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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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043・心弱き者の最後 中

「どこだ! 出てこい!」


 周囲を見回しながら大声で叫ぶザッツ。しかし、ヴェノムティック・スレイブは見当たらず、当然返事をしたりもしない。


 ヴェノムティック・スレイブの後を追って森の中に入ったものの、ザッツはその姿を完全に見失っていた。


 小柄で、敏捷性に優れるダニ型の魔物、ヴェノムティック・スレイブ。見通しの悪い森の中で一度でも見失ってしまえば、再発見は開拓者であろうと困難を極める。一般人であるザッツでは、もはや不可能といっても過言ではない。


「くそ! 父ちゃんの仇め! 絶対、絶対殺してやる!」


 だが、ザッツは諦めなかった。怒りを力に変えて体を動かし、憎しみに濁った目を周囲に巡らせる。父の形見である黒曜石のナイフを握り締め、必死になってヴェノムティック・スレイブの姿を探した。


 怒りと憎しみ。それらは人を最も強く、能動的にする感情である。ザッツはその恩恵をフル活用して、親の仇を探し続けた。しかし、だからこそ見つからない。気づかない。自分自身の姿を上から観察する、憎き仇の存在に。


「ギギィ」


 森の中に乱立する大木。ヴェノムティック・スレイブは、その大木たちを次々に飛び移り、上からザッツを見下ろしていた。そして、その体に跳びつき、一噛みで絶命させる絶好の機会を、今か今かと待っている。


 その邪悪な視線にザッツはまったく気づいていない。追う側と追われる側がいつの間にか入れ替わり、自身の頭上に親の仇がいるなどとは思いもしない。


 怒りと憎しみは、確かに人を最も強くする。だが、同時に人の思考を単調化させ、視野を著しく狭めもする。普段は難なくできることができなくなり、自身の足元が疎かになるほどに。


「あ!?」


 とある大木の根に足を取られ、転倒してしまうザッツ。地面の上にうつ伏せに転がり、無防備な背中をヴェノムティック・スレイブに晒してしまう。


 瞬間、ヴェノムティック・スレイブは大木の幹を蹴り、ザッツ目掛けて飛び掛かる。転倒しているザッツは、その奇襲を避けるどころか、気づいてさえいなかった。


 立ち上がろうと体を動かすザッツ。その首に食いつこうと、顎を大きく開くヴェノムティック・スレイブ。そして――


「っし!」


 そんなヴェノムティック・スレイブを横から狙撃する、木の民の女アーチャー。


「ギキィ!?」


 横からの突然の狙撃。羽を持たず、空中に身を躍らせたヴェノムティック・スレイブに、それを避ける術はない。飛来した矢に体を貫かれ、ザッツが足を取られた大木に磔にされた。


「ふう、危機一髪」


 ヴェノムティック・スレイブの奇襲を防ぎ、ザッツの危機を救ったアーチャーが安堵の息を吐いた。そして――


「でかしたぞ! とあぁ!」


 磔にされたヴェノムティック・スレイブ目掛け、木の民のファイターが突撃し、一切の躊躇なく石斧を振り下ろした。ヴェノムティック・スレイブは刺さった矢共々叩き潰され、右半身がグシャグシャとなる。


 満身創痍のヴェノムティック・スレイブであったが、それでも生きることを諦めずに動き回った。残った左半身を器用に動かして地面を這い、ファイターから逃げようと必死に距離を取る。しかし、それは無駄な抵抗であった。ヴェノムティック・スレイブが逃げた先には、鉄の剣を抜いたジルが待ち構えており――


「はぁ!」


 間合いに入るなり気合と共に一閃。ヴェノムティック・スレイブの体を、一刀のもとに両断する。


 熟練の開拓者パーティによる実に見事な連携。ジル率いるパーティ『虹色の栄光』は、危なげなくヴェノムティック・スレイブを撃破し、ザッツを助けることに成功した。


「あ……う……」


 あっという間のできごとであった。上半身を起こしたザッツは、体を両断され、半身を潰されたにもかかわらず、ピクピクと動き続けるヴェノムティック・スレイブを見つめながら、ただただ茫然としていた。


 そんなザッツに、剣を鞘に収めたジルが笑顔で声をかける。


「少年、大丈夫かい?」


「……」


 ザッツはその問いに答えなかった。ゆっくりと立ち上がると、黒曜石のナイフを握り締めながらヴェノムティック・スレイブに近づき――


「う、うわぁあぁぁぁあ!」


 絶叫と共に飛び掛かった。そして、黒曜石のナイフを両手で持ち、瀕死のヴェノムティック・スレイブをめった刺しにする。


「よくも! よくも俺の父ちゃんと母ちゃんを!」


 ヴェノムティック・スレイブが完全に動かなくなった後も、ひたすらに両腕を動かし、黒曜石のナイフで刺し続けるザッツ。女アーチャーが止めようとしたが、ファイターに諫められた。ジルもさすがに空気を呼んだのか、ザッツを止めようとはせず、自由にさせる。


「はぁ……はぁ……」


 ほどなくして、ザッツは両腕の動きを止め地面にへたり込んだ。すでにヴェノムティック・スレイブは原型を留めておらず、周囲にはその肉片と体液が散乱している。


「気はすんだかい?」


 頃合いを見計らい、ザッツに優しく声をかけるジル。ザッツは無言のまま首を左右に振り、ジルの言葉を否定した。


「そうか……だが、君の仇討ちはここまでだ。今は私と一緒にティールに帰ってもらうよ、皆心配している」


 ジルは両手でザッツの体を抱え上げ、パートナーであるガーガーの背中に乗せた。ガーガーの背中にはバックパックを背負ったサポーターがすでに乗っており、元気のないザッツに対して「水でも飲む?」と訊ねている。


「よし、ザッツ少年の保護は成功だ。すぐにティールに戻るぞ」


「了解です、若。これで姫様の機嫌が少しでも戻るといいですね」


「そうだな……ティナとの婚約が解消なんてことになったら、パパになんて言われるかわからないし、国王陛下にも合わせる顔がない。これを切っ掛けにして、もう一度ティナと話し合わないと……」


 そんなことを言いながら、パーティー『虹色の栄光』は、ジルを先頭にしてティールへの帰路につこうする。すると――


「失敗カ……」


 という片言の言葉がどこからともなく聞こえてきた。

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