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094・聖獣 下

「ふう……」


 鮮血で赤く染まったマタギ鉈を握り締めながら、狩夜は小さく息を吐き、再度ドヴァリンへと向き直った。それとほぼ同時に、背中をペシペシと叩かれる。


「上出来だよ~!」そんな風に言われた気がした。そんなレイラに対し「どうにかなりそうだね」と、狩夜は言葉を返す。その声には、既に恐怖の色はない。


 攻防一体。遠近中なんでもござれ。確かに素晴らしい特性であるが、なにもそれは、ドヴァリンだけの専売特許というわけではない。その特性は、レイラにも当てはまる。


 そして、先の攻防ではっきりした。レイラの力は、すべての面でドヴァリンを上回っている。勇者は聖獣よりも強いというスクルドの言葉に、嘘はなかったのだ。


 正直、負ける要素が見当たらない。ならば、聖獣を恐れる必要もない。


「このまま押し切るよ、レイラ!」


 コクコク!


 背中でレイラの頷きを感じながら、狩夜は再び世界樹の根を蹴り、ドヴァリン目掛けて駆け出した。それと同時、レイラは有線式となったガトリングガンを乱射する。


 ドヴァリンは、先ほどまでと同じように盾でレイラの種子を弾きながらも、今度は足を使った。先の攻防で、角だけでは狩夜とレイラの同時攻撃を防ぎきれないと、身に染みてわかったのだろう。


 ひとまず狩夜たちから距離を取ろうと思ったのか、ドヴァリンは大きく後方へと飛び退き――


「……(にたぁ)」


 レイラが、口が裂けたかのような顔で笑った。


 そう、レイラは待っていたのである。ドヴァリンが再び跳び上がり、逃げ場のない空中へと身を躍らせるこのときを。必殺の罠を周囲に撒き散らしながら、ずっと、ずっと。


 次の瞬間、ドヴァリンの体にあるものが殺到する。


 それは、種から飛び出した蔓であった。ガトリングガンから発射され、ドヴァリンの盾に阻まれることで、周囲のいたるところに散乱したレイラの種が、一斉に発芽し、ドヴァリンに襲いかかったのである。


 無数の蔓は、跳び上がったことで回避できないドヴァリンの体に我先にと絡みつき、瞬く間に拘束する。


 当然、ドヴァリンは蔓の拘束から脱するべく暴れ回った。その力は凄まじく、全身を拘束する無数の蔓を、次々に引きちぎっていく。だが、周囲にばら撒かれた種の数が数だ。いくら引きちぎっても切りがない。


 業を煮やしたドヴァリンは、角の半分を動員して、その刃で蔓を断ち切り始める。こうなると、さすがに蔓が巻きつく速度より、ドヴァリンの処理速度の方が早い。あと数秒で、ドヴァリンは蔓の拘束から抜け出すだろう。


 だが、レイラにとっては、その数秒で十分だった。


 ガトリングガンを切り離したことで、空手となった右手。レイラは、その右手から別の武器を出現させる。


 それは、ハンマー。先端に球形の果実をつけた、巨大なハンマーであった。


 レイラは、そのハンマーを豪快に振り回し――


「――っ!!」


 声なき気合と共に、ドヴァリン目掛け投擲する。


 ビルの解体現場を彷彿させる巨大なハンマーが、拘束されて身動きの取れないドヴァリンに向かい、一直線に突き進んでいく。ドヴァリンは、ガトリングガンを防ぐために展開していた角の盾で、ハンマーを防ごうとしたが――


「っ!?」


 レイラのハンマーは、まるでガラスでも破るかのように角の盾を破壊。勢いを減じることも、方向を変えることもなく、そのまま直進した。


 そして、正面衝突。無防備となったドヴァリンの体に、レイラのハンマーが激突する。


 田舎の夜道で稀に起こる、トラックと鹿との交通事故。狩夜はそれを実際に見たことがあるのだが、ちょうどそんな感じだった。ドヴァリンは、口から血を大量にぶちまけながら、レイラのハンマーによって弾き飛ばされる。


 世界樹の根の上を、すべるように、力なく移動するドヴァリン。間違いなく致命傷だ。もう戦えはしないだろう。


 そんなドヴァリンに対し、レイラは一切容赦しなかった。有線式のガトリングガンの銃口を、横たわったまま動かないドヴァリンへと向け、即座に連射する。


「勝った!」


 今度こそ狩夜は勝利を確信した。マタギ鉈を握った右手で、豪快にガッツポーズを決める。


 これでウルド様と、イスミンスールは救われ――


「る!?」


 狩夜の口から驚愕の声が漏れた。だが、それも致し方ないことだろう。突然目の前に炎の壁が出現すれば、狩夜でなくても驚く。


 狩夜から見て左側から、ドヴァリンを守るかのように出現した炎の壁。ドヴァリン目掛けて発射されたレイラの種子を燃やし尽くしたその壁の出どころを探すべく、狩夜は視線を左に向けた。


 そして見つける。狩夜の視線の席には、赤みがかった毛皮を持つ、ドヴァリンとは別の鹿の姿があった。


 目を見開きながら、狩夜とスクルドが叫ぶ。


「二匹目の聖獣!?」


「ドゥネイル!」


 二匹目の聖獣――ドゥネイルは、ドヴァリンと違い、姿形は普通の鹿と大差はなかった。もちろん、聖獣という肩書を持つだけあって、全身の筋肉がとても発達しており、鹿としては規格外に大きい。だが、その姿形は、狩夜のよく知る鹿のそれであった。


 もう一つ説明をつけ加えると、ドゥネイルの頭部には角がない。女鹿なのか? と、狩夜が首を傾げた、次の瞬間――


「なんだよ……それぇ!?」


 狩夜は、再度驚愕の声を上げることとなる。ドゥネイルの頭部から、突如として角が()()()()()からだ。


 炎。炎の角。すべてを焼き尽くす紅蓮の炎こそが、ドゥネイルの角であり、最強の武器であった。


 仲間が傷つけられたことに怒っているのか、ドゥネイルの角は凄まじい勢いで燃え盛っている。その炎の角を前にして、レイラが激しく動揺しているのが、背中越しに狩夜に伝わった。


 レイラらしからぬ動揺。だが、それも無理からぬことだ。勇者とは言え、レイラはマンドラゴラ。基本的には植物なのである。


 植物は火に弱い。誰でも知っている常識だ。


 いつぞやの焚火くらいならば、どうにでもなるのだろうが――ドゥネイルの炎は、レイラでも警戒しなければならないほどの力を有しているらしい。


 そんなドゥネイルに対処するべく、レイラはガトリングガンの銃口をドゥネイルに向けた。が、その判断は間違いである。狩夜は声を荒げ、すぐさまこう指示を出した。


「レイラ、炎に過剰反応しちゃだめだ! ドゥネイルは後! 先にドヴァリンを!」


 狩夜の声に、レイラがはっとしたのがわかる。自身の判断ミスに気がついたのだ。今は、相手の数を確実に減らすことこそが肝要である。


 狩夜とレイラは、同時にドヴァリンへと視線を戻した。ドゥネイルが構築した炎の壁、その壁越しにドヴァリンの姿を確認し――共に目を見開くことになる。


 地面に横たわっているドヴァリンのすぐ横に、純白の毛皮に包まれた、別の鹿の姿があったからだ。


「三匹目!?」


「ドゥラスロール!」


 三匹目の聖獣――ドゥラスロールの姿は、トナカイによく似ていた。聖獣だけあって、普通のトナカイよりも体格が良く、とても大きいが、ドヴァリンやドゥネイルよりもやや小柄で、頭一つ分背が低いことがわかる。


 一番の特徴は、やはり角。ドゥラスロールの角は、まるで水晶で作られているかのように半透明で、陽光を反射し、美しくきらめいていた。


 そんな水晶の角が、狩夜の視線の先で眩いまでに輝き、その光で、倒れて動かないドヴァリンの体を優しく包み込む。


 すると――


「やばい……」


 狩夜は、全身から血の気が引くのを強く感じた。


 致命傷を受け、虫の息だったドヴァリン。その傷ついた体が、映像を逆再生するかのごとく、高速で治癒していく。


 ドゥラスロール。その水晶の角には、治癒能力が備わっているらしい。しかもそれは、レイラに勝るとも劣らない驚異的なものだ。


「レイラ! 今すぐドヴァリンを仕留めろぉおおぉ!!」


 狩夜は、有らん限りの声で叫び、レイラも即座に動く。


 手元に引き戻す時間すら惜しかったのか、右手から出していたハンマーを根元から切り離し、即座に破棄するレイラ。次いで、左手から新たなハンマーを出現させ、ドヴァリンとドゥラスロール目掛け、全力で投擲した。


 レイラのハンマーは、ドゥネイルの炎の壁を力技で突き破り、いまだに倒れたままのドヴァリンと、そんなドヴァリンの治療を続けるドゥラスロールを正面から強襲する。


 そこに、横から割って入る黒い影があった。


 直後。寒気を覚えるほどに鋭い切断音が、聖域に響く。


 そして、レイラのハンマーが、レイラと繋がる蔓ごと真っ二つに切り裂かれ、左右に割れた。


 レイラのコントロールから離れたハンマーは、ドヴァリンとドゥラスロールを避けるかのように、その後方へと飛んでいく。


「四匹目……」


「ダーイン!」


 左右に分かれたハンマーの影から現れた四匹目の聖獣――ダーインは、漆黒の毛皮を持つ、禍々しい牡鹿であった。


 いや、ダーインは本当に鹿なのか? 狩夜がそう思わずにはいられないほどに、ダーインの姿は特徴的である。


 単純な大きさならば、ドヴァリンの方が大きい。だが、ダーインは体つきが異様であった。筋肉が異常に発達しており、鹿というよりも、馬鎧を着こんだ軍馬のように見える。


 ダーインが鹿に見えない理由は他にもある。それは、鹿のものにしてはあまりにも異様で、異質な、その角にあった。


 鹿の角と言えば、後頭部、耳のすぐ横から二本生えており、幾度も枝分かれしているのが普通だが、ダーインは違う。ダーインの角は、両の目のちょうど中間。すなわち、眉間から生えていたのだ。


 数も二本ではなく、一本。枝分かれはしておらず、湾曲もしていない。ただただ直線で、平たい、剣のような角を、ダーインは持っている。


 それゆえに、ダーインの姿はかのユニコーンを彷彿させた。もっとも、前述したようにその毛皮は、ユニコーンとは正反対の漆黒であり、額から生えている角も、万病を癒す薬になるというユニコーンのそれとは、ほど遠いものである。


 あれは、魔剣だ。


 触れたもの、その全てを両断する、呪われし魔剣。


「そういえば、イルティナ様が言ってたっけ……」


 ダーインの後方で、ドゥラスロールにつき添われるように立ち上がる、傷一つないドヴァリンの姿を見つめながら、狩夜は口を動かした。


「聖獣は、四匹いるって」

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