051・約束 上
「いやー、やっぱあそこでの俺の一発が効いたな!」
「はっは! また言ってるよこいつ」
「ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「めでたいのはわかるけど、ほどほどにしとけよー」
「主を倒したのは、皆の力――でしょ?」
「そうそう! 我らティールの民に栄光あれ!」
ヴェノムティック・クイーンを撃破し、ヴェノムマイト・スレイブの死滅を確認した後、ティールの村はお祭り騒ぎとなっていた。朝に届いたばかりの物資を一日で使い切る勢いで、村民たちは料理を口にし、勝利の美酒に酔う。
ヴェノムマイト・スレイブは、ヴェノムティック・クイーンの死後灰となって崩れ落ち、死骸も残さず消滅した。その灰に対してタミーが〔鑑定〕スキルを使ったところ、鑑定結果はただの灰。毒性も検出されず、人体にも影響はないだろうとのこと。
ティールを人知れず占拠し、奇病を蔓延させたヴェノムマイト・スレイブも、かつてティールを襲い甚大な被害を出した主、ヴェノムティック・クイーンももういない。ティールの村民は、ここしばらく忘れていた安堵感を全身で感じていた。自然と顔がほころび、声が弾む。
「あれ? そういえばカリヤ君とレイラ様は?」
「え? さっきまでそこに……」
「いないぞ?」
「どちらへ行かれたのでしょう?」
お祭り騒ぎのティールの村、そのどこにも狩夜とレイラの姿がないことに村民たちが気がついた。多くの村民が顔を左右に振り、狩夜たちを探す。
「カリヤ君どこ~。一緒にお酒飲も~」
「子供に酒を勧めんなよ……」
「トイレじゃね?」
「そのうち戻ってくるだろ」
「ん~……そだね。さてと、お酒お酒!」
狩夜もレイラも見つからなかったが、酒に酔った村民たちはさして気にせず宴会に戻っていった。飲み、歌い、踊り、勝利を祝う。宴会は主役を欠いてもなお盛り上がり続け、村民たちはティールの復興と繁栄を共に願い、誓い合った。
○
ティールでの宴会、その盛り上がりがビークに達しようとしている頃、狩夜とレイラは――
「こっちでいいんだね、レイラ? ヴェノムティック・クイーンの番がいる方向は」
「……(コクコク)」
ティールの村の外、つまりは森の中にいた。
すっかり定番となった場所、頭の上にレイラを乗せながら、狩夜は森の奥へ奥へと歩みを進める。その目的はヴェノムティック・クイーンの番、つまりはヴェノムティック・キングとでもいうべき魔物の捜索と討伐であった。
ヴェノムティック・クイーンは最初の襲撃の時、メラドの体内に寄生型の下位個体、もしくは卵を体内に植えつけている。つまり《《繁殖》》をしている。単為生殖が可能という線もあるが、番がいる可能性が極めて高い。
ヴェノムティック・スレイブのときと同じ失敗はしない。狩夜は決意を新たにし、足の動きを速めた。
ヴェノムティック・クイーンを倒したことでスレイブたちは全滅し、ティールの村は救われた。だが、まだ後始末が残っている。ヴェノムティック・キングをなんとしても見つけ出し、撃破しなければならない。
「でも、もう一度あれをやるのは勘弁だ……」
狩夜は小声で泣き言を漏らしつつ、小さく溜息を吐く。
イルティナやメナド、ザッツにガエタノ、そして、ティールの村民たちの心と誇りを守るため、狩夜は皆の力でヴェノムティック・クイーンを倒した。レイラに指示を一つ飛ばすだけで勝負がついたにもかかわらず、あえて辛勝の道を選んだ。
この選択は正解だったし、後悔もしていない――と、狩夜は思う。力を合わせて強大な主を打ち破り、ティールの村民たちは結束をより強固にし、心と誇りを取り戻した。ティールの村はこれから加速度的に発展していくことだろう。
ただ、ヴェノムティック・キングを相手に、もう一度これをやるのは――正直、御免である。
一度目はうまくいった。だが、二度目もそうなるとは限らない。ティールの村民たちを騙しているようで気が引けるし、演説めいた声を上げて他者を扇動するなどという行為は、狩夜のキャラではないのだ。
ゆえに、狩夜はレイラだけを連れて村を出たのである。ヴェノムティック・キングがティールを襲い、村の中での戦闘になれば、否応なくヴェノムティック・クイーンとの戦いをなぞらなければならない。人目につかない森の中で、ティールの村民に気取られる前に、確実にことを終える必要があった。
「レイラ。ヴェノムティック・キングを見つけたら、躊躇せずにガンガン攻撃していいからね。ティールの皆が心配するといけないから、なるべく早く終わらせよう」
狩夜が視線を上に向けながらこう言うと、レイラはコクコクと頷いた。次いで右腕を進行方向へと突き出し、蔓を三本出現させる。そして、その蔓を高速で伸ばし始めた。
レイラの突然の行動に狩夜は目を見開き、慌てて蔓の動きを目で追った。高速で伸びる三本の蔓は、森の大木たちを蛇のような動きでかわしつつ伸び続け、森の奥地へと消えていく。蔓の先端が狩夜の視界から消えるまでに要した時間は、一秒にも満たない。
「え?」
呆気にとられた狩夜がこう声を漏らした直後、卵の殻に割り箸を突き立てたかのような音が森の中に連続で響き渡った。レイラは「よし、仕留めた」とでも言いたげな顔で一度頷くと、蔓の回収を始める。
伸びたときと大差ない速度で縮み、三本の蔓はレイラの体の中にみるみる納まっていく。そして、再び狩夜の視界に入った蔓の先端には、つい先ほど仕留めたばかりの獲物が串刺しにされていた。
それは、巨大なダニ。ヴェノムティック・クイーンより一回り小さいが、それでも見上げるほどの巨体を持つ蟲の魔物。ヴェノムティック・キングである。
ヴェノムティック・キングは既に息絶えていた。レイラから伸びた三本の蔓は、狩夜は場所も知らない急所を的確に貫き、断末魔の悲鳴を上げることすら許さず、獲物を即死させたらしい。
レイラはヴェノムティック・キングの死骸を見つめながら嬉し気に微笑むと、頭上から肉食花を出現させ、丸ごと中に放りこむ。
鋼の刃すら防いで見せた強固な外骨格を容易に噛み砕き、レイラはヴェノムティック・キングを磨り潰して、体内に取り込んでいった。
相方の豪快な食事風景を見つめながら、狩夜はこう口を動かす。
「……そりゃさ、レイラなら楽勝だと思ったよ。勝負は一瞬で終わるとも思ったさ……でも……でも……」
狩夜はここで言葉を区切り、息を大きく吸い込んだ。次いで叫ぶ。
「ホントに一瞬で終わるのかよぉおぉおぉ!!」
戦いにすらなっていなかった。絶対的強者による一方的な捕食であった。あの苦労はなんだったんだ。なんか納得いかない――と、狩夜は相方への、そして、不公平な世界への不満を爆発させる。
そんな狩夜の背後で、突然草木が揺れる音がして――
「カリヤ様……今のは……」
という、なんとも聞き覚えのある声がした。間違いない、メナドの声である。