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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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040・上位個体 上

「メラド……ガルーノ……」


「姉さん……義兄にいさん……そんな……」


「なんということだ……」


 ザッツの悲痛な叫びが響くティールの墓地で、イルティナ、メナド、ガエタノが、痛ましく顔を歪めながら口を動かす。そんな中、狩夜は泣き叫ぶザッツのことをただただ見つめ続けていた。そして、ザッツに何かかけられる言葉はないかと、必死に思考を巡らせる。しかし、それで出てきた答えは、以前とまったく変わらない情けないものであった。


 魔物に両親を弄ばれた子供にかけられる言葉など、狩夜は何一つ持ってはいない。


 成長していない自分に狩夜は怒りすら感じた。唇を更にきつく噛みしめ、血が滲むほどに両の手を握り締める。そう、今がどんな状況なのかも忘れて。


「うわ!? なんだ!?」


「死体が動いてるぞ!?」


 村民たちから上がったこれらの言葉に反応し、狩夜はあわててザッツの両親へと顔を向ける。そして、即座に目を見開くこととなった。ザッツの母親――メラドの腹部が、不規則かつ不気味に蠢いていたからである。


 ――間違いない、腹の中に何かいる!?


 胸中で叫びながら、狩夜は腰のマタギ鉈へと右手を伸ばす。その、次の瞬間――


「ひい!?」


 メラドの母親の腹を食い破り、何かが外へと飛び出した。メラドの体が地面に散乱し、ティールの村民たちが悲鳴を上げる。


 マタギ鉈に手を伸ばしつつ、飛び出した何かを目で追おうとした狩夜であったが、その何かは狩夜の眼球より速く動き、狩夜の視界から瞬時に離脱。死角へと消えていった。


「はや――!?」


 今まで相対した魔物の中で、間違いなく一番の動き。一方の狩夜は泣き崩れたザッツに気を取られていたせいで対応が遅れた。何かの動きにまったく反応できておらず、武器すら鞘に収まったままである。


「カリヤ様、危ない!!」


 狩夜の危機を見て取ったタミーが叫ぶ。その声を聞きながら狩夜は思った。ヴェノムマイト・スレイブの上位個体、つまりは魔物を探していたというのに、他のものに気を取られ警戒を疎かにしてしまった――と。


 近づいてくる濃密な死の気配を全身で感じながら、狩夜は自身の未熟さを恥じる。そして、その未熟さゆえに陥ったこの状況を打開するために、今日はとことん頼ると決めた者の名を、力強く口にした。


「レイラ!」


 狩夜の呼びかけに応じて、レイラが動く。


 二枚ある葉っぱの片方を操作し、硬質化させつつ狩夜の顔の右側へと配置するレイラ。その直後、鈍い衝突音がティールの墓地に響き渡る。狩夜に襲いかかった何かが、突然目の前に現れたレイラの葉っぱを避けることができず、移動の勢いそのままに正面衝突したのだ。


 衝突時の衝撃で昏倒し、地面の上に仰向けで転がる何か。その無防備な体めがけ、たった今抜き放ったマタギ鉈を、狩夜は渾身の力で垂直に突き立てる。


「ピギィ!」


 耳障りな悲鳴と共に、マタギ鉈によって地面に縫いつけられる何か。狩夜はマタギ鉈から手を離し、安全を考慮して十分な距離を取りつつ、いまだに動き続けるその姿をつぶさに観察する。


 頭と胸、そして腹が一つとなった体から、八本四対の足と鋭い牙を生やした蟲――メラドの腹から出てきた何かの正体は、やはりというかダニ型の魔物であった。体長三十センチの巨体、細く長い足など、相違点は幾つかあるが、全体的な雰囲気はヴェノムマイト・スレイブに酷似している。


「これがヴェノムマイト・スレイブの上位個体か……」


 状況から判断してまず間違いないだろう。これに止めを刺しさえすれば、下位個体であるヴェノムマイト・スレイブが死滅し、ティールの村は救われるかもしれない。


 狩夜は視線を上位個体から外し、ザッツへと顔を向けた。次いで、放心したような表情で姉の遺体を見上げるメナドと、メナドと似た様な表情で弟の遺体を見上げるガエタノへと視線を向ける。


 彼らの痛ましい姿に心を痛める狩夜。そして、それと同時にふつふつと怒りが込み上げてくる。


 ザッツが泣いているのも、メナドとガエタノがあんな顔をしているのも、ティールの民すべてが奇病に倒れたのも――


「全部……こいつが悪い」


 狩夜は、怒りで燃え上がった瞳を上位個体へと向けた。そして、右足をゆっくりと地面から離し、ソウルポイントで強化された脚力で、上位個体の頭を全力で踏み潰す。


 頭が潰されたというのに、ぴくぴくと小刻みに動き続ける上位個体。大きいだけあって生命力も強いようだ。だが、ほどなくして力尽き、完全に動かなくなる。それをしかと見届けた狩夜は、即座にザッツの両親へと視線を向けた。


 上位個体は死んだ。これで二人に纏わりつくヴェノムマイト・スレイブが死にさえすれば、すべてが終わる。


 目を背けたくなるほどに酷い状態のザッツの両親。そんな二人を、穴が開くほどに凝視する狩夜。しばらくそれを続けていたのだが――


「そんな……」


 変化は何も起こらない。ヴェノムマイト・スレイブはザッツの両親から吐き出され続けており、活発に動き回っていた。


 上位個体を倒してもダメだった。もうティールの村を救う術はないのかもしれない。


「カリヤ殿、無事か!?」


 こう口にしながら狩夜の元へと駆け寄ってくるイルティナ。狩夜はヴェノムマイト・スレイブの観察を中断し、そちらへと向き直る。


「イルティナ様……はい。僕は大丈夫です。でも……」


 狩夜はこう告げた後で視線をイルティナから外し、再度ザッツの両親へと視線を向けた。次いで、こう口を動かす。


「上位個体を倒したのに、ヴェノムマイト・スレイブは死にません。これじゃあティールの村が……」


 残酷な事実を暗い表情で口にしていく狩夜。だが、そんな狩夜にイルティナは首を左右に振り、こう告げる。


「まだ諦めるには早いぞ、カリヤ殿」


「え?」


「タミー。頼む」


 イルティナがこう声をかけると、タミーが「はい」と返事をしながら歩み出た。そして、動かなくなった上位個体へと手を伸ばし、〔鑑定〕スキルを発動させる。


「……姫様の予想通りですね。名称はヴェノムティック・スレイブ。こちらも未発見の魔物です」


「やはり、これもスレイブか……」


 二人の言葉に狩夜は目を丸くした。次いで叫ぶ。


「こいつもスレイブ!? ってことは、こいつの上にはまだ!?」


「ああ、更なる上位個体がいるはずだ。そして私は、その個体に既に見当がついている」


 口を動かしながらヴェノムティック・スレイブを忌々し気に見下ろすイルティナ。そして、こう言葉を続ける。


「ヴェノムマイト・スレイブではサイズが違い過ぎて確信が持てなかったが、こいつを見てはっきりした。こやつ等の元締めは、以前ティールを襲った主で間違いない」

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