055・第二章プロローグ 終焉の足音
「やめて……お願いやめて……」
イスミンスールの中心で、彼女は涙を流しながら懇願していた。しかし、その懇願を向けた相手は彼女の言葉に耳を貸そうとしない。何かに取り憑かれたかのように口を動かし続け、一心不乱に彼女の体を食んでいる。
「やめて……正気に戻って……」
無駄と承知で彼女は懇願を続ける。数千年と続けた懇願。回数はとうに億を超え、兆に届きそうなほどに重ねたその言葉は、やはり今回も無視された。かつてはとても従順で、打てば響くように言葉を返してくれたのに、今では表情一つ動かさない。
「やめて……やめて……」
言葉すら忘れているやもしれない相手に、虚しく懇願を続ける彼女。自らの意思で動くことができず、力のほとんどを封じられてしまった彼女には、それしかできることがないのだ。
「やめて……これ以上はだめ……このままでは世界が滅んでしまう……」
ずっとずっと耐えてきた。一人でずっと耐えてきた。だが、それもそろそろ限界だ。彼女の命はまもなく尽きる。星の寿命からみれば瞬きにも満たない時間。たったそれだけの時間しか、もはや彼女には残されていなかった。
「痛い……痛い……」
ゆえに、彼女は願う。厄災に力を封じられる直前に、あの世界へと送り届けた最後の希望。その希望が無事芽吹き、力をつけ、その絶大なる力を振るうに相応しい者と共に、この世界に戻ってきてくれることを。
「早く……早く来て……」
その希望の名は――
「私の……勇者様……」