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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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005・名前 上

 グイグイ。


「あ、次はこっちね」


 頭上を占拠するマンドラゴラが「こっちにいったほうがいいよ~」と、右腕で髪を引っ張ったので、狩夜は進路を若干右に修正する。


 猪のような巨大四足獣の脅威が去った後、狩夜はマンドラゴラと共に深い森の中を彷徨っていた。進路を塞ぐ草や枝、突然襲い掛かってくるウサギモドキ、馬鹿でかい芋虫やカタツムリなどをマタギ鉈で屠りつつ、狩夜たちは森を進む。


「本当に、こっちに川があるんだね?」


 歩きながら尋ねると、マンドラゴラは「うん、あるよ~」と言いたげに、何度も頷いた。


 胸中で「ほんとかなぁ……」と呟きながらも、狩夜はマンドラゴラの示す進路に素直に従い、黙々と森の中を進む。


 当初マンドラゴラは、肩越しに「あっちあっち」と葉っぱや腕で進行方向を示していたのだが、面倒臭くなったのか、狩夜の頭上を腹這いの体勢で占拠。狩夜の髪を常に両腕に絡め、逐一進行方向を指示するようになった。


 タクシー代わりに使われている狩夜であったが、文句は言わない。他にあてもないし、マンドラゴラが自信満々ということもあるが、逆らって機嫌を損ねると後が怖いのだ。四足獣撃退のときにすでにわかっていたことだが、このマンドラゴラ、もの凄い化け物なのである。


 狩夜は、つい先程足を踏み入れた、ウサギモドキのコロニーでの一幕を思い返した。


 マンドラゴラの指示のもと、川を求めて森の中を歩いていた狩夜たちは、奇妙な場所に足を踏み入れる。


 そこには無数の穴が開いていた。木の下、岩と岩との隙間、そして地面。他にも、他にも――


 狩夜はただならぬ気配を感じ、マタギ鉈を構えた。そのときである。穴という穴からウサギモドキが飛び出し、一斉に襲い掛かってきたのだ。


 三十匹を超えるウサギモドキによる、全方位攻撃。


 野生の獣のコロニーに迂闊に踏み込んでしまったと後悔した時には、何もかもが遅かった。すでに逃げ道はどこにもない。


 狩夜は目を瞑り、歯を食いしばる。すぐに襲いくるであろう激痛に備えた。


 だが――


「あれ?」


 いつまでたっても痛みは襲ってこない。それどころか、体には何の異変も起こらない。


 不思議に思った狩夜は、恐る恐る目を開く。そして、すぐさま見開くこととなった。眼前に地獄絵図が広がっていたからである。


 狩夜の頭上、マンドラゴラの全身から、木の枝のような突起物が無数に伸び、ウサギモドキの群れを一網打尽にしていたのだ。


 モズの早贄の様な有様で絶命しているウサギモドキの群れ。それらウサギモドキを、マンドラゴラはまとめて口の中に放り込んだ。あの四足獣との一件で心境の変化でもあったのか、もう狩夜の視線などどこ吹く風である。


 そして、捕食を終えたマンドラゴラは「何してるの? 川にいくんでしょ?」と、茫然と立ち尽くす狩夜の頭をペシペシと叩くのだ。


 狩夜は、戦慄を覚えながらも足を動かし、ウサギモドキのコロニーを後にした。水を飲むために、喉を潤すために、足を動かす。今後のために川を探す。


 そして、その後は特筆するような事件もなく、森の中を歩き続け、今に至るというわけだ。


 四足獣のときといい、コロニーでの一幕といい、マンドラゴラの力は底が知れない。狩夜は、とにかくマンドラゴラの機嫌を損ねないよう、素直に指示に従った。


 まあ、理由はわからないが、マンドラゴラは狩夜に懐いているようだ。手荒に扱われたことは一度もなく、むしろ狩夜を守ってくれる。食べられそうな果実などを見つけると、蔓を伸ばして取ってくれたりもした。だが、だからといって安心はできない。狩夜の今後はマンドラゴラの気分しだいなのは事実であり、現実だ。警戒するに越したことはない。戦々恐々としながら、狩夜は歩を進める。


 それから二時間ほど歩き続け、日がだいぶ傾き、空が茜色に染まりはじめたころ――


「ん?」


 僅かだが、水の流れる音が狩夜の耳に届いた。


 目を瞑り、耳を澄ます。そして確信した。間違いない。川がすぐ近くにある。


 はやる気持ちを抑え、徐々に近づく水の音を頼りに、狩夜は足を動かした。あくまで歩いて川を目指す。


 ほどなくして森の終わりが見えた。そしてその先には、大きな川の姿が見て取れる。


「やった、川だ! ようやく見つけた!」


 歓喜の声を上げる狩夜。マンドラゴラも嬉しいのか「やったやった」と、狩夜の頭を両手でペシペシと叩く。


 川の発見、これには大きな意味がある。飲み水の確保という点もそうだが、この川の存在自体が、人の住む場所への道標になるからだ。


 人里というのは川の近くにできるもの。歴史がそれを証明している。この川に沿って山を下れば、人の住む場所に辿り着く公算が高い。もっともこれは、この世界に狩夜以外の人間がいればの話だが……


「わ、すごい」


 森を抜け、視界が開けると、丸い石が敷き詰められた、とても奇麗な川原が広がっていた。ゴミ一つ落ちていない。絶好のバーベキュースポットといった感じである。


 狩夜は川に近づき、その中に手を入れた。川の水の冷たさを感じながら、両手で水を掬い取る。


 奇麗な水だった。これなら大丈夫だろうと、狩夜は水に口をつける。そして――


「おいしい!!」


 思わず声を上げて、その水の味を賞賛した。そこらのミネラルウオーターとは格が違う。比べるのもおこがましいと思えるほどだ。体から疲れが抜け落ち、力が溢れ、魂が洗われるかのようである。


 狩夜は夢中になって、何度も何度もその水を口にした。


 何でこんなに美味しいのだろう? と、狩夜が首を捻っていると――


「ん? 何?」


 頭上のマンドラゴラが、右側の髪の毛を引っ張った。


 狩夜は「もう川には着いたでしょ?」と言いながら、右側に、川の上流の方に視線を向けた。向けて、度胆を抜かれた。


「何……あれ……?」


 川の上流、山の向こうに、巨大な木が――いや、そんなちゃちな言葉では言い表せないほどの大樹が、この大地を貫き、天高く聳えていたのである。


 手前の山が小さく見えるほどの大樹だ。現に、その大樹の回りを取り囲む山脈の標高は、大樹の三分の一もない。遠近感がおかしくなりそうな光景である。


 夕日を受け、茜色に染まったその大樹の姿は、雄々しく、壮大で、神々しかった。


 あまりの存在感に圧倒され、狩夜の視線は大樹に釘づけとなり、無言で立ち尽くしてしまう。


 そんなとき――


「うん?」


 マンドラゴラが狩夜の頭から飛び降り、川原へと降り立った。次いで、あの大樹を見つめる。


 その顔は真剣そのものだった。まるで、決意を新たにするかのような表情で、マンドラゴラは大樹を凝視している。


 狩夜は、そんなマンドラゴラの姿をなんとなく見つめていたのだが――


「っは! しまった! ぼーとしてる場合じゃない!」


 今しなければならないことを思い出し、慌てて体を動かした。日が暮れる前に、この川原で野営の準備をしなければならないのである。


 とにかく火だ。あの四足獣みたいな獣が生息する森の中で、火もなしに夜を越すなど自殺行為でしかない。


 狩夜はすぐさま手ごろな石を集め、かまどをつくる。そして、川原に転がっている乾いた流木を拾い集めた。次いで、百円ライターで火をつける。


 かまどに火が十分に回ったことを確認し、ほっと一息。

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