第十二話 ワタシと戦え
「さてトモヤくん、いくよ」
「押忍」
今、知也はヒデキが繰り出す突き(空手ではパンチを突きと言う)を受ける練習をしていた。
「敵の攻撃は力で叩き落とすんじゃない。そっと攻撃の軌道を変えるのが『受け』という技術だ」
「突きにそっと手を添える感覚だ」
「突き自体を見るんじゃない。相手の体全体を視野に入れて、突きを出す兆しを感知するんだ」
「中々いい感じだ。じゃあスピードを上げるぞ」
「肩の力を抜いて。力むと反応が遅れる」
「腰を安定させて。腰が高くなると全ての攻撃のパワーが低下する」
ヒデキの指導は見て覚えろ、といったモノではなく、実に分かり易く丁寧で、時に科学的だった。
「受けた時の肘の角度は90度。突きを放った時は膝をもっと曲げて重心を2センチ下げるくらいのつもりで」
ヒデキの指導でドンドン空手の腕が上がっていくのを感じ、知也は稽古が面白くてしょうがない。
「空手を学べば、誰でも簡単に強くなれるんですね!」
そう口にする知也に、ヒデキが苦笑する。
「誰でも強くなれるのは確かだが、簡単に、ではないよ。努力した分だけ強くなれるんだ。トモヤくんが簡単と感じるのは、そのヒデユキ様の体に空手が染み込んでいるからだ」
「何かズルしてるみたいで、ミンナに悪いみたいですね」
「速く走れる、高く跳べるなども、持って生まれた才能。トモヤくんがヒデユキ様の身体を受け継いだのも、才能だと思えばいい。それよりも大事なのは、その力で何をするかだ。ルシファー学園卒業まで、しっかりと考えるんだね」
「押忍」
知也はまだ1年。
これからの6年間で何を目にして、そしてどう行動する事になるのだろうか。
ヒデキはそれが楽しみであった。
一方。
「何だい何だい何だい! 何がドラゴン・ホールで究極まで鍛えただよ! 結局、ビビッて逃げ出しやがって!」
ヒデキの空手道場から逃げ帰ったギムレットが、地面をゲシゲシと踏んづけて当り散らしていた。
「アイツがルシファー学園で最強だっていうの!? 誰も敵わないの!? くっそぉ、このままじゃ……」
そんなギムレットの背後から。
「じゃあルシファー学園以外から連れてくればいい」
そう語り掛けてきた者がいた。
「誰?」
振り向いたギムレットの前に立っていたのは、見た事のない男子生徒だった。
細身の体、妙に悪い姿勢、縮れた髪、卑屈な笑みを浮かべた口元。
そのどれもが。
「気に食わないな」
ギムレットはハッキリと口にした。
「クヒヒヒ、正直なお姫サンだな」
笑い方まで気に入らない。
「でも小生の事が気に入らなくても、アイデアは気に入って貰えると思うんだけどなぁ」
「まず名乗んな」
タイラントが凄むと。
「これは失礼。フーデンといいます、ギムレット様、タイラント様」
「ボクの名前、知ってんだ」
「ヴァンパイア族の姫の事を知らない者など、ルシファー学園にいる筈がないでしょう」
「ふん。で、アイデアって何だよ」
「さっき言ったように、ルシファー学園以外から連れてくる、という事ですよ。鬼と戦えるほどの強者に、姫サンなら心当たりがあるでしょう?」
「……そ、そうか!」
「そうです」
ギムレットとフーデンは悪党の笑みを浮かべた。
「ど、どういう事です、お嬢?」
訳が分からない、という顔のタイラントに、ギムレットがにやりと笑う。
「つまり、魔王軍最強の戦士を連れてくればイイんだよ。アイツの事を詳しく話して、それでも戦意を失わない、正真正銘の強者をね」
「そんな相手に心当たりがあるんですかい?」
「もっちろん! よーし、さっそくテレポートの魔法で向かうよ!」
ギムレットが転移した先は不気味な森の中だった。
枯れ木にしか見えない巨木が空に向かって無数に伸びている。
『死の森』。そんな言葉が相応しい場所だった。
「お、お嬢、ここは一体どこでやすか?」
不安そうな声をタイラントが漏らした、その時。
バキバキバキ!
遥か頭上で木の枝が砕ける音が響き渡った。
「な、何が……」
音がした方へと目を向け、そしてタイラントは硬直する。
地上70メートルの位置に10メートルもある女性の顔が浮かんでおり、その髪の毛は驚いた事に無数のドラゴンだった。
下半身もドラゴンで、頑丈そうなウロコに覆われた体からは8本の腕が伸びている。
見ただけで石になっても不思議ではないレベルの化け物だ。
このとんでもない怪物に向かってギムレットが話しかける。
「久しぶりね、エウリュアレ」
「ヴァンパイア族の姫か」
「力を貸して欲しいんだ」
「……話しにくい」
そう呟くと、エウリュアレの身体が見る見るうちに小さくなっていく。
上半身が普通の人間サイズ、下半身が3メートルの蛇サイズに縮んでから、エウリュアレは口を開く。
「用件」
「相変わらず口数が少ないね。まあイイや。長さ50センチの角が4本生えた、巨大な鬼と戦って欲しいんだ」
「殺す?」
顔色ひとつ変えずにそう聞いてくるエウリュアレに、ギムレットは慌てて両手を振る。
「違う違う違う! 懲らしめてくれるだけでイイ! ボクにゴメンナサイと言わせるだけでイイんだ! 殺しちゃダメだよ!」
「倒すだけでイイ?」
「うん」
「ならそうする」
「絶対に殺しちゃダメだからね」
「了解」
「……よかったぁ」
胸をなで下ろすギムレットに、タイラントが小さく呟く。
「お嬢……お嬢はやっぱり……」
そんなタイラントを、ギムレットがキッと睨む。
「何?」
不機嫌そうに唇を尖らせるギムレットに、タイラントは深いため息をついてから諦めたような声を漏らす。
「いえ、自分で気づいてないなら、イイでやす」
「ワケ分かんない。まあいいや、じゃあエウリュアレ、今からボクと一緒に来てくれる?」
「承知」
こうしてエウリュアレは、ギムレットのテレポートの魔法でルシファー学園に移動したのだった。
「この人が?」
そう尋ねてきたフーデンに、ギムレットが頷く。
「そう。グレートゴーゴンのエウリュアレ。鬼の軍隊の事は知らないけど、ボクが知る限り、魔王軍最強の戦士さ」
グレートゴーゴン。
頭の髪と下半身が蛇であるゴーゴン族は、最強生物と呼ばれるドラゴンに匹敵する戦闘力を誇る種族だ。
そしてごくまれに、髪も下半身もドラゴンの者が出現する。
グレートゴーゴンと呼ばれる変異種で、ゴーゴンの500倍から2000倍もの戦闘力を持つ。
ゴーゴンもグレートゴーゴンも、体が大きいほど強いのだが、エウリュアレの全長300メートルという数字は歴代グレートゴーゴンの中でも群を抜いている。
そして特筆すべきグレートゴーゴンの特性は、体を小さくしても、その戦闘力は変わらないという事だ。
「で、このエウリュアレは普通のゴーゴンの8000倍もの戦闘力を誇るんだ。つまりステータスはレッドの8000。魔王軍最高戦力と言われる由縁さ」
「魔界最強という事ですな」
フーデンは満足そうに呟くと、エウリュアレへと向き直る。
「さすが魔王軍を最初に組織したヴァンパイア族の姫ですね、こんな強い戦士を連れて来れるなんて驚きました」
「お世辞は要らない」
素っ気なく答えるエウリュアレに、フーデンが肩をすくめる。
「嫌われてしましたか。残念ですねぇ」
そんなフーデンに、ギムレットが首を横に振る。
「この子は普段からこうだよ。すっごく無口なんだ」
「それを聞いて安心しました。嫌われたら命が幾つあっても足りなさそうですから」
軽口を叩くフーデンを無視して、ギムレットはエウリュアレを自分の部屋へと連れて行く事にする。
「取り敢えずはボクの部屋で休んでもらうね。で、機会を見てトモヤと戦ってもらうよ」
ギムレットが自分の部屋、つまり特別寮の1室へとエウリュアレを案内しようとした、その時。
「……4本角の鬼」
エウリュアレが廊下の先を指差した。
「え?」
「あ!」
ギムレットとタイラントが揃って声を上げた先には、大風呂で疲れを癒し、そして大食堂で夕食を楽しんだ知也の姿があった。
「トモヤもここに住んでたの!?」
叫ぶギムレットに、知也が顔を向ける。
「あれ? キミは確か……」
そんな知也の前にエウリュアレが立ち塞がる。
「戦え」
「え?」
「ワタシと戦え」
「いや、俺はその……」
事情が全然理解できなくて答えに困る知也だったが、そこでエウリュアレの前に立ちふさがって。
「いいでしょう」
自信満々に答えたはミユだった。
2020 オオネ サクヤ Ⓒ




