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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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044・心弱き者の最後 下

「――っ!?」


魔物が〔ユグドラシル言語〕スキルによって発声したものだと経験則から判断したジルは、即座に鉄の剣を抜き放ち、戦闘態勢を整える。他のパーティメンバーも、ジルと同じように身構えた。


 油断なく周囲を警戒しながら声の出どころを探るジル。一方、片言の言葉はその頻度と声量を増しながら、徐々にジルたちに近づいてきた。


「気づカレた……残念ダ……今回ノ実験は失敗ダ……だガ、まアいい。次、次だ。こノ失敗ヲ次に生かシ、新たナ狩場デ、もっとうまクやれバいい……」


「こ、この気配は……まさか!?」


 強大な気配がすぐ近くにまで迫っていることを持ち前の危機感知能力で察知し、ジルが顔を歪めながら呻く。そして、その直後――


「だガその前ニ、私の実験ニ、子供たちノ存在ニ気がついタ者どもト、私たちノ毒に犯さレタ者を癒す術を知ル者を、皆殺しニしなければなぁあァぁあぁ!!」


 体高おおよそ二メートル。体長にいたっては四メートルはありそうな巨大なダニ型の魔物が、森の木々を圧し折りつつ、ジルたちの前にその姿を現した。


 ジルたち『虹色の栄光』にとっては二度目の遭遇。かつて拠点としていたティールを襲い、強固な防護柵と民家二つを全壊させた、超大型の蟲の魔物。ヴェノムティック・スレイブと、ヴェノムマイト・スレイブの元締めにして生みの親。すなわち、ヴェノムティック・クイーンとでも言うべき、強大な主の登場である。


「ひぃ! ひぃいぃいい!!」


 強大かつ醜悪な主を前にして、引き攣った声で悲鳴をあげるジル。そんな彼が胸中で抱いた感想は、前回とまったく同じものであった。


 こんな化け物に勝てるわけがない。すぐに逃げよう。そうしよう。


「ぜ、全員、全速離脱! 水辺に向かって全力で――」


「見つ……けた……見つけた! 見つけたぞぉ!」


 ジルの「逃げろ」という言葉をかき消して、ザッツが叫んだ。次いでガーガーの背中から飛び降りようとして、それを止めようとしたサポーターに後ろから羽交い締めにされる。


「ちょ、ちょっと!? 君は何をする気だよ!?」


「離せ! 目の前に仇がいるんだ! あいつが俺の父ちゃんと母ちゃんを殺して、ティールの村をめちゃくちゃにしやがったんだ! 許さねぇ! 絶対に殺してやる!」


「落ち着けって! 君みたいな子供があんな化け物相手に何ができる! 暴れるな、こら!」


 拘束を振りほどこうとガーガーの上で暴れるザッツと、ザッツを宥めながら動きを封じるサポーター。そんな二人を尻目に、ジルはザッツの発言からとある考えに至り、こう口を動かした。


「……そうだ、こいつだ。こいつがティールに下位個体を送り込み、奇病を萬栄させたんだ。そして、こいつを倒しさえすれば下位個体は死滅し、ティールは救われるかもしれない……」


 本能が「逃げろ! 今すぐ逃げろ!」と警告しているにも拘らず、ジルは真っ直ぐにヴェノムティック・クイーンを見つめた。そして、鉄の剣を両手で握り締めながら、こう言葉を続ける。


「こいつを倒してティールを救えば、ティナは――いや、皆が私を見直すはずだ!」


 自身を鼓舞するかのように叫んだ後、ジルは視線を下に向けた。目に映るのは、尊敬する父から譲り受けた金属装備。多くの開拓者の憧れにして、強者の証。


 次にジルは、ウルズ王国戦士団・団長の息子として積み重ねてきた厳しい訓練を思い出す。それと同時に英雄である父の顔、そして、婚約者であったティナの顔を思い浮かべた。


「私は……私は逃げない! やってやる、やってやるぞ!」

 

 決死の覚悟と共に、ジルは叫んだ。


 ここで勝ちさえすれば、全てがうまくいく――と、生まれて初めて勇気を出し、格上の相手と逃げずに戦うことを選択するジル。そして、決意と共に左手を動かし、ガーガーの体を叩いた。そして、パートナーとサポーターにこう指示を飛ばす。


「お前たちは先にティールに戻れ! ザッツ少年を必ず無事に送り届けるんだぞ!」


 ガーガーとサポーターは、らしくないジルの様子に僅かに逡巡したが、ほどなくしてジルの指示通りティールに向かって駆け出した。ザッツは最後まで仇討ちに拘って「離せ、離せ」と喚いていたが、ソウルポイントで強化されたサポーターの拘束を振りほどくことができず、そのまま連行されていく。


「待テ! 人間ノ子供! 逃がサンゾ!」


 ガーガーの背に乗って離れていくザッツを見つめながら、怒声を上げるヴェノムティック・クイーン。八本ある足を一斉に動かして、即座にザッツたちの後を追う。


 そんなヴェノムティック・クイーンの前に、剣を構えたジルが飛び出した。


「お前の相手は私だ! ジル・ジャンルオン、参る!」


「若に続け! 主を倒して名を上げろ!」


「はい! 私だって、やってみせる!」


 ファイターはジルの後に続き、アーチャーは前衛二人を援護しようと矢をつがえて弓を引く。そんな中、ジルは鉄の剣を大上段に構え、最近習得したばかりの〔長剣〕スキルを発動させつつ、渾身の力でヴェノムティック・クイーン目掛けて振り下ろした。


「くらえぇえぇ!!」


 ジルが振り下ろした鉄の剣は、真っ直ぐにヴェノムティック・クイーンへと向かい、鎧のように分厚い外骨格を貫いて、体内へと埋没する。次の瞬間、ヴェノムティック・クイーンの体液が傷口から噴き出し、周囲へと飛び散った。


「や、やった!」


 確かな手ごたえを両手に感じ、喜びの声を上げるジル。金属装備と〔長剣〕スキルを用いたジルの攻撃は、けして小さくない傷をヴェノムティック・クイーンに刻むことに成功した。


 だが、その直後――


「邪魔ダァあァァァ!!」


 傷も、埋没したままの剣も無視して、ヴェノムティック・クイーンが右前足を振るい、ジルとファイターの胴体を横薙ぎにする。すると、両者の胴体は一瞬で引き裂かれ、上半身が宙を舞った。


 全身に纏ったプレートメイルなど、何の意味もなさなかった。ヴェノムティック・クイーンの前足は、鉄の鎧を紙のように引き裂き、サウザンドの開拓者だろうがなんだろうが、一撃で致命傷を与えるほどの力を秘めていたのである。


 主。その名に恥じない圧倒的な攻撃力であった。


「あ……」


 目の前で仲間の上半身が吹き飛ぶという光景を目の当たりにし、思わず硬直してしまうアーチャー。ヴェノムティック・クイーンは、そんなアーチャーをまるでいないかのように扱って直進し、そのまま跳ね飛ばす。


 ヴェノムティック・クイーンの突撃をまともに受けたアーチャーは、子供に放り投げられた人形のように後方に吹き飛び、どこぞへと消えていった。


 ジルとファイターの上半身が、ようやく地面へと落下し、二転三転してからその動きを止める。だが、ヴェノムティック・クイーンはそれらを一瞥すらせずに、ザッツの後を追って、森の中を驀進していった。


「……ティ……ナ……」


 消えゆく意識の中で、最後にこう呟くジル。そして、それっきり動かなくなった。生まれて初めて勇気を出し、本能に逆らった結果は、あまりにも無残なものとなり、彼の生涯は終わりを告げる。


 ウルズ王国戦士団・団長の息子にして、“七色の剣士”の二つ名を持つ開拓者、ジル・ジャンルオン。ヴェノムティック・クイーンの前に散る。

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