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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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004・見知らぬ森 下

 狩夜が右に跳んだ直後、広場に飛び込んでくる黒い影。


 それは、猪によく似た四足獣であった。


 姿形は猪に酷似しているが、とにかく大きい。体高は二メートルを軽く超え、体長は五メートル近いだろう。毛色は黒で、口からは四本の巨大な牙が生えている。


 そのダンプカーみたいな四足獣は、飛び退いた狩夜と、項垂れるマンドラゴラの間をけたたましい足音と共に駆け抜け、狩夜が仕留めたウサギモドキの死体に食らいつく。次の瞬間、ウサギモドキの頭蓋骨が噛み砕かれる生々しい音が、狩夜の耳に届いた。


 狩夜の眼前で、ウサギモドキが四足獣の口の中で磨り潰されていく。骨も、内臓も、お構いなしだ。


 獲物を横取りされてしまったが、腹を立てている場合じゃない。この四足獣は、先ほどのウサギモドキとは違う。マタギ鉈一本でかなう相手ではない。これを狩るとしたら、しかるべき準備と、強力な武器が必要だ。


 逃げるしかない。


 狩夜は、ウサギモドキの肉に夢中になっている四足獣に背を向け、駆け出した。そんな狩夜の背中に、マンドラゴラが跳びついてくる。


「なに勝手に人の背中乗ってんだごらぁ!」


 肩越しに背中を覗き込みながら、ドスを利かせた声で狩夜は怒鳴った。だが、マンドラゴラは素知らぬ顔で狩夜の背中にへばりついてくる。


「まったくもう!」


 こいつの相手をしている場合ではない――と、狩夜は視線を前に戻し、背中の重みは無視して、少しでも四足獣から離れるべく、森の中を駆け抜ける。


 しかし――


「やっば……」


 あの四足獣の足音と、木々をへし折る鈍い音が背後から聞こえてきた。しかも徐々に近づいてくる。走る方向を変えても無駄だった


 どうやらあの四足獣は、狩夜に狙いを定めたらしい。ウサギモドキはすでに奴の腹の中だろう。


 日本に生息する猪は、警戒心が強く、草食に非常に偏った雑食性の生き物だ。だから、こんな風に他の動物を狩るようなことはまずない。だが、狩夜を追いかけている四足獣はまるで逆。獰猛な気性で、肉食に偏った雑食性のように思われた。日常的に狩をしているに違いない。


 立派な幹をした木を盾にするべく、木と木の間を縫うように走ってもみたが、これも無駄。四足獣との距離はまるで広がらない。


 このままでは追いつかれる。そう狩夜が思った瞬間――


「――っ!?」


 狩夜の背後で、大きな衝突音と、メキメキという鈍い音が聞こえた。次いで、頭上から凄まじい圧迫感が迫ってくる。


 即座に視線を上に向ける狩夜。すると、幹の直径が一メートルはある大径木が自身に向かって倒れてくるという、悪夢のような光景が目に飛び込んできた。


「嘘でしょぉおぉ!?」


 狩夜は即座に左に跳んだ。倒れてくる幹の外側へと、どうにか体を躍らせる。


 狩夜のすぐ横で、大径木がその身を横たえた。へたり込みながらもどうにか大径木をかわした狩夜は、へし折られた大径木の根本に佇む、漆黒の四足獣の姿を目視する。


 あの四足獣は、狩夜の足を止めるためにわざと大径木に体当たりをして、力任せに圧し折ったのだろう。


 なんという馬鹿力だ。そして、現状は正真正銘の大ピンチ。まさしく絶体絶命である。


 狩夜のことを睨みつけながら、四足獣は前足で地面をかいた。次いで「ブモォオォォオォ!」と雄叫びを上げ、狩夜に向かって突進してくる。


 地面にへたり込んでいる狩夜に打つ手はない。あの四足獣の牙に貫かれて、それで終わりだ。


「ん?」


 ――いや、待て。思考を止めるな。打つ手がない? 本当にそうだろうか? 僕は、何かを忘れてないか?


「そうだ!」


 狩夜はとっさに鉈を捨て、背中へと右手を伸ばした。次いで、自身の背中にへばりつく、マンドラゴラの頭部を鷲掴む。


 目を見開いてぎょっとするマンドラゴラを無視し、狩夜は右腕を大きく振りかぶった。そして――


「ほら、餌だぞー!!」


 そう言い放ちながら、迫りくる四足獣めがけ、マンドラゴラを投げつける。


 実在するマンドラゴラの根には、幻覚、幻聴を伴い、時には死に至る神経毒が含まれているという。伝説上のマンドラゴラにその特性があるかどうかは不明だが、何かしらの毒性を持っている可能性はある。


 これは賭けだ。あの四足獣がマンドラゴラを口にして、中毒を起こすという、非常に小さい、奇跡ともいえる可能性に賭けた、分の悪い賭け。


 だが、どうやら賭けの第一段階は成功しそうであった。


 四足獣は、マンドラゴラを食料としか見ていない。涎を撒き散らしながら口を大きく開け、マンドラゴラの体を噛み砕こうとしている。


 狩夜は、一度捨てたマタギ鉈の柄を再び手に取った。


 マンドラゴラが食われた後、四足獣の身に何かしらの異変が起きた時がチャンス。


 のど元をかき切ってくれる! と、狩夜が歯を食いしばり、マタギ鉈を強く握り締めた――その時。


「へ?」


 四足獣の体から、頭部が消えた。


 マンドラゴラの頭、二枚ある大きな葉っぱの付け根から、ハエトリグサとバラを足して二で割ったみたいな巨大な花が現れ、その花が、四足獣の頭部を一瞬で食いちぎったのである。


 頭部がなくなったというのに、四足獣の体は前進を続けた。だが、その進路は狩夜から大きく外れ、とある木に衝突する。


 四足獣は、木の根元に力なく横たわり、それっきり動かなくなった。


 絶命し、ピクリともしない四足獣。そんな四足獣の胴体に向けて、着地したマンドラゴラが右腕を突き出した。すると、その右腕から一本の蔓が伸び、四足獣のダンプカーみたいな胴体を軽々と持ち上げる。


 持ち上げられた四足獣の胴体は、マンドラゴラの頭上にまで運ばれ、肉食花の中に放りこまれた。直後、四足獣の胴体が肉食花に咀嚼される生々しい音と、濃密な血のにおいが、森の一角を支配する。


 狩夜は、唖然とした面持ちでその光景を見つめていた。


 見つめていることしか、できなかった。


 ほどなくして、マンドラゴラの捕食が終わる。


 マンドラゴラは、禍々しくも美しい肉食花を頭の中に引っ込めると、たどたどしい足取りで狩夜のもとへと帰ってきた。自身の何十倍もある生物をその身に取り込んだというのに、その体には一切変化が見られない。


 ある程度狩夜に近づくと、マンドラゴラは満面の笑顔で狩夜の胸元に飛び込んできた。次いで、狩夜を上目づかいに見つめながら、視線だけでこう告げるのである。


 「美味しいご飯をありがとう」そして「生肉を食べる私を受け入れてありがとう」と。


 狩夜は思わず頭を抱えそうになった。そして思う。


 ――違う。僕は四足獣をお前の餌にしたんじゃない。お前を四足獣の餌にしようとしたんだ。


 だが、その勘違いを指摘する勇気は狩夜にはなかった。マンドラゴラの機嫌を損ねた瞬間、先程の四足獣と同じように、狩夜自身が食い殺されてしまうかもしれない。そう思うと、怖くて何も言えなかった。


 狩夜は生唾を飲み下しながら苦笑いを浮かべ、胸の中にいるマンドラゴラの頭を撫でる。すると、マンドラゴラはうっとりと目を細め、狩夜の手にされるがままだ。


 狩夜は天を仰いだ。次いで思う。


 ――僕は、これからいったいどうなるのだろう? そして、ここはいったいどこなのだろう?


 マンドラゴラの頭を撫でながら、狩夜は不安だらけの未来に思いを馳せた。

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