで何とかなるんだ……」
小さく呟くギムレットに、知也が遠慮がちに口を開く。
「殺す事は避けたいんだけど」
「……分かったよ」
勝利の立役者である知也の言葉に、ギムレットは人工勇者達100人を縛り上げて倉庫に放り込むだけでガマンする事にする。
そして知也達5人はムサシと合流する為に、出発したのだった。
ムサシとエウリュアレ、ドラゴン教室6学年はルシファー学園の西の端に位置する建物の中に隠れていた。
ユイコからの情報もあって、合流は簡単だったが。
「あれが封印結界を構成する10の魔方陣の1つでござるが、厄介でござるよ」
ムサシの言う通り、地面に描かれた直径7メートルほどの魔方陣を、兵士の大群が取り囲んで守っている。
「敵の数は100人ほどでござるが、スキャンしたところ、教室を占拠していた人工勇者よりもレベルが格段に高いようでござる。我々だけで戦ったら、もし勝てたとしても甚大な被害が出る為、どうしたものかと思案していたところでござる」
「トモヤの最恐顔面攻撃で、また何とかなるんじゃない?」
厳しい顔で説明するムサシにギムレットが投げやりな口調で言う。
どうやら知也に『顔が怖いだけで何とかなる戦いじゃない』と言っておきながら、倉庫地帯では知也だけで勝ったようなモノなので、少しムクれているようだ。
「何かあったでござるか?」
怪訝な顔になるムサシにミユがコショコショと耳打ちする。
「ほう、なるほど、トモヤ君が。そんな事があったでござるか……」
楽しそうに笑うムサシに赤い顔でギムレットが唇を尖らせた。
「はいはい、ボクなんかどうせ、格好つけたクセに知也に助けられた役立たずですよぅ」
「まあ、そんなに拗ねるモンではないでござる。で、話を元に戻すでござるが、魔法陣を護っている兵士達は、教室を占拠していた人工勇者より遥かに格上のようでござる。いくらトモヤ君の顔が魂を石にするほど怖くても、今度の敵には効果が期待できないでござる」
「魂を石にって……」
知也がボソッと文句を口にするが、ムサシは気にも留めずに話を続ける。
「どうやら結界を守っているあの兵士達は、完全に自我を消失させた人間を、術者が安全な場所から操作しているようでござる。言うなれば操り兵。だから恐怖など感じようがないでござろう」
「そっか。生あるモノ全てを恐怖のどん底に叩き落として再起不能にする知也の恐怖の顔面攻撃が効かない敵か。それは強敵だな」
「おまえ、俺の悪口を言いたいだけなんじゃ……」
好き勝手な事を口にするギムレットに、知也がまたもや文句を漏らすが。
「という事は一瞬の隙をついて急襲。これしかないね」
完全にギムレットに無視されてしまう。
「その通りでござる。本当は夜の闇に紛れて不意打ちを仕掛けるべきでござるが、全校生徒が闘技場に集められてしまった今、一刻を争うでござるよ」
ムサシの説明にギムレットは。
「つまり誰かが囮となって敵の注意を引きつけている間に、って事ね」
そう言って知也を見つめた。
「その通り。囮は目立てば目立つほどイイでござる」
ムサシも知也に視線を固定したままで頷く。
「そ、それってもう、決定事項って事ですか、ムサシ先生」
嫌そうな顔で知也はそう口にした。
が、ギムレットとムサシ、そして他の生徒全員から最高の笑顔を向けられただけだった。
2020 オオネ サクヤ Ⓒ




