第十話 ネズミにとって虎の微笑みは威嚇
午後の座学は、この世界の植物についてだった。
戦場では何が起こるか分からない。
食べられる植物、食べられない植物、そして薬草や毒草。戦場で役に立つだけでなく、日常でも有益な知識だ。
そして1時間後。
座学を終えた1年1組の生徒達は、ムサシの指示で転送の魔方陣に移動して、格闘練習場へと向かったのだった。
ちなみに知也は、前日いきなりヒデキの空手道場へと連れて行かれたので、初めて格闘訓練を受ける事になる。
格闘練習場では、1人の男が待ち構えていた。ハゲた頭に白いヒゲ、枯れ木の様に細い身体つきの老人だ。
「トモヤ君。昨日、いきなりヒデキ先生の道場に行くことになったので紹介出来なかったでござるが、この方は格闘の教師、ゴドー先生でござる」
ムサシが老人を知也に紹介する。
「松本知也といいます。よろしくお願いします」
さっそく知也が頭を下げると、ゴドーは楽し気に頷いた。
「ほうほう、鬼と聞いていたから、どんな高慢ちきな生徒が来るのかと思っていたのじゃが、中々見どころがあるのう。無敵の格闘技、空手をヒデキ先生から習っておるらしいが、色々な格闘技を体験する事は、決して無駄ではないじゃろう。しっかり学ぶがエエ」
「はい!」
「では始めるぞい。整列じゃ」
ゴドーの号令で始まった練習は、言うならば合気道に似ていた。
攻撃を受け流したり、関節を極めたり、投げたり、あるいは打撃で相手を倒すといった型を、幾つか行った後。
「今度は攻撃手と受け手に分かれて練習じゃ。2人1組になってみい」
「え、ええと……」
知也は組になる生徒を探して当たりを見回すが、クラスメイト達は知也の視線を避けながら、必死の形相で2人組の相手を探して大騒ぎを始める。
「鬼の相手になったら死ぬかもしれないわ!」
「いや、攻撃が掠っただけで致命傷だろ!」
「ワタシの防御力じゃ、死ぬしかないってコト!?」
「誰の防御力でも即死以外にありえないって」
「鬼の相手だけは勘弁してくれ」
「死にたくない……」
「だ、誰かオレと組んでくれ!」
「お願い、ワタシまだ相手がいないの! 誰か!」
「お願いだからオレと組んでくれぇぇぇぇぇ!」
1年1組の生徒数は50人。
誰かが必ず知也と組む事になってしまうから、全員が必死に練習相手を探した結果。
「お、お願いします……」
たった1人残った女の子が知也の前にオズオズと進みでた。
「では向かい合って2列に整列するがよい。儂の右側に並んだ者が攻撃手じゃ。最初はユックリと攻撃するのじゃぞ、技を理解する為じゃ。儂の左側に並んでいる者が受け手じゃ。相手はユックリ攻撃してくれる。落ち着いて技を正確に練習するのじゃ。では始めじゃ」
ゴドーの声で、全員が一斉に動いた。
……知也の相手の女の子を除いて。
「どうしたの?」
知也は怖がらせないように、出来るだけ優しい笑顔で女の子に尋ねてみるが。
「うう、怖いよぉ……」
残念ながら思いっ切り怖がられてしまう。
ネズミにとって虎の微笑みは威嚇としか思えないのと同じだ。
しかし今、知也が受け手で女の子が攻撃役。
彼女が動かないと、知也は練習出来ない。
「困ったな……仕方ない」
知也は女の子が攻撃しやすいように、1歩前にでて、彼女の攻撃範囲に入ってみた。
これで手を伸ばしただけで女の子の攻撃は知也に届く。
が、知也が前に出たプレッシャーに、女の子は耐えられなかったらしい。
「ひ……」
小さく悲鳴をあげると、眼球がクルリと裏返って。
「はうぅぅ……」
女の子はクタリと地面に崩れ落ちてしまった。
「ちょ、ちょっと!?」
知也は素早く女の子の身体を抱き止めたが、完全に失神している。
「ゴ、ゴドー先生!」
「ふむ、まあそこに寝かせておけばエエじゃろ。それより相手をチェンジじゃ。全員1人分、横にずれるんじゃ」
クタリとしている女の子には目もくれずにそう口を開いたゴドーに、1年1組の生徒に戦慄が走った。
「ええ!?」
「そ、そんな……」
「絶対に当たるじゃない……」
「死んだ……」
「怖いぃぃぃ……」
「何をブツブツ言っとるのじゃ、さっさと移動せぇ」
ゴドーの命令で、今度は虎の獣人が知也の前に立った。
身長はタイラントと同じくらいだが、遥かに筋肉質な体をしている。
やはり狼より虎のほうが、見た目は強そうだ。
「いつでもイイぞ」
知也は虎の獣人に声をかけて身構える。
(今度は男、しかも強そうな獣人だから、いい練習相手になるかな)
知也がそう張り切ったのがいけなかったのだろう。
知也が構えた瞬間。
「ぐろろろろ……」
小さく喉の奥を鳴らして、虎の獣人も失神してしまった。
「え!? ちょ、ちょっと!」
知樹は慌てて虎の獣人を助け起こそうとするが、それより先に。
「練習相手チェンジじゃ」
ゴドーの声が響き、次の相手がヨロヨロと知也の前に立った。
今度はトカゲの獣人だ。リザードマンというのかもしれない。
頭から尻尾までの長さなら7メートルを超えている巨体の持ち主あので、今度こそ大丈夫だろう。
知也はそう考えたのだが。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」
虚ろな目でブツブツと呟いていたリザードマンは、知也と目を合わせた瞬間。
「ブクブクブクブク……」
口から泡を吹きながら、崩れ落ちてしまったのだった。
「練習相手チェンジじゃ」
またしてもゴドーの声が響き、知也の前に別の生徒が死にそうな顔で立ち、そして知也の顔を見ると同時に気を失う。
あるいは知也が構えると同時に失神する。
そんな事が何度も繰り返され……結局、格闘コース1年1組の生徒全員が意識を失って床に転がったのだった。
ギムレットとタイラントを含めて。
「はぁ。今日はもう練習にならんのう」
全員が気絶したところで、ゴドーはため息をついた。
「は、はぁ、何かすみません」
「お前さんが気にする事はないぞい。こやつらには良い体験になった事じゃろうて」
「だとイイんですが」
「ま、良いじゃろう。トモヤ君よ、今日のトコはかえってイイぞい」
「は、はあ……では失礼します」
「うむ」
知也を先に帰らせると、ゴドーは気絶している生徒達に呑気な目を向ける。
「さぁてと、1人1人介抱するのも面倒じゃし……」
ゴドーは『気』を高め、そして一喝する。
「カッ!!!!」
『うわぁ!』
それだけで全員が飛び上がって、意識を取り戻した。
「ほ、ほ、ほ。目が覚めたか。訓練はオシマイじゃ。帰って今日の自分を反省するがよい」
ゴドーの言葉に決まり悪そうに顔を見合わせたあと、1年1組の生徒はムサシに連れられて教室へと戻っていく。
そしてムサシが今日の授業の終わりを告げて教室を出て行くと同時に、ギムレットは怒鳴り散らしたのだった。
「ちっくしょー、何て怖い顔してるんだよ! 目を見た瞬間、死がチラついたと思ったら体から力が抜けて、ブラックアウトしちゃったじゃないか!」
そんなギムレットにタイラントもウンウンと何度も頷く。
「構えを取られただけで、自分が哀れなエサである事を悟りやした。オレの攻撃なんて、そよ風以下と目が言ってやした。お嬢、とうてい勝てる相手じゃありやせん」
げし。
「きゃいん」
ギムレットの蹴りを顔面に食らってひっくり返るタイラント。
「タイラントやボクじゃ勝てないのは分かってるよ! でもこのままじゃ、ボクの気が済まないんだい!」
「そんな駄々をこねられても、子供じゃないんだから……」
「誰の胸が子供並みだい!」
「ぐへ! そ、そんな事、オレは一言も……きゃん!」
再びギムレットの蹴りを顔面に食らってひっくり返るタイラント。
「く~~ん」
「チ!」
腹を見せて降参のポーズをとるタイラントに舌打ちするギムレットだったが。
「そうか! ルシファー学園で最強はキャスじゃなかったじゃん」
そう言ってギムレットは不敵な笑みを浮かべたのだった。
「みてろよトモヤぁ。今度こそゴメンナサイって言わせてやるからな!」
2020 オオネ サクヤ Ⓒ




