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062・光と火の英傑 上

 精霊解放遠征。


 その名の通り、【厄災】の呪いによって封印された精霊の解放。もしくは、精霊解放のための手掛かりを探すための遠征である。


 信仰の対象にして、心の拠り所である精霊。そんな精霊の解放は、イスミンスールに生きるすべての人類の悲願であり、最優先事項の一つだ。精霊解放の研究は千年単位でおこなわれており、巨額の費用が毎年投資され、大開拓時代である今も休むことなく続けられている。


 ゆえに精霊解放遠征は、時代の節目節目に必ずといっていいほどに計画され、過去に二度実施された。


 ()()()に豊かで、余裕のある時代に実施されたに二度の遠征。全種族の協力のもと、その時代において間違いなく最強である遠征軍が組織された。彼らは「我らの手で精霊を解放するのだ!」と声高に叫びながらユグドラシル大陸を飛び出し、ミズガルズ大陸へと渡る。


 しかし――


「誰一人として生きて帰った者はいない。そして、失敗した二度の遠征の後には、ミズガルズ大陸からの【返礼】がユグドラシル大陸を襲い、人類は著しく衰退したという。それが精霊解放遠征だ」


「うえぇ……」


 イルティナの口から語られた精霊解放遠征の概要と歴史。それをすぐ隣で聞いた狩夜は、悲愴感溢れる声を小さく漏らした後、こう言葉を続けた。


「そんないわくつきの遠征の三度目が、近々おこなわれようとしている――と?」


「恐らくな。そして、三度目の遠征軍が組織されたというのであれば、あのタイミングでジルがティールを訪れたことにも説明がつく」


「どういうことです?」


「メラドが奇病に倒れるなり、ジルはティールから逃げ出した。この行為は多くの不興を買い、ティールでのジルの評判は落ちるところまで落ちた――が、それでもジルはティールへと帰ってきた。なぜだ? ジルは臆病だが、馬鹿でも愚かでもない。奇病が治療された直後という、逃げ出した者に対して最も風当りが強いであろう時期になぜ戻る?」


「ああ、言われてみると不自然ですね……」


「理由はこれだ。遠征軍に参加するのが嫌だったジルは、婚約者である私とティールへの物資運搬を出汁にして、ウルザブルンから逃げ出したのだ」


 恐らく当たっているであろう推測を口にした後、イルティナは盛大に溜息を吐いた。そして「逃げ出した先で死んでどうするのだ。馬鹿者め……」と小声で呟く。


「今回の遠征は、過去の二度と違って明確な勝算があるのだから、大人しく参加しておけばよかったものを……」


「勝算……ああ、ソウルポイントのことですね」


「そうだ。過去の二度の遠征は、大開拓時代以前に実施されたもので、今回は状況がまるで違う。我ら人類は新たな武器を手に入れ、ユグドラシル大陸の外に生息する屈強な魔物を打倒する術を身につけた。その証拠に、ユグドラシル大陸とミズガルズ大陸の往復に成功した開拓者は百名を超え、ミズガルズ大陸の西端には我ら人類の拠点がすでに築かれている」


 ここでイルティナはいったん口の動きを止め、視線をランティスへと向けた。次いで、表情を真剣ものに変えながら言う。


「彼、ランティス・クラウザーの存在も、我ら人類の勝算の一つと言えるだろう。彼は本物だよ。紛れもない英傑だ。“極光”の二つ名は伊達ではない」


「はぁ、凄い人なんですね……」


 “極光”とは、これまた随分と大業な二つ名である。しかし、ウルズ王国の第二王女であるイルティナにここまで言わせるのだから、この二つ名は確固たる実績と実力に裏付けられたものに違いない。


 狩夜とイルティナの視線の先で、子供に取り囲まれながら求められるままにサインを書いていくランティス。子供達のヒーローという言葉が実にしっくりとくる光景であった。


 ほどなくして、サインを書き続けていたランティスの右手が止まる。どうやら最後のサインを書き終えたらしい。子供たちは満面の笑顔でランティスに礼を述べると、受け取ったサインを宝物のように抱えながら駆け出し、いずこへと消えていった。そんな子供たちを、ランティスは清々しい笑顔で見送り――


「さあ、そこの少年。次は君の番だ。こっちへおいで」


 と、狩夜と視線を重ねながら口を動かす。


「え? 僕……ですか?」


 突然のことに動揺し、周囲を二度ほど見回しながら口を動かす狩夜。そんな狩夜を見て照れているとでも思ったのか、なんとランティスの方から狩夜へと近づき、次のように言葉をかけてくる。


「さあ、サインをしてあげよう。何に書いて欲しい?」


「あ、いや、色紙とか持っていませんし――」


「よし! ならその服にサインだ!」


「ええ!?」


 こう宣言するなり狩夜に組み付き、身動きを封じてくるランティス。サウザンドを目前にした開拓者である狩夜が、まったく反応できなかった。凄まじい身体能力と身のこなしである。


 これがテンサウザンドの開拓者か! と戦慄し、思わず体の動きを止めてしまう狩夜。そんな狩夜の反応を見て、ランティスはサインを受け入れたとでも思ったのか、手にした筆を躊躇なく狩夜の上着へと近づけていく。


 ここで狩夜はようやく我に返り、慌てて口を動かした。


「ちょ、待ってください! それは僕の一張羅なんですぅ!」


「はっはっ! 遠慮することはないよ少年! 若人に夢と勇気を与えるのも、私たち先人の務めさ!」


「ダメです! 数少ない故郷の品なんです! お願いやめて! ほんとにダメぇ!」


 長袖のハーフジップシャツ。イスミンスールに持ち込むことができた、数少ない日本の品。そんな貴重な服に迫る最大の危機に、狩夜は心底震えあがった。


 そして、いよいよランティスの筆が、狩夜の上着に触れようとした、まさにそのとき――


「こら! 嫌がっているでしょう! 無理強いをするのはやめなさい!」


 と、力強い女性の怒鳴り声が周囲に響いた。それと同時に “ゴスッ!” という、なんとも痛そうな音がランティスの後頭部から発生する。

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