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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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048・楽勝 or 辛勝 下

「グギ……ギャあぁァァあアァァア!!」


 ヴェノムティック・クイーンが突然身悶え、絶叫を上げた。尋常ではない苦しみようである。


「ザッツ!?」


「あいつ、いつの間においらの聖水を!?」


 ヴェノムティック・クイーンの後方から、ガエタノとサポーターの声が上がる。その声から察するに、サポーターが携帯していた聖水入りの瓢箪をザッツが奪い、ヴェノムティック・クイーンの体目掛け投げつけたようだ。


 すべての魔物の弱点であるマナ。そのマナが多量に溶けた聖水をまともに浴び、魂が浄化されるという地獄の苦しみが、ヴェノムティック・クイーンに襲いかかる。


「や、やった! うまくいった!」


 歓喜の声を上げるザッツ。すると、ヴェノムティック・クイーンが動いた。怒りの声を上げながら、背後にいるザッツへと向き直ろうとする。


「ヨクも……よくモやってクレたな! 人間ノ子供ぉオォォ!」


 激昂し、狩夜からザッツへと攻撃目標を変更するヴェノムティック・クイーン。その事実に狩夜は慌てた。とにかく敵の気を引こうと、聖水を浴びたことで黒い煙を上げ続けるヴェノムティック・クイーンの体を、無駄と知りつつ切り付ける。


 すると――


 ザシュ!!


「あれ?」


 狩夜のマタギ鉈は、ヴェノムティック・クイーンの外骨格をあっさりと貫き、奇麗に振り抜かれた。新たにできた傷口に聖水が入り込み、ヴェノムティック・クイーンが再度悶絶する。


「ぐゥあぁアァ!! き、貴様ァあ!」


 狩夜を無視してザッツを狙うのは無理と判断したのか、ターゲットを再び狩夜に戻すヴェノムティック・クイーン。そんな中、狩夜はガエタノに向けて声を発した。


「今のうちにザッツ君を!!」


「わかりました!」


 返事はすぐに返ってきた。そして、ヴェノムティック・クイーンの巨体の向こう側から、このような会話が聞こえてくる。


「カリヤ殿が時間を稼いでくれてるうちに逃げるぞザッツ! 私と一緒に泉に飛び込むんだ!」


「嫌だ! 俺は逃げないぞ! この手で父ちゃんと母ちゃんの仇を討つんだ!」


「無理を言ってカリヤ殿を困らせるんじゃない! お前のような子供にいったい何ができる!」


「できるできないの問題じゃない! やるかやらないかだ! 村の英雄はあいつでいいよ! でも、これだけは譲れないんだ! 父ちゃんと母ちゃんの仇をこの手で討たない限り、俺は後にも先にも進めない! そんなの死んでいるのと変わらないじゃないか!」


 戦場で互いの想いをぶつけ合うザッツとガエタノ。狩夜はそんな二人の言葉を聞きながらも、先ほどの現象を検証するため、腰に下げている聖水入りの瓢箪へと手を伸ばした。


 蓋を開け、目の前のヴェノムティック・クイーンに投げつける。次いで、聖水を浴びたことで黒い煙を上げる体目掛け、マタギ鉈を振り抜いた。


「グギぃい!」


 マタギ鉈は今回も外骨格を貫き、ヴェノムティック・クイーンの体を傷つけることに成功する。そして、かけたばかりの聖水が傷口に殺到し、化膿するかのごとく傷口を広げていった。


 ヴェノムティック・クイーンは、苦し紛れに狩夜に攻撃を仕掛けたが、レイラによって防がれる。そんな中、狩夜は水鉄砲を構え、次いで放水。そして、水で濡れた部分をマタギ鉈で切りつけた。


 結果は上々。聖水と違って傷口を広げるようなことはなかったが、狩夜の力でも外骨格を貫き、ダメージを与えることに成功した。


「水を使えば、僕でもダメージを与えられる?」


 検証結果を確かめるように狩夜は呟いた。そしてこれは、努力と工夫次第で、狩夜の力でもヴェノムティック・クイーンを打倒できるということに他ならない。


「……でも、今更だな」


 そう今更だ。今更こんなことがわかってなんになる。努力? 工夫? そんなものは必要ない。レイラがいるのだ。圧倒的力があるのだ。ただ一声かければすべてが終わる。


 楽勝だ。それの何がいけない。それでティールは救われる。皆が皆救われる。平和になるのだからそれでいいじゃないか。誰も狩夜を責めはしない。誰もが狩夜に感謝し、褒め称えてくれるに違いない。


 弱いんだから仕方ない。特別な力を頼ってもいいじゃないか。狩夜は普通の人間なんだ。凡人には凡人に相応しい生き方、処世術というものが――


『だから……だから俺は……開拓者を目指すのをやめたんだ……だって俺……何も持ってないもん……凡人だもん……お前みたいに……特別じゃない……何も持ってない奴が頑張っても……努力しても無駄なんだ……』


 ズキリ!!


 胸が――痛む。それと同時に、レイラの名前を呼びかけた口の動きが再び止まった。


『あの主が弟と義妹いもうとの仇だとわかった今、自らの無力をこれほど呪ったことはありません。あの主はザッツだけでなく、私の仇でもあるというのに……』


『くそ、やはりだめか……私の力では、このティールを救うことも、友の仇を討つこともできんのか……』


『姉さん……すみません。弱い私を、姫様の力になれない私を許してください……』


『絶対、父ちゃんと母ちゃんの仇を討ってやる!!』


 次々に思い起こされる、このティールで知り合った人々の言葉。そして、思い起こすたびに胸が痛んだ。まるで、安易に楽な道へ進もうとする狩夜を戒めるかのように。


 痛みに促され、狩夜は考えた。レイラの力に頼って、戦いが楽勝で終わって、皆が皆救われる。本当にそうだろうか――と。


 ほどなくして結論は出た。狩夜は顔を左右に振り、こう口を動かす。


「いや……ダメだ。これじゃ救われないものがある……」


 冷静に考えて気がついた。楽勝では救われないものが――ある。確かにある。


 レイラの力に頼って楽勝で終わったら、ガエタノも、イルティナも、メナドも、ザッツも救われない。家族の、友の仇を自ら討ちたいという彼らの願いは永遠にかなわず、死ぬまで無力感に苛まれるだろう。


 だからダメだ。この道は選べない。楽勝では、人の心と誇りまでは救えない。


 ゆえに、狩夜は別の道を選んだ。辛く、苦しくても、より多くを救えるかもしれない辛勝の道を。


「力を貸してください!」


 突然紡がれた狩夜の言葉に、ザッツが、ガエタノが、イルティナが、メナドが、ティールの村民全員が目をむいた。狩夜はなおも言葉を続け、この場にいるすべての人間に懇願し、訴える。


「レイラは防御で精一杯! 僕の攻撃も効きません! 僕たちだけの力じゃ、この主には絶対に勝てない! 皆さんの協力が必要です!」


 狩夜がこう言うと、頭上のレイラが「え? 私全然余裕だよ?」と言いたげな顔で狩夜を見下ろしてきた。だが、狩夜はそれを無視し、こう言葉を続ける。


「剣や槍を手に取り、共に戦えとは言いません! 主の間合いの外、安全なところから水鉄砲で僕たちを援護してください! それで主の防御は崩れます! 非力な僕でもダメージを与えられるんです!」


 この言葉に村民たちが息を飲み、ざわつき始めた。ここでもう一押しだと、狩夜は再度声を上げる。


「皆さんの援護があれば、僕は必ず勝ってみせます! だから……だからどうか、僕に力を貸してください! みんなの力で主を倒し、村の英雄の仇を共に討ちましょう!」


 ここで狩夜は口の動きを止めた。瞬間、ティールに静寂が訪れる。イルティナも、メナドも、ガエタノも、ザッツも、ヴェノムティック・クイーンすらも押し黙り、動きを止める。


 静寂がティールを支配する中、狩夜は胸中で「頼む、届いてくれ!」と必死になって願った。


 その、直後――


『うおおぉぉぉおおおおぉぉ!!』


 というティールの村民たちの雄叫びが上がる。そして、村民たちは水鉄砲を手にしながら泉から飛び出し、思い思いの声を上げて自身と仲間を鼓舞していった。


「やってやる! ここは俺たちの村だ! 俺たちの力で守るんだ!」


「カリヤ殿を助けるぞ!」

 

「ガルーノとメラドの仇討ちだ!」


「隊列は要らん! とにかく撃て! 撃って撃って撃ちまくれ!」


「恐れるな! カリヤ殿とレイラ様を信じろ! 主の攻撃が私たちに届くことはない!」


「男どもに遅れんじゃないよ! あたしたちも戦うんだ!」


「そうよ! 私たちだってぇ!」


 村民全員が戦う決意をしてくれた。英雄の仇を討つのだと、この村を守るのだと、水鉄砲という武器を手に強大な敵に立ち向かう。


 狩夜は泣きそうになりながら笑った。そして、こう決意を新たにする。この道を選んだ以上、もう誰一人死なせない。傷つけさせない――と。


 より多くを救いたいというのは狩夜のわがままだ。そんなわがままで誰かを死なせてしまったら、狩夜は自分を許せそうにない。永遠に後悔するに決まってる。


 だから、狩夜は誰よりも前に出る。レイラと共にヴェノムティック・クイーンの前に立ち、命を刈り取るその時まで、腕と足を動かし続けなければならない。


「ごめん、レイラ。馬鹿で身のほど知らずな僕につき合ってくれ……」


 相談ひとつせず、自らのわがままを押しつけることになってしまったレイラに、狩夜は謝罪すると同時に懇願した。すると、レイラはペシペシと狩夜の頭を叩き「気にしないでいいよ~」と言いたげな顔を向けてくる。そんな彼女の優しさに、狩夜は思わず泣きそうになってしまった。


「ありがとう……それじゃ、いこうかレイラ!」


 気合を入れ直すべく狩夜は叫ぶ。そして、ヴェノムティック・クイーン目掛け駆け出した。


 人の命だけでなく、心や誇りまでも救いたいなどという、凡人には分不相応な願いを叶えるために、狩夜はマタギ鉈を握り直した。

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