第十三話 ワタシも入学する
「ミユ!?」
慌てる知也にミユが平然と答える。
「腹ごなしの軽い運動です。まあ、トモヤ様にとっては運動にすらならないと思いますが」
「ムカ。その言葉、後悔させる」
ミユの言葉に、エウリュアレの目が鋭くなった。
「ダ、ダメだよ! 殺しちゃダメだよ!」
慌ててエウリュアレの前で両手を広げるギムレット。
「何を心配している?」
何気ないエウリュアレの言葉だったが。
「し、心配なんかし、し、してないやい」
ギムレットは、真っ赤になって口ごもってしまった。
「やっぱり、お嬢……」
「うるさい!」
「ひべぶ!」
何かを言いかけたタイラントだったが、ギムレットの飛び蹴りを顔面に食らってひっくり返ってしまう。
「ト、ト、トモヤ! 特別寮の運動室まで付いて来い!」
地面に転がっているタイラントをぐりぐりと踏ん付けながら、ギムレットが知也をビシッと指差した。
「望むところです」
知也が何か言う前に、どんどん話を進めてしまうミユ。
「はぁ、困ったなぁ」
溜め息をつく知也に、ギムレットが言い放つ。
「さっさと来い!」
という訳で、知也、ミユ、ギムレット、エウリュアレ、タイラント、そしてフーデンは特別寮の運動室へと向かったのだった。
特別寮はその名の通り、ルシファー学園の中でも特別に優遇されている。
それは寮の設備も同じ。
談話室、図書室、カフェルーム、バー、レストランなど最高級ランクのものが設置されている。
またレクレーション設備も同じく立派なものが用意されていて、様々なニーズに対応する運動室が幾つもある。
そして今、そんな運動室の1つには直径20メートルほどの金属の檻が設置されていた。
「相手をノックアウトするか、参ったと言わせた方が勝ち。さあ、檻に入って」
ギムレットの言葉に、エウリュアレが先に檻に入る。
「さ、トモヤ様」
ミユに促されてイヤイヤ檻に入るが。
「なあミユ。俺はこんな見せ物になるのはイヤなんだけど」
知也は檻を囲む、生徒達を眺めまわして小さく漏らす。
どうやって知ったのか分からないが、鬼とグレートゴーゴンの戦いを一目見ようと、サッカー場ほどもある特別寮の運動室に、入り切らないほどの生徒が詰めかけていた。
いや生徒だけではない。
「変わった見せ物でござるな」
「ふん、グレートゴーゴンか」
ムサシとヒデキまでが、いつの間にか観客席に座っている。それどころか。
「トモヤくぅん~~」
ユイコなど、観客席から呑気な声を上げている始末だ。
「ムサシ先生、ヒデキさん、理事長! 止めないんですか?」
知也の質問にムサシが平然と答える。
「この程度の事で目くじらを立てるほど野暮ではござらぬよ」
「ああ。イジメならともかく、力のある者同士の腕比べだ。気楽にやったらイイ」
ヒデキも止める気はないようだ。
「トモヤくぅん、がんばれ~~」
ユイコに至っては楽しくて仕方がないという顔で歓声を上げている。
「はぁ、仕方ないか。勝っても負けても恨みっこなし、という事でイイか?」
「承知」
知也の言葉にエウリュアレが頷いたところで、ギムレットが言い放つ。
「じゃあ、試合開始!」
「しゅ!」
合図と同時にエウリュアレが知也に襲いかかって来た。
「わ」
8本の腕を駆使したエウリュアレの攻撃に驚く知也だったが。
「く。当たらない」
小さくエウリュアレが呟いたように、8本の腕は1度も知也に届かない。
「なら」
エウリュアレは更にスピードアップ。
と同時にドラゴンの尾による攻撃も織り交ぜるが、その全てを知也は躱す。
その一方。
ガキン!
ゴン!
ドコン!
ズシン!
ズン!
ミキャ!
エウリュアレの攻撃に直撃されて、金属の檻が見る見るうちに破壊されていく。
「ほう。ドラゴン教室最強の生徒が攻撃してもビクともしなかった檻を、ここまで簡単に破壊するでござるか」
ムサシが少し驚きの表情を見せるが。
「ふぁ~~」
隣ではヒデキがアクビをしていた。
「ヒデキ先生……」
苦笑いをするムサシに、ヒデキが答える。
「この程度じゃトモヤくんの敵にすらならんよ。ほら」
知也はエウリュアレの攻撃を躱す事をやめ、受けながし始めていた。
相手の攻撃に逆らわずに方向をずらす、ヒデキが教えた空手の技術だ。
「あのグレートゴーゴンの攻撃などトモヤくんには通用しない。ちょっとした稽古相手というトコかな。あとはカウンターで一撃入れれば、トモヤくんの勝ちだ」
ヒデキの言う通り、知也の勝ちは誰の目にも明らかだった。
「くぅぅ。トモヤがこんなに強いなんて……ちょっと顔が怖いだけの力自慢だと思ったのに……」
悔しそうなギムレットにタイラントが大声を出す。
「そんなワケないでしょうが! 顔が怖いだけだったらオレがとっくに倒してやすよ!」
「はうぅ……」
ガッカリするギムレットだったが、実際に戦っている知也は困っていた。
(でも、これじゃあ、試合は終わらないよなぁ。かといって女の子を殴るのはイヤだし……ふう、しょうがないなぁ)
悩んだ末、知也はエウリュアレの攻撃をノーガードで食らう事にする。
全力の攻撃がヒットしてもダメージを知也に与える事ができないと悟ったら、エウリュアレも戦いを諦めるだろうと思ってのコトだ。
ゴッ!
ガッ!
ズン!
ズン!
エウリュアレの拳が立て続けに知也にヒットするが。
「思った通り、痛くないや」
ドラゴンの攻撃にすらビクともしない檻を、簡単に破壊するエウリュアレの攻撃を無防備で食らいながら、知也は平然と呟いた。
その声にエウリュアレの顔色が変わる。
「効かない?」
エウリュアレが魔王軍最強である事は、自他共に認める事実だ。
その自分の攻撃をまともに食らっても平気な生物が存在するなど、エウリュアレは考えた事もなかった。
それは見物している生徒達も同じだ。
「まさかグレートゴーゴンの攻撃を食らってノーダメージとは……」
「見ろ! 平気な顔でグレートゴーゴンを追い詰めていくぞ」
「100発以上殴られているのに顔色1つ変えてない。本当に平気なんだ!」
「さすがは鬼という事か……」
「やはり鬼、畏るべし」
「鬼の戦い、初めて見た」
「グレートゴーゴンにはもう、勝つ手段がないな……」
見物人の言っている事を、1番実感しているのはエウリュアレだった。
攻撃を食らいながらもグイグイ前進してくる知也に、後退を余儀なくされる。
「く」
遂に檻の壁に追い詰められて、エウリュアレは身動き出来なくなってしまう。
もうこうなっては力を込めた攻撃を繰り出す事は不可能だ。
「……ワタシの負け。でも」
エウリュアレは負けを認めるが、硬い表情のままでキッと知也を睨んだ。
「なぜ攻撃しない? バカにしてるのか?」
「俺はキミと戦いたいなんて思っていなかったし、第一こんな綺麗な女の子を殴りたくなかっただけだ」
知也はそう言いながらエウリュアレの頬にそっと触れた。
「綺麗!?」
エウリュアレが目を丸くする。
「ああ、凄く綺麗な顔をしている。みんなそう言うだろ?」
「そ、そんな事、1度も言われたコトない」
そう言って下を向くエウリュアレの顔が一気に赤く染まった。
「マズイ!」
そのエウリュアレの様子にギムレットが焦る。
「お嬢?」
タイラントの声に、声を荒げるギムレット。
「あの様子を見て分からないの!? エウリュアレのヤツ、生まれて初めて綺麗なんて褒められたモンだから、トモヤに惚れちゃったぞ!」
「お嬢、やっぱり……」
「何だよ!」
怒鳴るギムレットだったが、そこにミユが冷たい声で話しかけてきた。
「やはりトモヤ様の楽勝でしたね」
「何だよ、お前は」
額に青筋を浮かべてギムレットがミユを睨む。
「トモヤ様に、身も心も捧げた者です」
「み、み、み、身も心も!?」
迷いなく答えたミユの言葉に何を連想したのか、ギムレットは目を白黒させながら首まで赤くなる。
が、そこで想定外の事態が。
「ワタシもルシファー学園に入学する」
エウリュアレが、突然そう言いだしたのだった。
2020 オオネ サクヤ Ⓒ




