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097・聖域の死闘 下

「おかしい……」


 狩夜の胸の中で、スクルドが呟く。その声には、強い困惑と恐怖が込められていた。


「おかしい、こんなのおかしいです! 勇者様、本気を出してください! 勇者様の――世界樹の種の力は、この程度ではないはずです!!」


 こんなのおかしい。ありえない。そう悲痛に叫ぶスクルド。だが、彼女がいくら叫んだところで、今の絶望的な戦況は変わらない。


 女神の声にも、涙にも、戦況を激変させる力はないのだ。


「はぁ! はぁ!」


 スクルドの声が戦場に響く中、狩夜は肩で息をしていた。いかにサウザンドの開拓者とはいえ、体力が無限にあるわけではない。


 限界が近い。また一歩、狩夜は死へと近づいたことを実感する。


 負けるのか? ここで死ぬのか?


 そんな言葉が頭をかすめた。崩れかけた気持ちを整えるために、狩夜は目を閉じ、激しく頭を振る。


 そして、再び目を開けた狩夜の眼前に――


「――っ!?」


 狩夜を死へと誘う、漆黒の獣の姿があった。


 それなりにあったはずの間合いを、一秒にも満たない時間で詰めて見せたダーイン。瞬間移動ばりのスピードである。


 ――こいつ、今まで本気じゃなかったのか!? 


 胸中でそう叫びながら、眼前で振り上げられた魔剣つのをかわすため、狩夜は全力でバックステップを踏む。


 レイラのハンマーすら切り裂くダーインの魔剣は、マタギ鉈では防げない。狩夜は全力で回避行動を取る。


 狩夜の体が世界樹の根から離れると同時に、レイラは背中から一本の蔓を出し、聖域に点在する根の陸橋、その一つ目掛けて高速で伸ばした。そして、蔓が陸橋に突き刺さるや否や、その蔓の収納を開始。狩夜の体を全力でつり上げる。


 狩夜の体がレイラの蔓をたどるように上昇をはじめた直後、ダーインが魔剣を振り下ろした。


 ダーインの魔剣は、新装備である胸当てに触れるか触れないかの場所、スクルドのすぐ手前を通過する。狩夜たちの必死の抵抗が実を結び、紙一重のところでダーインの攻撃をかわすことに成功したのだ。


 しかし――


「あ……」


 ダーインの魔剣は、狩夜の体に巻き付いていた蔓を――狩夜から決して離れないようにと、レイラが幾重にも巻き付けておいた、狩夜とレイラとの繋がりを切断していた。


 狩夜の背中からレイラのぬくもりが消え、体の上昇も止まる。直後、狩夜の体が重力に従って落下を始めた。


「――――――っ!!!!」


 狩夜とスクルドを残して、陸橋へと一人上昇するレイラ。この危機的状況を打開しようと、有線式のガトリングガンをダーインに向け、即座に発射するが――


「――っ!?」


 ドゥネイルのつのに邪魔される。


 発射された種子どころか、その大元であるガトリングガンごと炎で包み込むドゥネイル。炎が通過した後には、何も残ってはいない。レイラのガトリングガンは、灰も残さず焼失していた。


 そして、空中に投げ出されたことで身動きできない狩夜目掛けて、先ほど振り下ろした魔剣を、躊躇なく切り上げてくるダーイン。


 絶対に避けられない。


 自身を確殺するであろう攻撃が迫る中、狩夜が取った行動は――


「スクルド、逃げて!」


 空手であった左手でスクルドの体を掴み、ダーインの攻撃範囲外へと放り投げることだった。


「オマケ!? 何を――」


 驚愕の表情を浮かべながら、投げられた方向そのままに、狩夜から離れていくスクルド。そんなスクルドに対し、ダーインの前に一人取り残された狩夜は、苦笑いを浮かべながらこう口を動かす。


「まったく、こんな時ぐらい名前で呼んでよね……」


 この言葉を狩夜が紡ぎ終えた直後、ダーインの無慈悲な一撃が、狩夜の体を切り裂いた。


 速度を一切減じることなく振り抜かれる魔剣。世界樹の聖域に、舞ってならない血しぶきが舞う。


「オマケェエェエ!! 嫌! いやぁあぁ!!」


「――――――っ!!!!」


 狩夜から遠く離れた場所で、スクルドが悲鳴を、レイラが声なき絶叫を上げたのがわかった。だが、それに対して狩夜が何かしらの行動を取ることはない。


 狩夜の体は、もう動かなくなっていた。


 一瞬の激痛の後、全身の感覚が消失した。血と共にすべての力が、人間にとってとても大切な何かが流れ出ていく。


 ――ああ、僕はここで死ぬんだ。


 薄れゆく意識の中で、狩夜は漠然とそう思った。そして、自分でも驚くほどに、あっさりとその事実を受け入れる。


 異世界・イスミンスール。この過酷な世界に、わけもわからず引きずり込まれたあのときから、いつかはこうなるだろうと予想はしていたのだ。いざ死に直面しても、やっぱりこうなったか――ぐらいの感慨しか湧かない。


 死ぬのはもちろん怖いけど、この世界で生きていくのも怖かった。そして、死ぬのはとても楽で、生きるのはとても辛かった。


 そうだ、狩夜はずっと怖かったのだ。夢の狩猟生活の幕開けだ――とか、せっかくの異世界だ、楽しもう――だとか、そんな嘘で自分を誤魔化して、恐怖に押しつぶされないよう頑張ってきたけれど、見事に予想通りの結末を迎えてしまった。


 こうして無力に、何も残さず、無様に死んでいく。


 だが、この死には一つだけ救いがあった。それは、狩夜を殺した相手が鹿であったということ。叉鬼家の人間は、ずっと鹿に生かされてきたんだ。そんな鹿に殺されるというのであれば、まだましな死に方だろう。


 所詮、凡人の僕なんてこんなもんだ。むしろ頑張った方だろう――と、狩夜は生きることを諦めた。これでもう頑張らなくていいんだと、安堵すらした。


 これで終われる。楽になれる。狩夜は凡人らしく、楽な方、楽な方へと身を任す。


 そんな狩夜の脳裏に、イスミンスールで親しくなった人々の姿が、次々に浮かんでは消えていく。走馬灯だ。いよいよ死が近いらしい。


『これからは、ライバルだ!』


 ――ごめんザッツ君。僕はどうやらここまでらしい。君のライバルには不相応だったみたいだ。


『またな、カリヤ殿』


 ――すみません、イルティナ様。またはなくなってしまいました。とても良くしてもらったのに、申し訳ないです。


『なら、カリヤ様。私と約束をしましょう』


 ――ごめんなさい、メナドさん。約束、守れませんでした。僕は最後まで弱くて、情けなくて、どうしようもないままでした。


 必ず守ると誓った約束。それを守れなかったことに対して、心の中で謝罪する狩夜。その後、あふれ出る罪悪感から目を背けるために、考えることすらやめた。


 考えるという人間最大の武器を放棄した狩夜は、死を受け入れる準備を整えつつ、走馬灯の続きを見る。


 尊敬する祖父。優しい両親。学校の友達。そういった親しい人々の姿が、狩夜の脳裏に浮かんでは消えていった。


 そして、ついに死が一瞬後に迫ったとき、狩夜が見た光景は――


『ごめんね、お兄ちゃん……』


 血を分けた妹が、両目から涙を流しつつ、謝罪の言葉を口にしているところであった。


 ズキリ!!!!


 胸が――痛む。

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