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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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039・極小の悪意 下

「イルティナ様。発言よろしいでしょうか?」


 皆が無言で下を向く中、一人顔を上げ、口を動かす者がいた。タミーである。タミーは先ほどのメナド同様、真剣な表情でイルティナの前へと歩を進め、正面で直立した。


「タミーか。許す、申せ」


「はい。確証はないのですが……この状況を打開できるやもしれぬ方法が、一つだけございます」


「なに! それはまことか!?」


 目を見開いてタミーに詰め寄るイルティナ。他の村民も、縋るような視線をタミーへと注いでいる。そんな中、タミーは意を決して言葉を紡いでいった。


「姫様は、魔物の名前を……あの小さき蟲の名前を憶えておいででしょうか?」


「無論だ。ヴェノムマイト・スレイブであろう。そなたの〔鑑定〕によって判明したことではないか」


「はい。その名前の中に、この状況を打開する鍵があるのです。そもそもスレイブとは奴隷、すなわち従属する者を指す言葉。つまり、あの無数の蟲たちはただの従者、下位の個体で、それらを統括しているであろう上位個体が、どこかに存在しているということではないでしょうか?」


「「「――っ!!」」」


 タミーの言わんとしていることを理解し、狩夜とイルティナ、そしてメナドが息を飲む。そして、三人を代表するように、イルティナが口を動かし、こう述べた。


「つまり、そなたはこう申したいのだな? その上位個体を打ち倒せば、下位個体はすべて死滅するのではないか――と」


 このイルティナの言葉に、村の至るところから『おお!』と声が上がる。目の前に現れた希望の光に、村全体が沸き立った。


「そうです。先ほども申し上げましたが、確証はありません。上位個体が本当に存在するかどうかもわかりませんし、たとえ存在したとしても、それを打倒して下位個体が死滅するかどうかも不明です。ですが――」


「うむ。試してみる価値はある――というより、もはやその可能性にすがるしかあるまい。その上位個体とやらを見つけ出し、必ずや屠ってくれる。となると、その上位個体をどうやって見つけるか……だな」


「それはやはり、一番初めにヴェノムマイト・スレイブを発見、捕獲したお方に頼るのが一番かと……」


 イルティナとタミーがほぼ同時に顔を動かし、狩夜とレイラに視線を集中させた。その二人だけでなく、メナドをはじめとしたティールの村民全員が、期待の視線を狩夜とレイラに向けている。


 狩夜は皆の視線に答える様に小さく頷き、次いで上を見上げた。そして、今日はとことん頼ってやる――と胸中で呟きながら、頭上のレイラに懇願する。


「レイラ、お願い。もし居場所がわかるのなら、ヴェノムマイト・スレイブの上位個体のところに、僕たちを連れて行ってほしい」


 やや緊張した面持ちでレイラにたずねる狩夜。一方のレイラはというと、普段とまったく変わらない様子で「いいよ~」と言いたげコクコクと頷き、両手で狩夜の髪の毛を掴んできた。そして「こっちこっち~」と言いたげに、狩夜の髪を引っ張る。


 狩夜は異世界活動初日を思い出しながら足を前へと動かした。次いで「こっちだそうです」と村民たちに呼びかける。すると「おお、さすがレイラ様だ」「助かるぞ!」「俺たちの手で魔物の親玉を仕留めてやる」と村民たちが声を上げた。


 村民たちを引き連れながら、レイラの誘導に従って歩を進める狩夜。そうしてしばらく進んでいくと、不意にイルティナが口を動かす。


「む、この方向は……」


「イルティナ様、どうかしましたか?」


「あ、いや……レイラが示す方向が少し……な」


「この先になにかあるんですか?」


 レイラが狩夜を誘導する方向は、村の北側の外れ。家も建っておらず、特に用もなかったので、狩夜はまだ行ったことのない場所であった。


「ああ。この先には墓地がある」


「墓地……ですか」


「そうだ。まあ、このティールはできてから二年足らずの村だから、墓地と言えるほど多くの墓はまだないのだが……やはり、大勢で押しかけて、死者の眠りを妨げるようなまねは……な。良心が咎める」


「そうですね、私もです。病で死んだ私の姉と義兄あにが、先日埋葬されたばかりですし……」


「……」


 イルティナとメナドの口から紡がれた言葉を聞いた瞬間、ものすごく嫌な予感が狩夜の全身を支配した。しかし、上位個体の探索を中断するわけにもいかず、狩夜はレイラの誘導に従って足を前へと動かし続ける。


 ほどなくして、狩夜たちはティールの村の墓地へと足を踏み入れた。そして、今現在狩夜の視線は、自身の進行方向に存在する《《真新しい》》二つの木製の墓に釘付けである。


 足を前に進めながら、狩夜は胸中で必死に祈っていた。これはただの偶然だ。上位個体がいる場所はこの先にある森の中で、そこへの最短ルートの上に、たまたま墓があるだけだ――と。


 しかし、そんな狩夜の祈りは、天には届かなかった。


 レイラが「ここで止まって~」と言いたげに、ペシペシと狩夜の頭を叩いたのである。その場所は、先ほどから狩夜が凝視していた《《真新しい》》墓のすぐ手前。そう、メナドの姉と義兄――つまりは、ザッツの両親。その墓の前である。


「……」


 あまりの事態に言葉を発することのできない狩夜。それはイルティナやメナド、タミーや他の村民たちも同じなようで、皆が皆一様に、二つの墓を凝視しながら動きを止めていた。動き続けるのは、この場で唯一人間ではない存在、レイラだけである。


 レイラは両手から蔓を出現させると、その蔓を墓へと伸ばし、地面へと突き立てた。その瞬間――


「やめろーーーー!!」


 突然、狩夜の後方から怒声が上がる。ザッツであった。その傍らにはガエタノの姿もある。二人は、いつの間にか村へと戻ってきていたのだ。


「お前、父ちゃんと母ちゃんになにする気だよ! やめろ! やめろよぉ!」


「――っ!! レイラ、やめ――」


 ザッツの声を聞き、我に返る狩夜。制止の指示を出そうと慌てて口を動かしたが――遅い。


 レイラは狩夜の言葉よりも先に蔓を操作し、地面の下に眠っていた二人の木の民を、無理矢理地上へと引きずり出す。そして、その姿がこの場にいるすべての者に見えるよう、やや高い場所で宙吊りにした。


 直後、耳をつんざくような悲鳴がティールの村中に響き渡る。


 村民たちは見てしまったのだ。宙吊りにされたザッツの両親の遺体。その両者の瞳、口、鼻孔――全身の穴という穴から、夥しい数の蟲――ヴェノムマイト・スレイブが、絶え間なく吐きだされている光景を。


 そう、ザッツの両親は奇病で死んだ後、人目につかない地面の下で、ヴェノムマイト・スレイブに利用されていたのである。極小の悪意を生み出し、はぐくむ、苗床として。


「父ちゃん!? 母ちゃん!? うわ……うわぁああぁぁぁああ!!」


 変わり果てた姿を曝す両親の姿を見つめながら、ザッツが悲痛な叫びを上げて泣き崩れる。そんなザッツを見つめながら、狩夜は人知れず唇を噛み、次いで思った。


 酷い。酷いよ神様。こんなのないよ――と。

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